26-1 肥料エンドです
(三人称)
ところで、麦穂も水沫も七夜月も、この赤獅子と真正面からやり合った面子は、中に社 誠志郎が居ないと分かり切っている。では、糸が切れた反動で追い出された社 誠志郎が飛び出すのは、何処なのか。
出現したのは、元いた場所からわずか数メートル先。
遠くへ飛ばされるなら意味は無かったが、七夜月には近くに現れると分かっていた。麦穂を拘束していた術は、対象を直接視認しなければ発動できないからだ。
━━漫画で、可哀想な悪役が使ってたんだよね。あれ天狗には効かないから、見開き2ページで兄ちゃんに倒されてた。最弱悪役キャラちゃん……名前なんだっけ? お花の名前だった気がするけど覚えてないや。
さて、そういった訳で、彼が出てきた場所は、上空━━ガラスのように割れた空だった。
けれどもその上には、また空が広がっている。此処へ来る前、幕のような結界を見ていた者なら、『結界が割れた』とすぐに分かる。
ベタンッと、亀のすぐ近くの地面に、ソレは落ちる。
「けっかいのうえ……ちがうか、ジッタイが無いんだもんね。けっかい そのものに同化してたんだ。……べんりね、セイシンタイって」
ゆっくりと降下しながら、七夜月は話しかけた。
「クソッなんだお前? 術の目視や解呪でも無く……物理干渉だと?」
社 誠志郎の記憶の中で、そんな事が出来るのはただ1人だった。だが目の前の幼女とは、果てしなく乖離した姿の存在だ。
「いや、なんねんたってるとおもってるの? もうマゴいるよ。察しなよ」
言った後で、七夜月は『あれ?』と内心で首を傾げた。視界のブレを感じた。そして社 誠志郎が祖父の名を出して何か言ったと思ったのだが、まだ彼は、何も口に出していなかったからだ。
━━前にも似たような事無かったっけ? ……後で考えよ。
七夜月は、取り敢えず顔面に浴びまくった血だけでも拭った。
そこまでは普通の表情だった。が、拭き終わると同時に眉を寄せる。
「━━━━なんで よけないの?」
社 誠志郎も、その問いに怪訝な表情をした。
「何を……」
━━ボロリ。
その時、彼の腕が崩れ落ちた。黒いそれは、細かく削られた鉛筆芯のような粉になって、風に舞う。
「……あぁ、よく分かんないけど、麦穂たちがもうチメイショーあたえてたんだ」
感覚鈍ってたんだね、という呟きが聞こえた。
「なーんだ、じゃぁ私、そんなに がんばらなくて よかったんじゃん」
夜色の翼を広げる小さな天狗が何を言っているのか、社誠志郎には分からない。
水沫に病を流し込まれた際、封印の要にした体が砕かれた事は悟っていた。
だが、どうしても許せない。
憎い。嫌だ。諦めたく無い。
その執念で、彼は未だ精神体を保っている。
保っていた、筈だった。
メキリ……ピキピキ……。
彼の相貌は、確かに映した。
残った手の甲や指から、植物が芽生えている瞬間を。
社 誠志郎の呼吸が浅くなる。
精神体は流動的で、本来なら刃も通らない。
ソレが、錬金術と呼ぶには余りにも出鱈目な技術で『病』を流され、更には遠隔で物を操る術への物理干渉。
理解の及ばない技術を散々駆使され、もう己の存在が消滅寸前まで進んでいるというのに、此処に来て、自分の浅い知識でも分かる理屈での甚振りが始まった。
精神体は流動的で刃も通らないが、植物の根は「存在を掴む力」を持つ。
一度根が絡めば、逃げ場を失う。たったそれだけなら、そこまで絶望的な事では無い。
精神体は霊的なエネルギーを糧として存在しているが、植物はより根源的に、生命を糧にする。
そこには、精神体すらも『生き物の一形態』として含まれる。
つまりは、流動性を止められ、因果的に『捕食者の下位存在』にされるため、喰われながら木に取り込まれるのだ。
絶叫。絶叫。絶叫。絶叫。絶叫。本物の肉体は、とうの昔に朽ち果てているのに。
その絶叫を裂くように、腕の内側から更に芽が突き出した。
皮膚を裂き、血を啜りながら幹へと変じていく。足掻けば足掻くほど、枝は骨を締め上げ肉を喰らい、臓腑を根へと引きずり込む。
しぼんだ果実のように体は縮み、やがて自らの内から育った木に押し潰されていった。
「ジブンでやっといてなんだけど、絵面キツい」
七夜月がこの方法をとったのは、森の中で聞いた、精霊擬きの話に起因する。
『━━でも精霊擬きから精霊になって生きられるのは、すご〜く稀なんですよねぇ』
『そうなの?』
『えぇ、川獺が言ってたでしょう? 妖精は植物と一緒なんですよぉ。そして精霊擬きも然りですぅ。けれど生まれたての精霊はぁ、ただの精神体なんでぇ……精霊になった瞬間、脱ぎ捨てた体に纏わりつかれて喰われて養分にされますぅ♡』
『……へぇ。つまりこの根っこがすごい みちは、ヨウセイの屍でできていると?』
『イエース! 妖精住んでる森で根っこまみれの道見たら察しろと、故郷で習いましたぁ』
尚、凄惨に喰い殺される確率が高いのに妖精が『妖精→妖精擬き→精霊』を目指すのには、昔『取り替え子』という悪戯魔法で大迷惑を被った西洋の大物が『根絶やしだッ』と、死について理解出来なくした為だとか何とか……。
そう言う理由で、七夜月は敵が精神体だと分かった時に、植物の餌にしようと決めたのである。
霊力は植物の成長を急速に促すので、種さえ仕込めれば雑作もない。
だから精神体の男は、もうこの世から完膚無きまでに消えるしかなかった。
声が幹に呑まれて残ったのは、一株の桜だ。
「わっ! カメがくれたの、さくらのタネだったんだ」
ひとひら、ふたひらと……。
舞い落ちる花弁が血を覆い隠しだす頃には、すぐ隣で暴れていた巨大亀も、すっかり静かに食事していた。
因みに……、少し忘れられそうな麦穂達はというと……。
「何処に隠れていたのか疑問でしたが……成る程、私達が隠されていたのですね。風に乗って変な歌が聞こえてくると思いました」
「麦姐さん、それは気付いて」
襲いかかる存在達━━社家の狛犬達や使用人達を次々に気絶させていた。
元から自由な麦穂と水沫だけで無く、メイシー達も今は拘束を解かれ、迎え撃っていた。
「あぁ、あの結界相当デカかったもん……ねッ」
大人数で張っていたのだろうと言いたい藤紫は、足払いだけで3人ほどまとめて転がす。
「でも正直ぃ、ヤンデレ振られ勘違い野郎の昔の当主様にいつまでも従うって……この有象無双どもどういう神経してんですかねぇ〜?」
メイシーも飛び蹴りで数人沈めている。
「淡々と処理してる俺が言うのも何だけど、お前ら慣れすぎてない? この領地大丈夫?」
そしてそんな2人の様子を、暗器片手に背後から来た男の鼻っ面を砕きつつ、白雨はドン引きした顔で見ていた。
その様なわけで、霧ノ香領の狛犬達━━社一族は、一夜にして壊滅させられたのである。




