5 新たなイケメン登場
「やあ、いっくう、いる? あれ、お客さん? 珍しいねえ~」
どうやら、この店の主の知人らしい。
一空に負けず劣らず背が高く、見た目の良い男であった。
仕立てのよさそうなスリーピースを着込み、スラックスの折り目もしっかりして、しわひとつない。
上等な生地であろうことが素人目にも分かる。
格好だけはやり手の青年実業家風ではあるが、頭髪を見ると明るめの茶髪、耳にピアス。
雰囲気がチャラい。
笑い顔もニタついて軽そうだ。いや、軽い。
ホスト?
愛想のよすぎる笑顔がよけい怖いかも。もしくは、イマドキのインテリヤクザ?
「君、可愛いね。高校生かな?」
口調もそうだが、初対面の女性に馴れ馴れしく近づいてくるところが、やはり何度も言うが軽い。
「ちがい……」
紗紀は首を横に振り、出口の方に向かって一歩、さらに一歩と足を引く。
「あれ、帰っちゃうの? 僕のことは気にしなくていいからゆっくり見ていきなよ。店主は陰気だけど」
それは当たっているかも。
「陰気だと?」
眉間にしわを寄せぽつりと漏らす一空を無視し、チャラ男は続けて言う。
「品物はいいものが揃ってるよ。それは僕が保証するから」
チャラ男はキザったらしくウインクしながら言う。
そのウインクが嫌味なく見事にはまっていた。
そこらの男が同じことをやったら、失笑ものだ。
「すみません。もういいんです。失礼しました!」
もう一度頭を下げ、逃げるように紗紀は店から出て行った。
一空と運命の出会いをはたした紗紀ではあったが、この時彼女はまだ、一空のもう一つの顔を知らなかった。
「あーあ、行っちゃったね、あの子。残念」
肩をすくめるチャラ男を、一空は目を細め睨みつける。
「ナンパをするなら、よそでやれ」
「ナンパ? あはは、お子様相手にまさか。犯罪になっちゃうよ。こんな時間になんで高校生がいるんだろう、学校はどうしたの? って思っただけ」
時刻は午後一時を過ぎたばかり。
確かに、高校生が町を出歩くにはおかしな時間だ。
「高校生ではない」
「そうなの? なら食事に誘えばよかったかな。赤坂の高級鉄板焼き。せっかく予約したのに僕、女の子に振られちゃったんだよね」
振られたというわりには、それほど残念そうには見えない。
一空は肩をすくめた。
「なんだったら、いっくう一緒に行く? ホテルも予約してあるよ」
「他をあたれ」
「相変わらずつれないなあ。で、今の子、ものすごく慌てて出て行ったけれど、どうしたの?」
一空は紗紀が残していった簪に視線を落とし、何でもない、と小声で答えた。
◇・◇・◇・◇
強引であったとはいえ、骨董屋に簪を引き取ってもらい(実際は押しつけたのだが)これで、あの女の霊に悩まされることなく、ぐっすり眠れると安心していた紗紀であった。
それでも最初は怖々とした夜を過ごしていたが、一日、二日と経ち、霊が現れることもなくなり、一週間過ぎた頃には警戒も解け、そんなことがあったことすら忘れかけた、十四日目の深夜のこと。
「う……」
寝苦しさにふと目を覚ます。
部屋は暗く、カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりが仄かに照らすだけ。
枕元に置いたスマホに手を伸ばし時刻を確かめると、午前二時を少し過ぎたところであった。
喉が渇いたので、ミネラルウォーターを飲もうとベッドから起き上がりキッチンへ向かう。
冷蔵庫からペットボトルを取り出し喉を潤した。
変な時間に目が覚めちゃったな。
再びベッドに戻ろうと振り返った紗紀は、悲鳴を上げた。
「ど……う、して」
声にならない声を上げ、腰を抜かして床に座り込む。
目の前に、あの女の霊が立っていたからだ。
もう現れることはないと安心していただけに、驚きは半端ない。
どうして現れたの? 簪はもうここにはないのに。
それとも、あの簪は関係なかったの?
女は何かを訴えかけるような目で立ち尽くし、紗紀を見下ろしている。
「何? 私にどうしろっていうの。私には何もできないの」
女はゆらりと、頼りない足取りで近寄ってくる。
「来ないで!」
紗紀はめちゃくちゃに両手を振った。
「お願いだから、来ないでーっ!」
両手で頭を抱え、紗紀はキッチンの床にうずくまり身を震わせた。