19-1 側近も大変です
木々の間を抜ける。飛んで跳ねて、太い枝からの自由落下。途中で翼を出して気流に乗り、逃げていくソレを更に追いつめる。
「イーッ!」
「にがすかー!」
ソレは、野球ボールくらいの、苔まみれの石だ。毬藻みたいだと和んでいたら、藤君の頭目掛けて一直線に飛んできて、いきなり流血沙汰になった。
たくさんの石の中には、草が生えていたり、花が咲いていたりと、個体差がある。
この苔石が妖精で、きっとこの石の中にイ草がが生えている物が有るのだろうと判断した私達は、すぐ二手に分かれてその石を追い始めた。
全員バラバラでも良かったんだけど、ちょっと気になる事が有るんだよね……。
以上が、私がソレっぽい草の生えている苔石を追いかけている理由である。
「メイシー!」
「はぁい!」
木の陰に隠れていたメイシーが、苔石の前に躍り出る。石はすぐさま何かの術を展開しようとしたのか上のように小さな陣を浮かべたが、
「せいっ!!」
途轍もなく速い、更に鋭い横向きの手刀によって、すぐ側の木の幹に減り込んだ。
「はえてるの、イ草だった?」
「確認しますねぇ」
木から取り出した苔石は大人しい。私達で言うところの気絶でもしてるんだろう。……石が気絶するとか、普通に受け止めてる自分が哀しい。
「……イ草ですけど……、収穫には早い物ですぅ」
メイシーが眼鏡をかけて確認してくれた。
この眼鏡は、川獺さんのお店で使われている不良のイ草を見分けるための専門道具だ。今回、特別に貸してもらえた。
「って事は、やっぱり……」
「私達が見掛けている苔石は全てぇ、幼体って事ですぅ」
気になっていた事が、当たった。
そう、川獺さんは『イ草は轢き殺して来る』と言っていた。その時点でどんな形状をしているのかは、川獺さんも知らなかった為自分達で確かめるしか無かったのだけれど……どう考えても、それなりに大きく無ければ成立しない言い回しだ。
「もしかして、ランカクしてへった?」
「それならもっと早く問題になってますよぉ。そもそも、イ草は乱獲されるような魅力あるアイテムじゃありません」
ドドドドドドドド
「……イヤな よかんする音きこえない?」
「えぇ、とっても聞こえますぅ」
案の定、暴れ牛の群れの大移動みたいな音を立てて、苔石がいっぱい向かって来た。
「「「「イーッ!!」」」」
わぁ元気。いや、元気通り越して怒ってるわ。
「あっちは、藤君と白雨君が行ってたよね」
ため息を一つ溢して風を送る。
周りの木を倒さないように小さな刃で。石を壊せばすぐ消える仕様で。けれど、取りこぼさない為に数は多く。
面倒臭い。数を多く出すのは簡単だけど、他が面倒くさい。熱と冷水を数回当てる操作を凝縮してやってボロボロにする方がまだマシだ。とっても立派な原生林の中だし、イ草燃やしちゃいけないから出来ない。
更に風を送る。石がこっちに来ないようにするためのものだ。殺傷力は無い。
「ふぉぶああ!?」
あ……、私の後ろに行くようメイシーに声掛け忘れてた。一緒に飛んでちゃった。
「メイシー! ごめーん!」
メイシーは、大きなウツボカズラの中に、逆さまになって刺さったのだった。
***
(水沫視点)
「分家の娘の嫁ぎ先がな、少々臭う。お前さん、ちょいと手伝いに行ってくれや」
お館様は、それはそれは優美な笑みを浮かべて、愛用の扇を俺に向けた。
今思えばこの時、死ぬ気で逃げときゃ良かった。
ブワリと体全体が風に押される感覚と、足元が消えたと認識した時には、見慣れた和室では無く空の真上で。
とどのつまり、強制的に転移させられていた。
「ア゛ーッ!!」
余りに唐突過ぎて、翼を出しそびれた俺は、落下した……。
落ちたのが汚い川で、その後、数で勝負して来るタイプの弱い魔物に襲われ、通りすがりの糞ガキに汚物を投げられつつも、何とか辿り着いた目当ての屋敷━━社家は確かにバタバタしていた。
明らかにボロボロで、馬鹿正直に『彩雲様の側近です』と言っても信じてもらえるか怪しい状態だったのに、「暇なら手伝っとくれー!」と面接無しで働かされるくらいに。
2日目にして漸く「ばっちぃ子だね! つかアンタ誰だい?」と、食堂のおばちゃんに気付かれた訳だが、川に落ちた所からの話に同情され、それまでの働きぶりを評価され、潜入は続行となった。話終わったら、オカズの小鉢が二つ、他の人達より多かった。
おばちゃん好キ。
その夜だった。やっぱり変だと俺は思ったのだ。
『お嬢様が嫁入りされる』
『お嬢様のお衣装は……』
『ようやくお嬢様が解放される』
『我らも安泰だ』
『喜ばしい事だ』
これは、社家の当主や奥方にピッタリついてる使用人達の口から聞いた主な言葉である。
おい、ここは分家のお嬢様の嫁ぎ先だろう、お嬢様の旦那は? お前等の若様はどうしたんだよ?
口に出すのも憚られる穀潰しドラ息子なのかとも思ったが、聞いたセリフの中の『解放される』が違和感の塊だ。しかも、俺が元々知ってた情報では、此処の若様に嫁が嫁いでくるの、再来月なんだよな。でも此処の連中、式は数日以内とか言ってるの……何でだよ?
そういう訳で夜中、こっそりと屋敷の中を見回った。
そしたら、まぁ……なんか変な隠し部屋見つけて? 嫌な予感しかしない絵巻物見つけて? 本棚漁ってみたら上から桐箱が降ってきて? 中身を見たら、古〜い日記帳が数冊。几帳面な奴だったのか、名前が書いてある。社……誠志郎? 誰だ??
開いてみた。
『彼女が愛おしい。彼女が愛おしい。彼女が愛おしい。彼女が愛おしい。彼女が愛おしい。彼女が愛おしい。
手に入らないなら、食べ━━━━』
ヒィ! 怪文書!!
ちびりそうになったので、一旦外に出た。
ガッツリ……屋敷の塀を越えようとしている女と出会ったのは、その時だ。
珊瑚色の髪に同色の耳。そして白い尻尾という特徴を見て、長〜〜いため息が出てしまった。使用人では無い。この家の狛犬一族の特徴である。
「……っかしぃなぁ? この家の娘は何年も前に死んでるはずなんだが?」
「み、見なかった事に━━」
「何をしている!」
やっべ! と思った時にはもう遅かった。
狛犬の家の当主と側近達に囲まれていて、目の前の女の顔が恐怖に染まるのを、確かに見た。
「やはり逃げるつもりだったか……地下に繋いでおけ」
「御意」
「嫌! 絶対に嫌! 止めてったら━━━━!!」
何番煎じですか? と問いたくなるような、美人が悪者(多分)に捕まる場面に、俺は辟易する。どうせこの後はお約束の展開でしょ? 俺も捕まえるんでしょ。
「ソイツも繋いでおけ。髪型が気に入らん」
「畏まりました」
「いや理由それ!?」
拙い現場に出会したのが理由じゃ無く!? 髪なのか!? この髪のせいなのか!? って変なとこ触んなスケベ野郎!




