20-2 ドレスアップの理由です
(水沫視点)
程なくして、スルリと地下牢に、奴等が入り込む。
「「にゃーん」」
「ねこ……?」
「うちの諜報部隊だ。伝書猫としても訓練されてる」
おい、撫でたいって顔でウズウズすんな。此奴等には仕事させなきゃいけないんだから。
「今から手紙書いて欲しい。んで、麦姐さんと、藤紫に届けてくれ」
「「にゃーん」」
今の所いないが、見張りがいつ付けられるか分からないから、とにかく手短に書いた。姐さんの方にはSOS信号って分かりやすいのを。そして藤紫の方に、アイツの性格上すぐ姐さんに泣きつくような文章で、そして姐さんが気にしてくれそうな記号をばら撒く。
猫達は手紙を咥えると、ふわりと姿を消した。後は……、
「昼顔」
「何?」
「お前、毒耐性の訓練どれくらい受けてる?」
翌朝
「貴様ァアア!!」
様子を見に来た使用人は、激昂して俺の体を床に叩きつけ、胴をひたすら踏み付けた。
この野郎……っ。
やり返したい気持ちをグッと堪える。此奴が激昂しているのには、ちゃんと訳があった。
昼顔が、眠るように死んでいるからだ。
あ、本当は死んでない。俺が持ってた仮死状態になる毒を飲ませたのだ。その内目を覚ますだろう。
「小僧、やってくれたな」
醜悪極まりない顔で見下ろすのは、当主では無い。昼顔の兄だ。
「俺みたいなのと一緒に入れたそっちの落ち度だろ」
「若様……っ、今すぐ此奴を殺しましょう!」
おーおー、別に殺ってくれても良いぜ?
こっちはもう手を打ってある。
分家の娘を昼顔の代わりにするには、式を挙げる必要がある訳だが、再来月するって公表してるモンをいきなり今日明日に変更なんざ出来ない。魔物の封印は解けるだろうが、手紙を読んだ家の狂戦士侍女様が来れば、十中八九ブチ殺せる!
「致し方無い。コレを差し出そう」
「はえぇ??」
……あ、あれ? 俺の覚悟が、あらぬ方向に行きかねないトンデモ発言聞こえた??
「大変不況を買うかもしれんが、ワンチャン賭ける」
「いやいやいやいや! 俺男だから! 掛けもクソも有るか!」
「皆の者! 着付けよ!」
「「「御意!!」」」
そして気づいた時には、俺はウェディングドレスを着ていた。
白無垢のが良かった……いや、違う! 何がどうしてこうなった。
ほんの数時間前に「助けてやる」って言った男が、今、純白のドレスで生贄になろうとしている。どんなホラーコメディよ。
しかも数時間後、更なる絶望に叩きのめされるんです。
***
━━ひとり入れば ふたり入る……ふたり入れば 出られない……。
***
(三人称)
「……うわぁ」
麦穂は、思わず口元を覆った。
赤獅子から、全力で花嫁衣装のまま逃げ続けている男。しかも、真顔。命懸け。
これを見たら、誰もがこう思うだろう。
アレと知り合いだと……死んでも思われたく無い、と。
「……帰りましょうか」
麦穂は回れ右をした。
だが━━
「姐さぁぁあああああん!! 待ってましたぁぁぁあああああ!!」
白ドレスは目ざとかった。
「チッ!」
「舌打ちいいぃぃぃぃい!?」
見つかった以上は仕方ない。
麦穂は有りったけの力で跳躍すると、赤獅子の脳天から顎まで、ブーツで踏み貫きながら着地した。
そして己の方にその巨体が倒れて来る前に、今度は愛用の短刀で、顔面から尾まで、左右真っ二つにするという常軌を逸した一撃を繰り出したのだった。
━━見た目に反して脆い……。
亡骸となった魔物を一瞥した麦穂の中に、怒りが湧く。
「この程度の魔物に遅れを取るとは、何事ですか?」
「違うんです姐さん! そいつ━━」
水沫が何か言おうとした瞬間、黒い巨大な影が、2人に被さった。
「ガルル……」
魔物が、再復活したのである。
「俺も一回殺したんですけど、こんな感じでして……」
鬼ごっこが、今度は麦穂も交えて始まった。
「再生能力が異常でしょう! 妖でも体が左右真っ二つに開かれれば死にますよ!」
「だから俺ずっと逃げてるんです! 取り敢えず、状況説明してもいいです!?」
「早急に!」
水沫は、自分がウェディングドレスを着せられるまでの事を話し、この魔物に出会った時の事も話し始めた。
「魔物が精霊に封印されたっつー場所に簀巻きで連行される途中で、魔物がもう表に居たんだですよぉ!!」
「冥婚では無く、生贄でしたか」
麦穂の中で、若干謎だった狛犬の冥婚嫌いの理由が明らかになる。彼らにとって『冥婚』とは生贄を指すからだと。
すると、
『誰がゲテモノを寄越せと言ったァァあああ!!』
魔物が、喋った。
同時に、2人の間を割くように、鋭い爪の出ている手で地面を割る。
『許さんッ許さんッ許さんッ!!』
思考する魔物に続くイレギュラーに、2人の背中を冷たい汗が流れる。
しかし、それが返って2人に冷静さを取り戻させた。
双方、気付いたのだ。
赤獅子の大きな目が、一切動いていない事。微かにだが嗅ぎ取った異臭。声がする時耳に入った音に、何らかの━━妖の力が宿っていた事。
「あの獅子の魔物は、死体ですね」
「成る程な。言葉通じねぇ精霊が、生贄なんて随分俗っぽい要求してる時点で疑うべきだった」
つまり、数百年前に襲ってきた魔物は倒されたか、本当に精霊によって封印されている。
しかし、精霊は生贄など狛犬に要求していない。
二人はこの一瞬で、そう断定した。
ならば、2人が戦っている者は何なのか……。
精霊、否。
魔物、否。
妖、否。この場合は━━━━
「「妖魔」」




