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2 死者も来る店

「本当に素敵だわ。あの……おいくらかしら」

 見るとどこにも価格が記されていない。

 つまり、こうして簡単にお客さんが手に出来るように店に並べられているが、実は価値のあるものか。


 この間の市松人形だって無造作に置かれていたけれど、人間国宝が手がけたという作品だったし。

「ええと、確認してみます。少々お待ちください」

 紗紀は慌ててカウンター前のパソコンで、何やら作業をしている一空に声をかける。


「一空さん、ではなくて店長、窓際に置いてある、桜の絵柄の酒杯の値段ですがいくらですか?」

「ああ、あれは……」

 一空は値段を伝える。

 その声が聞こえたのであろう、女性は残念そうに沈んだ顔をする。


「ごめんなさい。今は手持ちがあまりないので、また改めて」

「お取り置きしておきますか?」

「いえ、また……」

「そうですか。では、お待ちしております」

 軽くおじぎをし、女性は店から出て行った。


 来店したときと同様、静かに足音も立てず。

 女性が去った後、一空はゆっくりと立ち上がる。

 パソコンでの作業は終わったようだ。


「接客にも慣れてきたようだな。最初の頃に比べるといい」

「本当ですか?」

 一空に褒められ、紗紀は照れたように笑う。


 『縁』でバイトを始めた初めの頃は、お客さんとの会話もスムーズに繋げられず、たどたどしかったが、かなり慣れてきたのではないか。

 だから、一空にそう言ってもらえると嬉しい。


「少しずつ覚えていきたいと思っています。あの、商品のこともいろいろ理解したいし、分からないことがあったら、また聞いてもいいですか?」

 意欲満々の紗紀に、一空はいつでもと答える。


「ところで、どんな客だった?」

 一空の問いかけに、紗紀は、はい? と、首を傾げた。

「おそらく、気配から察するに年配のご婦人だろうというのは分かったが」

「え! ってことは、今の女性!」

 紗紀はもう一度店の扉に視線を向ける。が、すでに女性の姿は見当たらなかった。


「霊だということに、気がつかなかったのか?」

 紗紀は霊が視える体質だが、一空は違う。

 彼は霊能者(それも世間で騒がれるほど有名)のくせに、霊の気配を感じることはできても、姿を視ることはできないのだ。


「印象が薄いようには思えましたが、それでも生きている人と同じようにはっきり見えたから、てっきり、普通の人だと思って……ええ! そんな……」

 ふと、紗紀は窓際に置いてある桜の酒杯に視線を向けた。

「じゃあ、あれも因縁のある品物で、縁を感じて動き出した?」

「さて、どうなるかな」

 一空は肩をすくめた。


 あの酒杯は、どんなふうに縁を断ち切るのか、あるいは結ばれていくのか。

 何が起こるのかはまだ分からない。

 それにしても、この店は生きている者だけではなく、死者までやってくるのか。

「恐ろしい感じはしなかっただろ?」

 確かに、あの女性が幽霊だとしても、恐ろしさは感じられなかった。

 すべての霊が、生きている者に害を及ぼすことのない霊であればいいのに。


 そんなふうに思っていた翌日、昨日と同じ時刻にその女性は再び『縁』にやって来た。

「い、い、一空さん、昨日の人が来ました……」

 こそりと、小声で女性が来たことを一空に伝える。

「いちいち報告しなくても、気配で分かる」

「はい……」

 たとえ、霊が視えなくても、一空は霊の気配を察知できる。

 必要とあらば、霊視をすれば彼女がどういう姿なのか知ることもできるのだ。


 こうしてはっきりと見えるのに、生きた人間ではないなんて。

 やはり、この世に深い未練を残しているから、あの世へと旅立てないのか。

 彼女の表情はとても悲しそうで、手伝えることがあるなら何とかしてあげたいと思わずにはいられない。

 紗紀は手を握り、彼女に歩み寄った。

「また来てくださったんですね」

 女性は微笑んだ。


「ええ。昨日のこの酒杯、いただくわ」

 いただくと言われて躊躇し、紗紀は一空を振り返る。

 品物を買いたいと言っても、相手は幽霊。さすがに幽霊との金銭のやりとりは無理だろう。

 さて、この場合どうしたらよいのか。


 あるいは、酒杯を手渡しただけで満足して成仏してくれるのか。

 そんな単純なことなら簡単だが。

 困った顔で何度も一空はかえりみるが、とくに助言をしてくることはない。ということは、つまり自分の好きなように対応していいということか。

 ならば、好きにさせてもらおうと、紗紀は決意をかため女性に微笑んだ。


「では、お包みしますね」

「あの……お願いがあります」

「何でしょう」

「これを隣町のS神社に届けてくださるかしら。明日は結婚記念日で、夫と二人でお祝いをしたいと考えているの」

「それで夫婦酒杯なのですね。素敵です」

「その時に代金をお支払いで、よろしいかしら」

 S神社ならここから遠くない。

 電車に乗って隣町に行き、駅から歩いて十五分程度だ。


「もちろんかまいません。何時にお伺いすればよろしいでしょうか?」

「夕方の……陽が沈む頃に来ていただけるかしら。夫と夕陽が見たいと思っているの。神社の境内に桜の木があるので、そこで」

「かしこまりました。では、その時間に境内の桜の木の下で」

 女性は嬉しそうに微笑んだ。

 つられて紗紀も微笑むが、すぐにその笑みが強ばる。


 夫と二人でお祝いをしたいというが、夫の方はまだ存命なのかな。


 S神社で夫が待っていて、そこで代金を支払うということか。

 それならば、納得ができる。

「本当に親切にしてくださって。ありがとうございます」

「そんな、たいしたことではないですから。では明日、お届けにうかがいますね」

 女性は深々と頭を下げ店から出て行った。

 彼女の目にうっすらと涙が浮かんでいたのを見た紗紀は、締め付けられるような心の痛みを覚えた。


 紗紀は手に取った酒杯に視線を落とす。

 この酒杯と彼女はどういう縁なのだろうか。

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