55-1 試験会場前です
(三人称)
水沫は、基本的に寝巻きをきちんと着て寝る男である。
が、時々困った癖が出てしまう。寝ている間に、寝巻きを脱いでしまうのだ。
そのくせ布団はきっちりかぶって朝起きる。
何故脱ぐんだ。暑いからなどと抜かすならば、布団も剥いで然るべきであろう。
本人も「すんません謎です」と述べるしか無い。
一回、初雷寮での仕事にも慣れ、藤紫という後輩を得た頃だった。
翌日が非番になっている仲間数人で夜にゲーム大会をし、雑魚寝で朝を迎えた時に、藤紫と同じ毛布を被っていたまではまだ良かったのだが、その中がパンイチだった事がある。
第一発見者が「ヒュッ」と喉を鳴らしたのは言うまでも無い。
藤紫は服を着ているにも関わらず「汚されちゃった!?」と半泣きで起きるし、悪夢の一件であった。
それ以降、水沫は誰かと寝るなど言語道断というスタンスで生きていた。
現在地、留学時代に居候していた乃杏の工房兼自宅の一室。
ベッドの上には、パンイチの自分と衣服の類が見受けられない乃杏…………。
「ごふっ!!」
水沫は、容赦無く乃杏をベッドから蹴り落とした。
「いや有り得なくない!? 朝チュンした女の腹部蹴って追い出すって外道でしょ!」
「うるッせェわ不法侵入者」
「昨日の熱い夜を忘れたと!?」
「記憶の捏造乙。前の日に女抱いたかどうかくらい覚えてるっつの。残念だったな」
乃杏に掛け布団を投げつけ、水沫はさっさと身支度を整え始める。
「は……? アンタ、童貞捨ててたの?」
「年中魔物が襲ってくる最前線領地居たんですから、そういう嗜みはあります」
もっと言えば、水沫は彩雲お気に入りの側近だ。
つまり出世街道しかない高給取りである。ハーレム主人公体質とは別に、ハニートラップの危機とは常に隣り合わせだった。正に今回のように、起床時部屋に招いた覚えの無い女が居た事は、何回もあったのだ。
前の日の記憶が無い等とは言っていられない。対策もすぐ出来るように、一度起きた事案に対するマニュアルが脳内でパッと開く。
要は職業病のような物で、低俗且つ悪質なハニートラップには冷酷になるスイッチが自動で入る。
今回、乃杏は恩師であった為蹴りで済んだが、これが全くの赤の他人であれば死んでいるところだった。
目を見開いたまま硬直する乃杏の前を横切っていく水沫は、すっかり先日買ったシャツとズボンに着替え終わっている。
「師匠、何時まで呆けてんです? 姫様起きる前に朝飯作りますよ」
「み……」
「あ?」
「皆に言いふらさなきゃ!!」
「馬鹿野郎ッ!!」
何処からかスマホを取り出した乃杏の脳天に、ハリセンが落ちた。
「じゃ、落ちてきます」
筆記の試験会場の前で、乃杏と七夜月に向かって堂々と彼は言い放った。
「いや、師に向かってわざと落ちる宣言しないでよ」
「だって俺やる気無いし。姫様さっさと初雷に戻してやりたいですし」
「ぶき……」
「武器じゃ無いでしょ。姫様に必要なのは、霊力使わなくても多少暴れられるようにする道具」
「や。ぶき」
昨日の会話から、武器を作ってもらうと聞かない七夜月に、水沫はどうすべきかと少し困る。




