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62-1 道すがらメンタルケアです

(三人称)


 目を背けたくなるほどの赤が散らばる場所で、女は膝から崩れ落ちた。


 死臭。死臭。死臭。死臭。


 それまで降っていた雨の匂いも確かにするのに、消えていないソレ。


 そんな嗅覚からの情報で、ゆっくりと思考が奪われていく。

 頭の中が今にも焼き切れそうな女の手は、血塗れだった。

 女自身の血では無い。

 彼女が一番大切にしていたもの。

 何を差し置いても、慈しんでいたもの。


 女の喉から、音とも呼べない呼吸が漏れる。

 たった(・・・)一部だけ(・・・・)しか残っていなかったソレを、震える手で胸に抱く。


 ━━誰か……お願い。嘘だと……そう言って。


 記憶の中の、温かで、柔らかで、可愛らしかった面影は何処にも無い。


 ただ冷たく、硬いだけ。


 頭の中と表情が、絶望と怒りで染まり切る。

 幸せだった記憶すら、グシャリと歪んで行く。

 決して、涙で視界が歪んでいるからでは無い。心がそうさせている。


 全 て が 憎 い ッ 。


 紅葉のような手だけ(・・・)を胸にかき抱き、女は慟哭を吐き出す事しか、もう出来なかった。




 ***




「ドワーフ〜のこ〜うぼー♪ ドワーフ〜のこ〜うぼー♪」


 昼間だけれど、地下に有る故独特な明るさの街中を進む今の私の歩幅は大きい。

 何故って? 今から楽しい場所に行くんだぜ? 本当ならホップステップしてジャンプまでしたいとこさ。

 あ、パンの焼ける匂いがする〜。

 こういうのも良いよね、もっとテンション上がっちゃう!


「俺は毛虫以下。視野の狭いカスで愚図」


 メソメソとキノコ栽培しそうな男を、台車の上に座らせて押してなきゃな!

『押すのちょっと楽しい』とか最初は思ってたけど、今はめっちゃ周りの視線が痛いぜチクショー!


「水沫君は、シヤがせまいんじゃなくて、多すぎるおねー様たちにおおわれてたんでしょ! きにしない!」


 んもう! と、私は頬っぺたを膨らませる。

 ジィジや麦穂だったら、人差し指でよく強制的に空気を抜いてくるヤツだ。


「それはそれで俺が女狂いみたいに聞こえるんですけどぉ!」


 わんわん泣き出す水沫君。

 何歳なのさ? もう呆れる他無いんですけど……。

 ……まぁ『女狂い』って部分については、蟻の赤ちゃん程度には同情してあげよう。

 確かに君は狂ってはいない。狂わせてる側だよね。

 でもソレは一旦置いておこうね。

 こんな話してたら、また謎引力でお姉様方を呼び寄せるかもしれないし。という訳で、話を戻す。


「シモンさん、ソツギョーのじゅんい気にしてないって いってたじゃん」


 もう昨日の話なんだよ? 引きずり過ぎ。


「そんなの本心か分からないでしょうよ。やっぱり……謝りに━━」

「それ、ふつうに殺し合いになるからね?」

「なる?」

「なるなる」


 何だろうこの幼児みたいな会話……。

 いや私、ガワは立派な幼児だわ。

 全く、考えなくても分かるでしょう。

 こういうの、優しく言っても響かないし、強く言っても(幼女)だと珍獣が唸ってる(ホッコリ)ってなって、まともな会話にならなくなる。

 ……地味に扱いが難しい。


「たとえばよ?」


 ━━藤君がキミにマ◯カーで圧勝して「勝っちゃってスンマセン((笑」なんてして来たらどうするよ?


 と、聞いてみた。


()っちゃう」


 ご理解頂けて何よりだこの野郎。


「ゲームでもそうなるでしょ? 殺らせねーけど」


 ボソッと最後に足した時、何か黒い感情が乗っちゃったようだ。

 水沫君の肩が跳ねてた。怖がらせたい訳じゃ無かったのよ、ゴメンね。

 嫁への愛が時々炸裂しちゃうの。


「つまり、もっとシンケンな はなしなら どうなるか、分かるよね?」

「……はい」


 よしよし。より深くご理解頂けて何よりだ。

 でもねぇ……、生理的に無理って話も、私は半信半疑だ。

 多分だけど昨日の……あ、あの角だ。


 目的地へ行くための目印が目に入った。

 夜にだけやってる小さな料理店。

 その壁の端にある樽と黒猫の置物。

 この黒猫……目ヂカラ強ェな。

 滅茶苦茶キラキラした素材で出来た目をカッ開いてる。


 此処を曲がった所に、アル博士がお勧めしてくれた鍛治師の工房がある。

 ……そういえば、勧めてはくれたけど、首を傾げながらだったのは何でだろう?

 私ってば、変な顔でもしてたのかな?


「今更ですけど姫様、何で師匠のお勧めにしないんで?」


 うっ……、博士お勧めの工房に行くって話になった時は聞かれなかったから安心していたけれども……とうとう聞かれちゃったよ。


 率直に言うと、博士の方が信用できるから━━とは、言えない。


 ……何て言おう? これ、私が『碧空は今日も』で知った知識が関わってるんだよね。

 一応述べておくけれど、実は乃杏せんせの事を前世から知っていた……という事は、断じて無い。

 あの漫画に乃杏・ミラヴェルという女錬金術師は登場しなかったからだ。あと水沫君も。

 だから乃杏せんせを悪い人だと結論付ける決定的な要素は無い。

 …………違うな、『思いたくない』って言うのが正しいんだ。


 既に、そう思い始めてる自分に、気付いているから……。


 だから、


「私、めんくいだから!」


 サムズアップと一緒に片目をバチーン! とウィンクさせて、水沫君には何も考えてない幼女っぽく誤魔化す。面食いなのは本当だしね。


「さいですか……」


 元々暗かった表情に呆れと疲れが混じる。

 上手く誤魔化せたハズだ。きっと!


「じゃ、こうぼー行こ!」


 くいっと角を曲がる。あれれ?


「待ってください姫様。此処から坂道━━」


 体が引っ張られる感覚……あ……あ、手が……はわ……手ぇ、放しちゃった……。


「ギャアァァァァァアアアア!!」


 一気に坂を下っていく水沫君の断末魔の叫びは、坂を下って真っ直ぐ前にある教会っぽい建物の入り口を潜り、池ポチャして終わった。






 そして場所は変わり、教会のさる一室です。……が!


「おう、とりま代金は兄ちゃんの腕一本でどうよ? 入信料によぉ」


 いきなり過ぎて着いていけないかもしれないが、安心してくれ。

 私も如何してこうなってんのか訳分からん。

 とりあえず目の前に、ドワーフの山賊が出張って来た。


 何故だ。ここは教会じゃ無かったのか……?

 宇宙猫が、今にも頭上で大合唱しそう。

 ……すると、横に控えていたビショ濡れ姿のシスターさんが、青い表情で声を上げた。


「し……神父様落ち着いてください!」


 あ、山賊じゃ無いんだ。

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