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14-2 何か起きそうです

(藤紫視点)



「いやいや姐さん!? 報せた僕が言うのもアレだけど、姫様のお世話はどうすんの!?」


 姐さんは既に、玄関で歩き易さ重視で革のブーツを履いていた。


「は? 馬鹿か貴様?」

「姫様居なくなった途端に鬼軍曹!」

「私も水沫も居ないのであれば、お前以外誰が居ると?」


 思わず体が硬直した。


(マジ)?」

「お館様と姫様を抜けば、此処での常識と腕っぷしは上から私、お前、水沫。分かりきっているでしょうに」

「……? 麦姐さんに、常識━━」


 姐さんの視線が鋭くなったのとほぼ同時に、紙の束が顔面に叩きつけられた。痛い……。お口にチャックである。


「……ったく、そもそもお前、姫様の護衛志望で此処で来たのでしょう。なのに、近寄ると動悸が異常を起こす?」


 うぐっ……。


「緊張してまともに話せない?」


 かはっ!


「挙句遠くから見守るので精一杯? ふざけんなよ殺すぞ」


 これまで実際にあった数々の情けないエピソードに、血を吐きそうになりながら「おっしゃる通りです」と返すしか無い。

 この前、笛を渡した時近づいたのが良かったのか、今は少しマシだけれども、其れまでは自分でも「気持ち悪いレベルでマジ無いわ〜」って、顔を顰めたくなるくらい酷かったのだ。

 お館様が寛大で無かったら普通に今頃クビにされてる案件だ。


「直近の会議で、他の六華将の皆様に姫様の事が知れ渡っています。流暢にしていられなくなったのは……分かるな?」


 そうだ。

 その事を抜きにしたって、もう何処かの家の息子と婚約しておかしくない年頃だ。


「孫馬鹿なのとお前の件があるので、お館様はその手の話を後20年は避けて下さるでしょうが……どこぞの汚物馬鹿野郎(当主様)が余計な事をする可能性はあります。寧ろその可能性しか無い」


 あぁ……彼奴……。頭の奥が急速で冷えていく。天狗特有の紅の瞳は、姫様やお館様と同じ筈なのに、彼奴の瞳は何処か人工的で気持ち悪くて受け付けない。


「それと、お前に一つ教えておきましょう。姫様は水沫を『水沫君』と呼ぶぞ」

「━━は? 死刑」

「真顔やば」


 あ、目が……良し周りに誰もいないな。

 だが先輩め、許すまじ。何俺を差し置いて『近所の優しいお兄ちゃん』ぽい呼ばれ方してんの? 若しくは『初恋のお兄ちゃん』的な呼ばれ方してんの?? 俺なんて『藤紫さん』だぞ。距離感駅伝かよ。


「姐さん。もし先輩が死にかけてたら、絶対生きて連れ帰って。僕が息の根止める」

「姫様にも言いましたが、忘れてなければ連れ帰ります」


 ピシャ! と、玄関の引き戸の音だけが残る。

 ……よし。麦姐さんが先輩を生捕りにしている間に、僕は姫様から『君』で呼ばれるようになるぞ!


()ッ!」


 何でそう決意した途端に、内臓破壊系の拳法技を喰らにゃならんのだろうか……。


 壁数枚を巻き込みフッ飛ばされた場所で、どうにか立ち上がる。あ、めっちゃ血ィでた。肋4本くらい持ってかれてるわ。

 この邸内でこんな殺意高い一撃ぶっ放して来るのは、麦姐さんを除いて1人しかいない。顔を上げれば、掌打の構えから姿勢を正し「一本」と言う、僕よりまだ少し若い苺ミルク(パステルピンク)みたいな(に白メッシュ)頭した糞ア……メイドの姿があった。やっぱりお前か!


「メイシーちゃーん……どう言うつもりなのかな〜?」


 内心キレ散らかしているけれど、彼女にも何か理由があるのかもしれない。大分引き攣るが、笑みを浮かべて理由を聞いてみる。


「え? もう、何言ってるんです藤先輩(ふじせんぱぁい)、麦穂先輩が居ないなら『姫様のお世話係バトルロワイヤル』始めるのは世の常識じゃないですかぁ。ぷぷぷ、笑い殺しに来てますぅ?」

「ンな常識初めて聞いたわ」


 外つ国から遥々やってきた夢魔(サキュバス)という種族の此奴は、無駄に顔が良い。何も知らないオジだったなら、この笑みに「しょうがないなぁ」と鼻の下を伸ばすんだろうが、僕には殺意しか湧かない。


「そんな……藤先輩、ハブられてます? 水沫先輩以外に友達いないんですかぁ?」

「お前本当腹立つね。言っとくけど、麦姐さんから僕、直々に姫様のお世話係引き継ぎされてるから」

「は? ちょっと意味分かりませんね」


 喋り方……まぁいいか。

 先程、顔に叩きつけられた紙の束の表紙を見せつける。

 表紙は『七夜月様取扱注意書』。……ちょっとおかしい事書かれてるけど、気にしてはいけない。


「狡いぃい!! 私もお世話したいですうぅ!!」

「聞こえませーん」

「役割分担しましょ! ホラ先輩、お風呂一緒に入れないでしょ!」

「姫様1人で入れるって書いてるわ」

「さすがあぁぁ! でも髪洗ってあげたかったあぁぁ!」


 尚、僕は姫様のとこに戻っている最中で、この喧しいのは腰に背中にガッチリと、子泣き爺みたいにくっ付いている状態だ。此奴は……っ!


「良い加減に━━━━」


 丁度、居間の開きっ放しになった襖の向こうが見える位置にだった。見えてしまった奥の光景に、思わず絶句する。


 室内で、座り込んだまま「やっちまいました。途方にくれてます」と背中で語る七姫様と、穴ボコだらけな周囲の畳達。


「…………土竜の魔物でも出ました?」

「それだ!」


「違ェよなぁ?」


 僕等が居る━━襖で仕切られた廊下とは反対側、障子の向こうの縁側に、親方様が居た。

 綺麗に微笑んでいらっしゃる。アレは大分お怒りだわ……。


「七、正座」

「ぁぃ」


 姫様、頑張って!

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