31-1 帰ってきました
「あの……姫様」
「んー?」
霧ノ香地区から戻って早3日。
一斉に喉を鳴らす蝉達の声と、庭の池からぽちゃんち重なる蛙の声を聞きながら、2個目の梅の花の最中に舌鼓を打つ。
そんな私に、藤君が何ともソワソワした様子で話しかけてきた。
ま、ちょっと遅過ぎだけど。
現在地、縁側。 ←問題無し
時間、午後3時。 ←ノープロブレム
座ってる場所、藤君のお膝の上。 ←?
そう、私は1個目の最中も藤君のお膝の上で食べていたと言うのに、このヘタレ前髪君ときたらその間、化石みたいにカッチカチに固まっていて、無反応だったのだ。
うーん、最中好きだけど、暑い時期だし水饅頭の方が良かったかも。常世の夏は現世よりちょっと……嘘、遥かにマシだけれど、最中はやっぱり寒い時期に温かいお茶と頂く物だった。
「近くないですか?」
「ぜんぜん。チビッ子とのキョリカン、こんなもんでしょ」
藤君の膝、安定してて座りやすいんだよね。
あ、山百合が咲いてる。綺麗。
「水沫君だとこうはいかない」
細いからね。ちょっと不安なんだよ。
「既に先輩がしたんスかぁ……先輩コロス」
片言怖……。
こんな風に私が藤君と一緒に居るのは、先日の一件で右側の翼が、とてつもなく貧相な事になってしまったからだ。
単純に言うと、歩くのに支障が出た。
翼って普段出てないからね。
羽根を使うとしたら数枚くらいだしさ。
ごっそり無くなったら、重力のかけ方変わってくるなんて思わなかったんですよ。
まぁ、時間が経てば腕とかと同じように戻ってくれるけど……そう、時間が掛かるのだ。
天狗の中でも私の治癒力が高いのは、霊力の量が多いからだ。
その霊力って普段何処にあるの? と聞かれたら、何を隠そう翼である。だって天狗ってそう言う生き物なのだ。翼は霊力貯蔵庫の役割を果たしている。
片翼無くなったらどうなるか……分かるね?
大変だった。
麦穂とメイシーが藤君殺そうとして……。水沫君が頑張って庇ったけど、肉壁にだけなって終わったんだよね。最終的にジィジが出てきてストップかけて命拾いというオチだ。
当然と言うか、人助けは良いけど身を削った点について、私が怒られた。
よって、多少歩けるようになるまで、私の移動手段は藤君の抱っこになった訳である。
麦穂とメイシーじゃない理由は、藤君の体から、私の物だった霊力が漏れ出てるからだ。
なるべく一緒にいれば霊力が勝手に戻ってきて、その分治る速度が上がるってお医者さんが言ってた。
一応言っておくが、決して解呪に失敗した訳じゃ無い。
その逆。
藤君の呪いはちゃんと解けた。
呪い返し的な物で死んでる龍も居ないって、スマホ買った白雨君から来てた。
今体から漏れてるのは、余った霊力という事だ。
今度から……本当に使う配分考えよ。藤君が罪悪感で一時的に呼吸困難に陥ってたし……。 (※発作)
「ところでさ」
「何ですか?」
「私って、藤君のツガイなんだよね?」
蝉の鳴き声と藤君の呼吸が、同時に止まった。
***
(藤紫視点)
生まれた場所は、汚泥を煮詰めたような家だった。
華やかな屏風に囲まれた座敷。
広い石庭。
美しく見えるもの、風流を感じるものは、どれもこれも上部だけの紛い物だ。
全部が気持ち悪かった。
広い屋敷の中は、4種類の妖で構成されていた。
本家の当主一族。
寄生虫の分家一族。
分家から派生した口ばかり動いて仕えない使用人達。
家畜以下の扱いを受ける使用人達。
昼間から酒や博打は当たり前。
使用人を甚振るのも犯すのも当たり前。
始終空気が澱んでいた。
屋敷の中は獣まみれだ。
僕の分類は当主一族に当たり、嫡男ではあったが、待遇は良いとは言えなかった。……否、白雨と比べればまだ少しはマシだったんだろうけれど、慰めにもならない。
修行と称した虐待により、手足はいつも血の滲む包帯に覆われていた。
食膳には平気で毒や虫が混ぜられた。
気づかず口にすれば「注意力が足りぬ」と嘲られ、吐き出せば「嫡男のくせに臆病」と笑われる。
どちらに転んでも罰は逃れられない。
母は怪物だった。
何も知らない可憐な花のように振る舞うが、紛れも無い毒花だ。
食事の件を説明しても「だったら何なのかしら? 学びになって良かったじゃない」と、心の底から悪意なんて無く……純粋にころころ笑うのだ。




