9-2 水晶部屋です
「そんな、……冗談でしょう? 貴女は御前試合で圧倒的な強さを見せつけたじゃないですか」
あぁ、アレを見たから声かけて来たのかぁ。
「私は、まなぶ事、きたえる事に、ゴタイソウなりゆうなんて無い」
この世に生まれた存在なら、誰だって抱く当たり前の願望なんだよ。
「強くはなりたいっておもってる。けどそれは、ただ長生きしたいだけだからよ」
「嘘だ!」
「やかましい。おまえの短いモノサシで私をはかろうとすんな」
いつも思うけど、まだお子ちゃまなので、所々辿々しくなるのが鬱陶しい。強めの事言っても説得力に欠けるんだよね。
「私は、ハヤ死にしたくない。死ぬのはさけられないけれど、妖としていっぱいいっぱいマンゾクするまで生きたあとがいい」
だって前世、20代後半までしか生きられなかったんだ。今世は何百年と生きられる長命種なんだから、思う存分生きたいじゃん。腕力で語る悪習が未だに残る妖の世界? 数年後の戦争? そんなものですぐ死んじゃうなんて、本当に真っ平ごめんだね。
理不尽なんて糞食らえ。畳の上での大往生が私の理想だ。
「よって、ハジメから、わるい事に私達をまきこもうとするオマエに何いわれても、きょうりょくする気はゼロです」
言い切ったった!
だが同時に、片足だけで突っ込んできた。
腐っても姫の護衛。この環境下でも動けるなんて、実力はやっぱり本物だったんだ。
術で変化させたのだろう、人の物では無い鋭い爪の鋼のような片手が、私を切り裂こうとする。
ドゴッ!!
「さっすがー」
思わず感想を漏らした。
今の破壊音の原因は、私では無い。
隣で黙っていた簪が、踏み潰した音だ。
「何で……っ、此処じゃ動くのもやっとの筈……っ!?」
護衛は息を呑んでいた。
そりゃ困惑とか後悔とか、一気に押し寄せるはずだ。
半妖と蔑んでいたはずの少女の額、黒い前髪から、作り物では無い本物の角が覗いているんだから。
きらきらと輝く炎を纏う━━綺麗な角。
「何を驚いとるんじゃ? お前だって、此処で今動けたじゃろう?」
ソレとコレとは、話が別だ。
『角持ち』。そう呼ばれる鬼は非常に少ない。今生きている鬼で角を持っているのは、簪と簪の一番上の兄だけだ。かつてはどの鬼にも角があったけれど、陰陽師から子々孫々に渡る呪いを受け激減したというのは、漫画の知識。
護衛が驚いているのは、簪が『角持ち』だった事。お兄さんの方は有名だけれど、簪については秘匿されている。
理由は至って簡単。お家騒動回避のためだ。家が大きくなると、2〜3親等間くらいは仲が良くても、後はギスギスする事って珍しくないもんね。一番上のお兄さんが当主になると困る輩が、簪を担ぎ上げないようにしている。
つまり『角持ち』には、それだけの価値がある。しかも簪の場合は、自分の属性まで無意識に具現化しているから、コレが世間に知られれば、半妖なんてハンデは一気に帳消しだ。無意識下による属性の具現化━━人知を超越した能力値の限界突破は、数年後に兄ちゃんも出来るようになるけれど、今は簪しか出来ないから。
「のう、七……もう良いよな?」
「いいよー。《《見れた》》し」
ずっと我慢してたんだもんね。
あれ?? もしかしなくても、こんな閉鎖された場所でブチ切れた鬼と一緒って、私も危険なのでは?
***
(簪視点)
「姫様、私は姫様が降嫁の際にお供出来ませんが、それまではずっとお側におりますよ」
そう言ったのは、生まれた時から仕えている侍女の詩歌。本当に困った時、いの一番に駆けつけて抱き上げてくれる人じゃった。
「姫様の髪は整え甲斐がありますね。今日はどんな髪型にしましょう?」
朝起きると、何故かついてるしつこい髪の癖を笑って整えるもう1人の侍女の奏は、実はお茶を淹れるのが上手じゃった。体に良く無いと怒る詩歌に内緒で「蜂蜜多めじゃ」と頼めば、虫歯の時以外は多めにしてくれた。
「只今戻りました!」
「故郷で祭りがありまして、お土産です」
「お菓子は4人分しか無いんで、今内緒で食べちゃいましょう」
萌、凛太朗、綺羅星は護衛騎士で、休みを取るといつも3人一緒に行動しておった。どこかに遠出しては、妾に土産を買って来てくれた。
皆、死んでしもうた。
妾が、初めて自分で選んだ護衛騎士のせいで。
「朧……どうして裏切った?」
足の力を少しだけ抜く。地面に食い込んだままでは、何か喋っていても聞き取れん。
「……裏切ってなんか、いませんよ……。俺は、貴女を主と思った事が無いんでね」
妾の角に驚いていた表情が、徐々に変化する。
獰猛な目、釣り上がる口角。
この本性を見破れんかった自分が、恥ずかしてたまらない。
柊恩寺家の子は、5歳になると分家から騎士を集める。そしてその中から自分の護衛を選ぶ。
朧を選んだ理由は、真っ直ぐで優しい目を持っておったからじゃ。
「でもそんな簡単な質問なら、七夜月様に聞けば良いでしょう。彼女は、千里眼で見たのでしょうから」
「妾は、己の耳で聞き目で判断する」
だから、まだ殺さない。
煮えたぎるような怒。ただ怒っただけでは現れない角は抑えられずとも、それは耐える。
「……チッ」
少し間を置いて聞こえた舌打ちに、言葉が続いた。
「貴女がその実力を隠していなければ、こんな事する必要無かったんだよ」




