12-2 六華将です
「何故ですか!? 我等は王家の威信の為に……ひぎゃああぁぁあアアア!!」
「か、影達よ! もう狐は良い!! 王子を止めろ!!」
一斉に、飛びかかっていく影達。目と鼻の先を通過された六華将も居たが、敢えて止めなかった。
圧倒的に、王子の方が格上だったから。
王子は影に覆われたが、すぐ影が霧散した為何事も無く立っていた。
カチカチと歯を鳴らし、先程までの悠然とした態度は跡形も無い。
「群雨、そこまでにせよ。それは朧に一番近い身内だ。情報を取る」
「……チッ、塵が」
鋭い捨て台詞と共に、王子は宙に溶けるように姿を消した。そこに便乗して、王が放った式であろう影が腰を抜かしている長老を立たせ、一緒に消えた。
「ふむ……1人逃したか」
「何ともおめでたい頭だね。もう帰る家が無いってオチも見えないとか」
彩雲と雪椿の脳裏には、逃げた先で己の屋敷が燃え、家族が鎖で繋がれている姿を見て茫然自失に陥る長老の姿が過っている。
「ところで狐よ」
「ん?」
「殺生石が使用者の願いを叶えるという話は、噂に過ぎないのではなかったか?」
王の問いかけに、視線が雪椿へと集中した。
「噂に過ぎないよ」
この時、本当は一瞬だけ間があった。だが雪椿は得意の精神操作でこの部屋に居た全員の感覚を一瞬鈍らせ、綺麗に即答したかのように振る舞ったのだ。しかし、それでも嘘はバレる。
「ゆゆゆ雪椿様、あの……今……?」
オドオドした、か細い声の主によって。
「あー……いつにも増して影薄かったから忘れてた。玉虫チャン居たんだった」
その名の通り、玉虫色の髪を持つ小柄な少女は、最近(※と言っても50年前)人形族の頭領を継いだ新参の妖だ。
彼女は精神操作の類が全く効かない為、雪椿にとっては都合が悪い。
雪椿の精神操作は、狐狸の類が得意とする幻覚の延長だ。幻覚は複数人に使用する場合、1人に破られると芋蔓式に他にも破られるというデメリットがある。相手が格下ならば、術をもう一度掛け直せば済む。だが残念ながらこの場には、同格か格上しかいなかった。
「さっきのアレね……正直俺も分かんない。今まで沢山の妖が、あの小さい数珠玉に願ってたけれど……どいつもこいつも、落胆するか狂うかだった」
だが、誰もが確信を持っていた。
あの時、朧が自分達の視線に気付き、簪に己の価値を示させる舞台を提供したと。
具体的にどんな願い方をしたかまでは、心を読んだ訳では無い為不明だ。しかし、朧が願ったから山が消え、その衝撃で空間が歪み、簪と七夜月でギリギリ倒せるレベルの知性を持った魔物が現れた。
半妖であっても、簪が角持ちとして、その才を発揮出来ると分かれば、長老達も暗殺を止めると思ったのだろう。
「みゃごみゃごみゃごみゃご」
何か言い始めたのは、鵺の頭領である。猫のような声でフォルムもマヌルネコに似ているが、サイズがおかしい。大人の熊である。更に尻尾は2匹の蛇であり、今もチロチロ舌を出していた。
「萌芽爺さんまた滑舌が悪化したな」
「滑舌がどうとかいうレベル? 日本語の原型留めて無くない?」
彩雲達は斜め向かいのマヌルネコ……では無く萌芽という鵺と、その猫の言い分を神妙に聞く王を遠い目で見る。
「お前の感覚ではそうなのか」
「みゃごみゃ」
━━すげぇ、会話が成立してる。
「俺からしたら、アレは糞だがな」
「お前さん等何つー会話してんの?」
無表情の眉目秀麗な男とモフモフアニマルという、一部の層にとって大変需要のある絵面であったにも関わらず、その男の口から飛び出した単語が絵面をブチ壊した。
「この毛玉が『粋な男だ』とアレを評価したのでな。正直な意見を述べたまでだ」
王は死んだ者を悪く言いたい訳では無いが、どう転んでも朧については辛い評価せざるを得なかった。
誰も口にしないだけで、アレは明確な犬死にだったから。
結局のところ、朧は自身に降りかかった幸福を、自分の手で壊した。簪の護衛になる事で得る物が有ったにも関わらず、裏切らなければ、この先も生きて得る物があったのにも気付けなかった。
簪が角を持っていたという事実に殺すのを止めた訳だが、それを知ったからと言って、朧には何も残らない。
そうして命を落とした。だが、その命と引き換えに用意した舞台も無駄だった。一番簪の価値を知らしめたかった長老連中の頭が、それを理解出来る程良くなかったから。
「━━では余興も済んだ事だ。場所を移して会議を始めよう」
長老達の血で汚れた部屋を後にする六華将達。
その中で、涼しい顔をしている王と彩雲だが、本当は気が気じゃ無い。
事前に打ち合わせていた2人の予定では、簪の角の件が、六華将の知るところになれば良し。水晶部屋ではあったが、並の強さでは無い朧を難なくあしらえれば更に良し、くらいの気持ちだったのだ。
なのに、不穏な物が飛び出した。
願いを叶えた殺生石。
思考する魔物。
嵐の予感である。
━━出来れば規模が小さいので頼みたいんだがな。
何方も、同じ事を思っていた。




