58-1 大賢者です
(麦穂視点)
何か、気になる事を言い始めましたね。
「『彼女達』はあまり関係してないみたいでぇ! 何と言いますか末端が1人暴走したみたいですぅ!」
「ほう、末端とは?」
「親玉的な気狂い女の間者か、その下っ端みたいなんですけどぉ! オヤツちゃんもソレが誰なのかは知らないみたいなんですぅ!」
……ふむ。
ソレだけ情報を明かす駒を飼っていましたか。
「命拾いしましたね。仕事に戻りなさい」
「アイアイサー!!」
離すと、メイシーは全力で逃げて行った。
最初から真面目に仕事をするか、その情報を吐いていれば良かったものを。
しかし、やはり若様にあの式を放っているのは、内部の犯行でしたか……。
若様を狙う獣の式の攻撃は、未だに続いている。流石に初雷領内に入れば止むけれども、現世の学校や、学校から霊道までの短い登下校で遭遇していると聞く。
……若様に、また辛い事を強いるハメに陥りそうですね。
私には、負い目がある。
奥様の侍女の中でも実力があった事から、あのクソ野郎は、私が姫様に着いて行く事に、最初良い顔をしなかったのだ。
故に強行突破のように此方へ来た。常世に来てしまえば、後はお館様がどうにかして下さるから。
だから若様に別れの挨拶をする事が出来なかった。
まだ8歳だったのに。
いきなり家の者が減って、心細い思いをしたに違いないのに……当時の私は、全く気にかけなかった。
時折、暴走しているが、普通の子どもより物分かりの良い姫様を常に見ていた影響も大きいだろう。
賢く、才能もある若様なら大丈夫だろうと、勝手に思っていた。
この秋、再開するまで。
『む、ぎ……ほ……?』
『はい、お久しゅうございます。大きくなられましたね』
たったそれだけの言葉だったのに、若様が泣きそうな表情を浮かべた。
結局その場で泣く事は無かったけれど、あの時固く線を引いた口元と、揺らいだ瞳は、私にとって衝撃的だった。
現世の屋敷で起きている決定的な異変について、私もまだ知らされていない。
けれども、若様と……そして奥様が、心に消えない傷を負っている。
それは揺るぎない事実だ。
コール音に気付いて、再びスマートホンを手に取った。
あぁ、お館様ですね。
お館様は今、藤紫を連れて悠揚へ泊まり掛けで出掛けている。
悠揚の件で、鞍馬家はどう見ても巻き込まれた被害者だった。が、お館様があの料亭を滅茶苦茶にした件に関しては、完全にお咎め無しとはならなかった。
おのれ鵺め……過去の空間を現実に持ってくる術だか何だか知らんが、現実との境界を雑にしやがって。
境界の設定をもっと綿密にしていれば、お館様が破壊神さながらの一撃をかましたところで、現実の建物に支障は無かったのだ。
それを、境界を完全に分けたら自分達が戻れなくなるから等と……テロを起こすのであれば死ぬ覚悟はして当然だろうに、甘っちょろい事をしくさりよってからに。
そういう訳で、方々から『やりすぎ』判定を受けてしまった。
しかしながら、やはり被害者である事は変わらない。
その為賠償金の請求等は無かったが、今度あの浮島全体に貼り直す強固な結界の霊力供給を言い渡されたのだ。
てっきり「何がやり過ぎだ。被害者に罰則なんざ前代未聞だぞ」と一蹴されるかと思ったのに、お館様はあっさり承諾してしまった。
いや……あっさりと言うには楽しそうだった。アレは……何か魂胆が有りますね。
まさか出掛けた数時間後に、姫様が水沫と一緒に彼の地邸都市に行ってしまうとは思って…………いなかったのだろうか?
本当に??
私は、お館様に姫様の現状を知らせた時の事を思い浮かべて、疑問を抱いた。
高天原に姫様が攫われた時は、真っ先に取り返しに行った方が、今回は驚いてこそ居たが全く怒っていなかった。
…………………………考え過ぎか。




