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32-1 やっぱり番みたいです

(藤紫視点)


 勿論、誰にも秘密だ。だって沈んでいる鏡の存在が大き過ぎて、絶対に盗もうとする者や、悪用しようとする者が現れる。

 そうなれば、最悪ここであの子を見る事が出来なくなる。


 池があの子を映すのは、夕刻から昼に届く少し前まで。


 あの子の周りは、俺の現状を忘れさせてくれるには十分だった。

 出来る事や行動範囲が広がっていき、子どもらしく笑っている姿に心が穏やかになった。

 同時に、あの子が何者なのかや、あの子に対する周囲の態度が段々分かってきて、僕は……あの子に、直には会いたくないと思ってしまった。


 番に、こんな惨めで醜い姿を晒したくなかったのだ。

 家の者にバレて、あの日溜まりからこんな醜悪な地獄に拐かされてはいけないと焦ったのだ。


 そんなある時、僕は決定的に怒り狂った。


 元旦を2日ほど過ぎた日。

 雪道を踏み締めて、朝に池を覗き込見に行ったら、あの子が斬られていた。


 血液が沸騰したように熱くなり、頭の中も真っ白になった。


 無意識に手を伸ばしたのは偶然だ。

 まさか、あの鏡に映し出された場所への転移の力が有るとは思わず。


 頭が理解するよりも先に、あの子━━姫様とあのクソ野郎の間に降り立った僕は、


「その子は僕の番だぞッ」


 ━━暴れる衝動を抑えきれず、即座に鞘から刀身を滑らせ、塵カス野郎を斬りつけた。


 だが相手は腐っても天狗の頭領。

 一発で仕留める事など叶わず、ひたすら交戦し瀕死の重傷を負わせたところで、お館様に取り押さえられた。


「坊主、面白い事してんじゃ無ェか?」


 フゥーフゥーと。獣のように息を乱す僕の頭を踏み付けて、大天狗は笑っていた。

 ボロ雑巾になった実の息子の顔面も「何だその様は情けねぇ」と鷲掴んでいたが。


 今にして思えば、あの時殺されなかったのは奇跡だ。


 雪についた足跡から付けて来た使用人の1人が術で何があったか探り、その上追ってきて僕の番だから囲おうと姫様(※意識無い)を誘拐した為、ブチ切れたお館様が龍族の半数をたった一刻で殺した事が、より僕にそう印象付けている。


 膿が全部消えた訳じゃ無いけれど、少なくとも天狗と真正面からぶつかろうとする計算出来ない屑供と、僕や白雨を虐待していた当事者達は、化け物()を除いて消えた。


 僕はというと、あの家に置いておくには惜しいとお館様に気に入られ、鞍馬家に仕える事を許されたが、それだけで話は終わらなかった。


「お前さん等、番と寝たらどんな万病も治るし、呪いも解けるんだって? 全くもって摩訶不思議な身体構造なこった」


 あの日のお館様の座敷は、灯籠がついていないのに明るかった。目が覚めるような明るい月の夜だったのを覚えている。

 月夜を背に煙管を吸うお館様の目は、何処か歪な笑みだった。


「七がなぁ……生まれた時から波乱の相が出ていたが、何とも数奇な縁を引き当てやがる。


 ━━━━良いぞ。くれてやっても」


 意外過ぎる言葉に、2歳児の保護者とは思えない倫理観に、絶句せざるを得なかった。


「あぁ、勘違いすんなよ。無条件でやるわきゃ無ぇ」


 一、死にそうになっても、七で解呪しようとしない事。

 二、七が16になるまで、番だとバレない事


 ……条件は後一つあったけれど、






「藤君、なんでだんまりするの?」


 僕は今、二つ目の条件達成が出来なくなった事を悟り、どうすれば良いのか困惑するしか無かった。


「…………もしかして、私がしっちゃダメなはなし?」


 膝の上に乗ったまま、見上げて聞いてくる姫様の目に映る自分は、とても情けない顔をしている。


「そ……の……」

「……ジィジからんでたりする?」

「……はい」


 流石に、この問いまで誤魔化したら姫様も訳が分からな過ぎて怒るかもしれない。

 そう思い白状すると、「ふーん」と彼女は考え込む。


 姫様は明らかに普通の4歳児じゃ無い。考え方は大人と変わらない。


「それじゃ、知らなかったことにしといてあげる」

「へ……」

「私がいいふらさなきゃ、しらないのとおなじよ。ジィジも、なんもいわないとおもう。私にベタ甘だから」


 か……軽い。


「ひ、姫様……?」

「ん?」


 無垢な紅の瞳が、今は怖い。

 でも、これを聞いておかないと、この先ずっと俺は、この子とまともに話せなくなると、そう思った。


「『番』の意味は、ご存知ですか?」

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