20-1 ドレスアップの理由です
(水沫視点)
そんなこんなで、俺は昼顔という女と一緒に地下牢に暫し繋がれる事になった。
その間、昼顔から聞いた話はこうだ。
霧ノ香地区は、数百年前から変わってしまった。妖精と話が出来る稀有な能力を持つ社家は、決して弱く無い。だが、天狗のように強くは無い。よりにもよって、その時襲って来たのは、妖精を餌として好む巨大な魔物だった。
霧ノ香地区は、すぐ天狗に助けを求めようとしたが、その前に事は収まったらしい。と言うのも、妖精達の主人たる存在、霧ノ香の原生林に住む精霊がブチ切れて魔物を封印したらしいのだ。
これで一件落着かと……狛犬達は思ったのだが、そうは問屋が下さなかった。
「80年に一度、精霊に生贄を捧げなければいけなくなったの。封印の維持のために」
「生贄って……そういう命を代償にする儀式は普通に一族郎党で極刑だぞ」
一見な無法地帯な常世だが、一応法律的なものはある。
生贄を要するような儀式は、常世では御法度だ。現世で大昔に人間達がやっていた気休めや、お呪い程度では済まないからだ。長命種の命を捧げて、霊力やら妖術やらをバンバン使ってガチの手順で儀式をすれば、下手したら終末呼ぶ邪神なんかが降臨する危険がある。
「そうよ。なのにその時の大馬鹿当主一族はGOサイン出しやがったのよ」
おかげで、その罪を隠すためにまた80年後儀式をし、また隠すために儀式をし……と、嘘の塗り重ねで歯止めが効かなくなってしまい、今に至る。
「1度目は、当主の元カノだった従姉妹が冥婚……あ」
「は? 生贄って言ってなかったか? 冥婚??」
「ややこしい事言ってごめんなさい。実は私、眠らされる前よりこの儀式について忘れてるの」
「また新情報サラッと出たな。順番に話してもらって良いか?」
昼顔が頷いてくれた。
まず彼女は、生贄になるため産み落とされ、育てられたらしい。が、
「学生時代だったかしら? ハッと目が覚めたのよ。ショックな事があって、それまでの生活習慣が乱れたのが原因ね。私、それまで食べ物や飲み物に従順に振る舞うよう一服どころか十服くらい盛られてたみたいなのよね」
本来飲まなければならない薬を飲まなかったり、飲む順番を間違ったりした結果、薬の効果が薄れて自分の置かれている環境等が『おかしい』と理解出来たらしい。
それから、彼女は何度も脱走を試みたのだが、痺れを切らした当主に、西洋の妖精から取り寄せた特殊な針をブスッと刺されたそうだ。結果、今日まで眠らされていたらしい。あの……その針って茨の城で寝てたお姫様が刺したアレです? 知らん? あ、今日まで寝てたから……そっかぁ。
「それで、眠る前に聞いた単語や話がちょっと混じっちゃうの。さっきも、生贄の事、誰かが冥婚の花嫁って言ってた記憶がボヤーっとあって出ちゃった」
納得した。
確実に100年は寝てる訳だから、綺麗に覚えてる方が逆に奇跡なんだよな。
「貴方も災難ね。私がもっと早く起きてたら、ここに来る事なんて無かったわ」
「そうなのか?」
「ええ、兄さんと貴方の家の関係者が結婚する予定だったのでしょう? 生贄に出来るのがもう私しかいないのに中々起きなかったから、兄さんに嫁取りさせて、私の代わりにその子を差し出すつもりだったのよ」
生贄が寝汚い娘だと、精霊が怒るかららしい。
精霊、我儘だな……。
「私がとっとと生贄になってれば、その子が生贄になる話なんて微塵も出なかったから、貴方の家に勘付かれたりしなかったわ」
地下牢の中は暗かったが、昼顔の顔はよく見えた。悔しさと、諦めと……しかし消えない頭の中の何かに苛立って、潤んだ瞳の奥が俄かに燃えているようだ。
「お前、どうするんだ?」
「……諦めたく無いけど……もう無理かなって思ってる」
その声は、ほんの少し泣きそうで。
だけど、瞳の中の炎に連動していた。
「オーケー、オーケー」
「何? 急に……?」
「助かろうぜ。どうにかさ」
「は?」
「正直さ、お前が諦めてたら、此処でお前を殺してやるのがせめてもの情けかと思った。でも、生きようとしてる奴にンな事したら、今後お天道さんに顔向け出来ねぇだろ」
此奴は、芯がまだ折れてない。なら、助けられる。いや……絶対に俺が助ける。
「簡単に言うわね」
「簡単じゃ無ェよ。今から、本当は頼りたく無いし、巻き込みたくも無い味方に手紙出すんだからな」
そう言って、俺は誰にも気付かれないよう、専用の霊力を飛ばした。




