16-1 推しの一人です
(三人称)
━━鏡花流・裏月投
余りにも流れるような動作で、しかし音速を超える炎のように苛烈な投げ技が繰り出された。無論、繰り出したのはメイシーである。
尚、そこそこ破壊音はするし、実際壊れている箇所もあるのだが、周囲の妖達はそこまで気にしていない。初雷領は争い事がよく起こる為、非戦闘要因も感覚が麻痺しているのだ。
「殺った?」
冷ややかな声だ。メイシーが投げ飛ばした先、今は土埃と盛り上がった黒い石畳で見えない場所を見て、藤紫がそう聞いた。
普通の変態相手であれば「息するように殺すなー」等と軽口を叩くところだが、メイシーだけで無く彼も気付かなかったのだ。
それだけの手練れ相手に、油断は出来なかった。
「いいえ、受け身を取られましたぁ。一番早く地面とご対面する技だったんですけどねぇ」
「姫様戻って来るまでに殺れそ? 無理なら手ェ貸すよ」
その瞬間、穴の中から1人分の影が飛び出した。それの行き着いた先は、藤紫の眼前━━鼻と鼻が触れ合いそうなほどの至近距離だ。
「久しぶりだね、藤紫」
ニコッと、その青年は言った。たった今投げ飛ばされたというのに、怪我どころか着物に汚れも無い。
「え、え? 先輩の知り合いですぅ?」
そうメイシーが尋ねた時には、既に2人の距離は近くなかった。藤紫が咄嗟に後ろへと身を引いた為だ。一方、藤紫の向かいの彼は、柔らかくメイシーに微笑むと、そのまま彼女を《《上から下まで》》見た。
対して、其れはメイシーも同じだった。ただ彼女の場合は、全身を見たのは一瞬で、残りはその頭に生えた2本の角に釘付けだ。
海のように深い青の瞳に、絹のように綺麗な白い肌、細くたおやかでありながら骨ばった指や高い身長。
だが、何よりも目を引くのは、目と同色の頭から生える━━金の入った瑠璃のような2本の角。
「龍……」
六華将の一つ。妖であると同時に強い神格を持ち、高天原に住む事を赦された稀少な種族。
「先輩、何処で龍と知り合いになったんですかぁ? SSR種族ですよぉ? ……先輩?」
メイシーが問いかけた時、藤紫は黙って胸の辺りを押さえていた。苦しんでいるという訳では無さそうだ。
━━なんか、すっごく焦った後って顔っぽい……は!?
「藤先輩、手が……!」
左手の甲が半分だけ黒ずんでいるのを、彼女はしっかり目視した。
その指摘に、ようやく藤紫は我に返る。咄嗟に左手の黒ずんだ部分が見えないよう右手を当てて隠したが、様子を見ていた龍の青年は、意外だと言わんばかりに目を見開いていた。
「呪い、未だ解いてないの?」
「いつ解いたって変わんないさ。お前に心配される事じゃ無い……」
強がっていると、誰にでも分かる声音と言い分だった。
「何言ってんのさ。それを解くって言うから俺は見送ったんだ。解く気が無いならさっさと帰━━」
チャプン。という音に、彼は口を閉ざす。
雨も降っていないのに、巨大な水溜りが周囲に出来上がっていた。
途端に青ざめて、彼は近くまで来ていた乗合馬車を台に、近くの建物の屋根に乗る。
「嘘だろ……何で」
そこで、青年の意識は途絶えた。
意識が途絶える寸前、微かに見えたのは紫がかった夜の髪と、鮮やかな紅色だった。




