6-1 半妖です
「隣の青柳領へ、姫様は療養に行く予定でした」
「療養? 鬼はそう簡単に病に罹ったりせんだろう?」
汚れを落として着替えた二人から事情を聞く為に応接間に集まった。
メンバーは私とジイジ。麦穂。ジィジの側近で、目を前髪で隠してる金髪男子と、ワカメ癖っ毛な苦労性男子。
因みに事情を喋っているのは護衛の男性だけだ。御前試合の時は額に角があったけれど、アレは作り物だったに違いない。鬼の角は私達と同じで出し入れ可能と聞いてるけれど、出せる個体って、今はかなり少ない筈だから。
そして柊恩寺簪━━簪はというと、何でか私の隣にちょこんと座っていた。いや、護衛の隣に居なよ。
そんな私の心の声など無視して話は進む。
「姫様は、半妖です」
当人達と私を除き、複数人が息を呑んだ。私はホラ、漫画で知ってたから。
半妖……人間の特性と妖の特性が入り混じった存在。実はこの世界、半妖は死ぬほど少ない。人間を嫁や婿に迎える妖は多いが、基本的に子供は妖として生まれるからだ。因みに天狗は雌の数が圧倒的に少ない為、大抵雄は人間を嫁にする。現に、会った事は無いがジィジの嫁も、私の母も人間だ。
まぁ、数が少ないというだけなら絶滅危惧種として大事に保護されるところなのだが、半妖にはある特性がある。
周囲の妖を凶暴化させるというものだ。
故に半妖は、差別と迫害の対象となっている。
……でもこれ実は違うんだよね。
漫画を読んでいたからこその知識だが、半妖には普通の妖ほどの闘争本能や殺生の耐性が無いのだ。
前世が人間だったからよく分かる。
人間だった時なら、生き物を殺してすぐにケロッとバウムクーヘン食べたくならないし、何なら罪悪感で死のうとしただろう。
でも妖になった私は、そんな事を思わない。
魔物だろうと同じ妖だろうと、傷つける事に忌避感は無いし、殺す事に何も感じない。
しかし半妖は、その辺りの価値観がほぼ普通の人間寄りだ。人外の嫁や婿になる胆っ玉がヤベェ方々より人間らしい。
だから半妖が居る環境では、妖の無慈悲さが顕著に分かるだけで、凶暴化はしていない。つまり凶暴化云々は、半妖に対して元から差別意識のあった馬鹿供が流したデマなのだ。
……が、室内の雰囲気から察するに、これ知ってるの本当に私だけっぽい。ジィジは知ってると思ったんだけどな。
「成る程な。御前試合での姫の態度から嗅ぎつけられた訳だ」
「えぇ、極一部に。……未だ目立った動きは有りませんでしたが、王都の城は危険であると陛下が判断されました」
そうして、王都で簪を害そうとしている一派のお掃除が決定した。
その間、隣の青柳領を治める虎族の元で彼女は身を隠す事になっていたらしいが、
「あの虎供は……姫様を亡き者にしようと、我々が到着すると同時に奇襲をかけてきたのです」
「ほう、虎の一族も半妖差別派だったのか」
護衛は首を横に振った。話を聞きつけた差別派じゃ無いのに攻撃? どういう事だろう?
「そもそも彼処に身を隠す話が出たのは、長男が姫様と婚約しているからでして」
彼処の長男さんて……19歳だっけ? 簪とは6歳だから、15歳差か。
妖は、大体18歳前後までは人間と同じ速度で成長する。その後は成長速度が緩〜くなり、200年ほどで漸く二十前半から後半の見た目になって成長が止まる。
だからジィジ曰く、200歳過ぎてから結婚するのが常識的らしいが……ジィジ、私知ってるよ? それジィジの願望が大半占めてるでしょ? 体は18前後でも、人間と同じように30前後で結婚してる妖が多いの知ってるからね。
……話が少し脱線したが、要は15歳差というのは、妖にとって気にする程離れた年齢では無いという事だ。
「ですが……その跡取りが、浮気していたんです」
あちゃー……。
「半妖の話は関係無かったのか」
「はい。隠し通せる事では無いので、これを機に辿り着いたら話す手筈でした。こんな裏切に遭うとは、思っていませんでしたから」
あぁ、そうね。半妖の寿命は人間より長いだろうけど、妖に比べたら大分短いだろうからね。
でも引っかかるな。
婚約期間中の遊びに関しては、外聞は悪いけれども王族は目を瞑るだろうから、バレたとて消そうとはしない筈だ。寧ろ消す方が悪手だ。一族郎党皆殺し待った無しだもん。
「秘密裏に婚礼の儀を終えて、相手の女が身籠っていたんです」
全員ドン引きである。
現時点で子どもまで作るのは拙い。
簪と結婚して長男を産んだ後に側室を娶って下の子を産ませたりとか、簪と子どもが出来ないから側室に生ませるのとかと、次元が違ってくる。
簪の子を跡取りにして虎族と王家の繋がりを強化するのが王家の目的だ。が、こんなに早く子供を作るのは、簪の子どもを跡取りにする気が無いという明確な意思表示になる。
しかも、この期に及んで婚約を破断にしていないという事は、……簪が嫁ぐ時の持参金と、その後の王家からの手当ては受け取る気で居たという事だ。
「成る程、ド級の阿保の一族だったか」
「このケイカク、普通にうまくいかないよね?」
「いや……結婚してる事実を隠し通しゃぁ、案外どうとでもなる。なんせ辺境だからなぁ」
例えば、一旦その女と子どもを遠くにやる。簪との結婚後、子どもが出来ないようにする。『分家から未亡人とその子を妾及び養子として引き取る』と騙して、女と子どもを呼び戻す。……と、ジィジは一例挙げた。
……あの簪さん? 私達って友達でも何でも無いんだよね。
子どもにはキッツい会話だけれど、そんなに気安く横から抱きついてこないで欲しい。
「侍女も他の護衛達も皆死に絶え、どうにか私だけ姫様をお連れ出来たのです。どうか、王城が安全になるまで我々を此処に置いては頂けませんか!?」
「断る」
ジィジは即断即決だった。
「何故!?」
「お前さん、此処が如何に危険地帯か忘れてんだろ?」
「っ!」
うんうん。初雷領って異界との結界が薄い地域。私は未だ魔族とはやり合った事が無いけれど、魔物とは高頻度でエンカウントする。
謂わば最前線。
見捨てられた訳じゃ無い王族の長期滞在なんて、普通に有り得ない。
「それにな、半妖に凶暴化させられちゃぁ敵わん。儂等自身もだが、魔物なんかも凶暴化したら面倒この上無ェんだわ」
あー、そこは心配要らないって言いたいー! でも話したところで知ってる理由の説明が出来ない! もどかしいー!
「何よりも、お前さん等を引き受けたら敵が多すぎんのよ。魔族と魔物、半妖迫害派勢力に青柳領。流石に負担がデカいわ」
簪が、よりギュッと私にくっ付いてくる。
いや、だから距離感おかしいって……。
どうやって引き剥がそうかな〜……ん? 今一瞬、ジィジこっち見てた。どういうアイコンタクトだろう?
「しかし今日はこの暴風雨だ。こんな中にお前さん等を放り出せば、王家と全面戦争になりかねん。雨が止むまで泊まっていくが良いさ」
簪は、最後まで私から離れなかった。
故に私の部屋でお泊まりである。
……何で!?




