29-1 解呪します 前
亀に請われて軽い運動を終えるや、洞爺兄弟が何かやらかしかけている現場に直面した。
そして、私の脳裏を過ったのは、洞爺白雨の初めて登場する場面。
あの時、彼は壊れていた。本当に失いたく無かった大切なものを、全て失っていたから。
そしてその最たるものが、彼の兄━━洞爺藤紫。
つまり……此処で藤君死んで白雨君が闇堕ちすると、原作通りすっげーモブが死ぬ未来に一歩どころか百歩くらい近付く!! モブどころかレギュラーも殺される鬱展開にな!!
白雨君強いんだよ! 悪い奴らに与してる訳じゃ無いんだけどパタパタ人が死んでくイベントには絶対便乗するんだよ。時々可愛いロリッ子とかショタッ子は気まぐれで助けてたけど、漫画の彼は、基本楽しいことを自由気ままにやっちゃう快楽主義者だった。
今ぼろ雑巾になってるけど……。藤君やったの? は? つっよ……。
まぁ、それはさて置き。
「きいてたよ」
「ひめさま……怪我を」
「なおってきてる」
少しだけ藤君の声が落ち着いてくれた。思わず刃を直に握り潰しちゃったから、藤君吃驚し過ぎたみたい。ていうか、普通の刀じゃ無かったな。普通のだったら私、薄皮も切れないもん。
「藤君、なんで ふつうにしんじるの?」
「え?」
「こどもの話。まずうたがいなよ」
「でも、情報源が白雨で」
「だからだよ」
もう! 何で気付かないのこのボケボケ兄弟は!
私は漫画の知識もあるから知っている。白雨君が騙されてる事を。でもソレ抜きにしたって、不自然なところが多いのに。
「白雨君、こどもが じぶん食べてるところをじっさいにみた?」
後ろで固まってる白雨君は、状況がまだ飲み込めていない様子で口を開く。
「いや……、聞いただけ……」
ふぅ……(遠い目)
「バーカッ!!」
大きな声に、2人が肩を揺らす。
「きみたちのいえで、一バンこうげきされてるのだれ?」
言うまでも無く白雨君でしょ。
「いなくなったら つごうが いいのはだれ?」
やっぱり白雨君でしょ。藤君も一部から思われてるだろうけど、比較したら白雨君でしょ。
だから、自分に酷い事して来た周りから吹き込まれた事を鵜呑みにしてる白雨君も頭大丈夫? って感じだけれど、……やっぱり私が此処で一番アホだと思うのは、今とっ捕まえてるこの男だ。
「藤君は、なんで白雨君にトラウマうえつけようとしてんの?」
「と……とらうま?」
そんな初めて聞いた単語みたいに繰り返すんじゃ無いよ! もう!
「だいすきなおにーちゃんが、目のまえでじさつしたら、ふつーにトラウマでしょ!」
「ごふッ!」
後ろで白雨君が盛大に咽せた気がするけど、今は無視する。
「あの……姫様、アイツは俺を殺しに来たので━━」
困惑の色が強めの藤君に、こめかみの辺りがピクリと痙攣する。
まだ抜かすかコイツ……。
「ちがうよ。白雨君は、ころされにきたんだよ」
「え?」
「しょうじき、ホントに死にたいならキアイでガシするか、かわにもぐって上がってこなければいいとおもう」
欠損部分すら再生するような妖にとって、自殺は困難だが不可能では無い。しかし、かなりの時間を要する。
「なんで……」
「白雨君しねば、あととりは藤君一択でしょ?」
そうすれば、白雨君派の龍は静かになる。担ぎ上げる神輿が居ないんだもの。
私からすれば、その考えって浅はかなんだけど……原作でねぇ、白雨君ガチでそう思って殺されに行ったってモノローグあったんだよ。失敗して藤君が死んじゃう訳ですが……。
後ろをチラリと見た。白雨君が目を皿のように見開いている。うん、やっぱり動機は原作から逸れていないらしい。
私から視線を外して、藤君も白雨君を見る。そして、
「白雨…………お前、めっちゃ馬鹿?」
言ってしまった。
「はあぁぁあ!?」
当然の如く、白雨君のキレた声が響く。
「いやだって、『黒蝶』動かすとこまで話持ってく連中よ? ウッカリお前が消えても替え玉くらい用意するに決まってんじゃん」




