28-2 許さないです
(三人称)
「……親父殿もそりゃ動くわ。龍は子どもが出来にくい。だから子どもが死ぬリスクは、絶対に避けなきゃいけない……お前も知ってるよね?」
「だからって……納得したく無ぇよ」
「しなくて良いよ。僕だってしたくない」
「じゃあ尚更……」
だが、言いかけた所で白雨は我に返る。
前髪で、顔全体は見えない。それでも笑みを浮かべようとして、歪に震える口元が見えた。
態とらしく大きくつくため息。いつの間にか幹を蹴っていた足は元の位置に戻っていたが、今度はその足で遠のく。
その際の背中に、白雨は嫌な予感をおぼた。
「そういう理由ならさ、最初から言えっての」
再び、藤紫の手にはあの刀があった。
しかし、既に刀身は鞘から抜かれており、光って見えた。
「待てよ……何する気だよ……?」
嫌な予感が、現実になろうとしている。
「一番手っ取り早い方法取るんだよ」
向き直るのと同時に刃が首に添えられた瞬間、白雨は叫んでいた。
「馬鹿ッ!! 止めろッ!!」
「……白雨、お前は演技とか向いてないよ」
赤い血が、刃を伝い、首を濡らし始める。
藤紫はそれでも口を閉ざさない。
「……『黒蝶』の殺しに義は無い。当主の命令なんて、口実にすぎない」
快楽殺人鬼の集まり故に。
「暗殺部隊っていうか、拷問部隊だ」
黒蝶達の仕事ぶりを直接見た事は無い。
だが、彼等が仕事をした後のモノを、藤紫は目にした事がある。余りにも凄惨で、堪えきれず嘔いた記憶は今も鮮明だ。
殺された存在がどれだけ叫び、必死に命乞いをしたのか。
其れを彼等は、どれだけ嘲笑い一蹴し、弄び続けたのか。
考えただけで、『背筋が凍る』なんて言葉ではとても言い表せない悪意に満ちた地獄の現場だった。
「僕があんな風に、惨たらしく殺されないよう……弱い癖に、先に殺しに来てくれたんだろ?」
白雨の顔を、分かり易く絶望の色が覆った。
「違……っ」
「気遣いだけは、感謝するよ」
グっと、藤紫の手に力が━━
ヒュンッ、バキィッ!!
━━籠る前に、刀は砕け散った。
ポタリ……ポタリ、と。
赤い血が滴り、酔いそうな鉄の臭いが鼻を衝く。
藤紫は、現実を直視出来なかった。したくなかった。
「藤君バカすぎ。おこるよ?」
夜色の翼を広げて頭上から降って来た、七夜月の両拳から流れている物だったから。
「ひ、め……さま……? ……姫様!?」
藤紫は、刀で自害出来なくなったのに、心は死にそうになっていた。
番を感知する種の弊害だ。
彼等は自身で番を傷つけると、発作を起こすのだ。
呼吸が浅くなり、血管を流れる血の音が、痛いくらいに藤紫の鼓膜を叩く。
だが、七夜月はそんな藤紫に容赦しなかった。
翼を広げたまま浮遊し続ける。立っている藤紫の顔を、ベッタリと血のついた紅葉の手で捉えるために。
「しぬなんて、ゆるさない」
紅色の目が射抜く。
森の中はどこもかしこも暗いのに、そこだけ光が差し込んでいるように思えた。
***
爛々と輝く夜の街。
帰路に着く者。食事に向かう者。酔いに足元を取られた者。
客引きをする者。される者。
大半は人間だった。
そんな雑多な人の流れの中を、ひとりの青年が、仕立ての良い着物を纏って歩いていた。
所作は優雅だが、どこか浮いている。周囲と、世界と、何かが噛み合っていない。
それは、本当に偶然の出来事だった。
一見、柄の悪そうな大男が、ほんの不注意で彼にぶつかったのだ。
「……っと、悪ィな坊主。怪我してねェか?」
「あぁ、うん……」
ぶつかったといっても、足が少し引っかかり、軽く転びかけただけだ。
「気にしないで」
「そうか。おいちゃん、体がでけぇからな……すまねぇ」
男は安心したように笑い、歩き出す。
だが、数歩も行かぬうちに、彼は炎に呑まれた。
それは男だけではなかった。
街を行き交う人々も、妖も、ビルの陰で眠っていた鳥達も、茂みで遊んでいた野良猫も━━
すべてが、静かに、等しく燃えた。
ネオンの光では無く、炎が街を照らしていた。
その中をただ一人。
青年だけが歩き続ける。
まるで、何事も起きていないかのように。
だがその頭には、いつの間にか二本の角が生えており、これまで描かれなかった顔に、ようやく表情が与えられる。
冷たく、そして、恐ろしいほどに美しく、何かが欠けた顔。
「……どうせ、死ねば、全部どうでもよくなる」
『碧空は今日も』 3巻 第20話『狂喜との邂逅』より




