12.5 願いは「 」です
(???視点:戯言)
泣く者は要らぬ。笑う者は要らぬ。刃であれ。肉壁であれ。願うな、心は要らぬ。物であれ。
腐り果てたその一族では、生まれてすぐに心を壊され、『影』と呼ばれる式と同等の暗殺者にされる。
大切な者を痛ぶり、殺して、そこに何らかの感情を抱こうものなら、己の命も絶たれる。
ほんの数分の命であろうとも、いっそ式の『影』として初めからこの世に生まれていたならばと……。
何も考えてはいけないのに、光が刺さず、ぎゅうぎゅうに同じ境遇の子供が詰め込まれた狭い部屋で、自分はいつも虚空を見ていた。
ある程度成長すると、同年代の中で頭一つ飛び抜けている事が分かった。1人部屋をもらえて、食事内容や身につける教養が、他とは明らかに違ったからだ。
そしてある日、召集がかかった。末の姫君の護衛を選ぶらしい。どうせ自分が選ばれる事は無いと、ただ今日も虚空を見つめて立っていた。
それだけだったのに━━━━
「お主が良い!」
小さな、暖かな感覚が足元にあって、驚いて下を向くと、福々とした大福みたいな……白くてふにゃふにゃの生き物が、自分に笑いかけていた。
「名は何と言うのじゃ?」
名前なんて聞かれた事も、名乗った事も無い。
けれども……、ふと……遠い昔に誰かに呼ばれたような響きが脳裏を掠った時、口が無意識に動いていた。
「お……ぼろ」
「朧か、綺麗な名前じゃな。気に入ったぞ! 明日から宜しく頼む」
その笑顔が忘れられなかった。
一度実家に戻るや『アレは半妖故に機を見て殺せ』と言われても。護衛生活が始まり、他の護衛の情報や城の警備状態についての裏切りの文を出しても。
忘れられなかった。むしろ胸が痛くてモヤモヤした。
虎の一族に自分達が通るルートと襲撃するタイミングについて知らせた文を出した時、これでもう苦しまなくて良い、解放されると思ったのに……。
俺以外が攻撃系の術で射抜かれる瞬間も、俺が仲間の背を切り付ける瞬間も、何もスッキリしない。むしろ吐き気を催す程だった。
そうして━━雨が酷くなって来た頃に、全員が死んだと思った。
馬車の中からベシャリと、小さな塊が落ちて来るとは、微塵も思わずに。
何故だ? 馬車は燃えていた。黒焦げになって、中の者は皆死に絶えている筈。
その疑問は、脱げた塊が纏っていた布を見て解消された。大きなあの打掛は、彼女の侍女の物だ。付与術の使い手だった彼女は、有りったけの妖力を込めて付与を重ね掛けして塊を━━姫様を守ったのだろう。自分の命までも引き換えにして。
また吐き気がする。ソレでも悟られまいとした。
此処で殺せば良い。鬼であれど所詮は半妖。
容易く狩れる命だ。
そう思った矢先の事だった。
「裏切り者……っ」
柄にかけようとした手が、止まる。
あのキラキラしていた黒曜石の目に、怒りと憎しみの火が宿っていた。
術で言えないはずの単語。だが其れは、何も間違った事では無い。その通りだ。自分は裏切り者だ。
けれども、その言葉は俺の根幹を揺るがす。
「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる!!」
妖力が膨らむ感覚がした。姫様との距離は3メートル弱。遠くは無いが近くも無い。それでも感知に関してはからきしの自分が、他人の妖力を感じるには距離がある方だ。術で怒りが強化されている事も要因の一つか? 妖力量が多いとは思っていたが、ここまでとは……。
これでは、姫様自身も唯では…………今、何を自分は考えた?
「朧ッ!!」
凄まじい熱量で名を呼ばれた瞬間、自分はたった今感じた不思議な感情を、咄嗟に呑み込んだ。
「良いんですか、姫様? 此処で怒りに身を任せれば、彼等を2度殺す事になる」
こんな事を口走る理由は、感情のせいじゃない。
違うったら違う。
自分自身の保身のためだ。
「何を……」
「姫様自身気付いているでしょう? だから、誰にも助けを求めなかった」
図星を突かれたのが腹立たしくも、こちらの話を聞こうと力を押さえ込んでくれている。これならいける。
「確かに今はもう全員死骸だ。けれど……貴方が此処でその膨大な妖力を爆発させれば、死骸は燃え尽きる。灰も残らないでしょう」
つまり、獣の餌となって自然の中を循環する事も出来ない。
「それは、彼らを2度殺すような蛮行ではありませんか?」
「……じゃから、見逃せと?」
「いいえ、違━━」
刹那に事だった。
腕を掠める鋭い感覚。
太腿に刺さる明確な痛み。
……そりゃそうだ。向こうは姫様が半妖だとまだ知らない。自分は彼奴等宛の文に、その事は書かなかった。生きていると分かれば、怪我を負っているに違いない今、一気に畳み掛けてくるに決まっている。……どうでも良い裏切り者ごとな。
━━姫様を抱えて、森の中へと姿をくらませよう。
すぐ行動に出た。まただ。あの不思議な感情。此処に姫様を捨て置くのが最善のはずなのに、体が勝手に動く。
思考が、姫様を救おうとする。
違う。これだって、自分の為だ。
きっと今から嵐が来る。姫様を連れていれば、隣の領地に逃げ込んだ際、雨風を凌げる場所を提供してくれるだろう。
腕の中の姫様は黙り込んでいる。間違い無く腑が煮え繰り返っているだろうに、大人しくしてくれている。
そうだ。そうやって怒りを溜め込め。
苦しめ。憎め。唇を噛め。小さな手足に無力さを覚えろ。
どうせお前のような弱者は死ぬ。その前に足掻いてみろ。
『願うな』と、体に染み込まされた訓えを破る。
殺生石よ……。
姫様を救ってくれ。




