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11 人間国宝が手がけた

 骨董屋『縁』に以前やってきたあの母娘が再び訪れたのは、藤白五十浪の工房から帰ってきてから五日後のことであった。

 もう来ることはないだろうと思っていただけに、店に現れたときは驚いた。

 母親の方もあの時、娘の手を引きそそくさと店から去って行ったことに対して何かしらの感情があるのか、紗紀の顔を見るなり苦い笑いを浮かべ会釈してきた。しかし、子どもの方は、そんなことなどまったくおかまいなしに、

「よかった。まだお人形さんがあった」

 と、店に入り、人形を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ママ、あったよ、あった」

「この間、いらした?」

「ええ……どうしても娘が、あの人形が欲しいと言ってきかなくて」


 どうしても、という言葉を、ことさら強調させ、母親は頬に手を当て薄い笑いを浮かべる。

「あの、でもこの人形は」

 紗紀は咄嗟に一空に視線を走らせる。


 だって、この人形はまだ浄化されていない品物ですよね?

 売るのはまずいですよね? と、必死で目で訴えかけるも、さすがの凄腕霊能者でさえも、他人の考えていることまで読みとるのは無理のようだ。


 そう、人形の持ち主だったあの姉妹は無事天国に送れたが、人形自体は何かの思いが残されているらしく、未浄化のままであった。

 そうこうしている間も、子どもが人形を手にしたいと腕を伸ばしてくるが、紗紀は決して渡さないとばかりに抱きかかえ、子どもの手をブロックする。


 もうやだ。

 まるで、子どもに嫌がらせをする意地悪な人ではないか。


「お人形さんー!」

「待って、お願いだから、ちょっと待ってね」

「抱っこするー」


 一空さん、何とかして!


 ねだる子どもと阻止する紗紀の攻防戦が繰り広げられる中、一空は笑みを浮かべ近寄ってきた。


 のんきに笑っている場合じゃないってば。


「この人形をお気に召したようですね」

 少女は両手を伸ばしてきた。

 一空は紗紀から人形をとり、少女に手渡す。


 ひー! 呪いの人形が!


 すると。




 ――ごめんなさい。




 と、人形から聞こえてきた声に、紗紀はああ、と落胆する。

 やはり、人形に込められた思いはまだ残されたままなのだ。

「どうぞ。この子もお嬢さんが迎えにくるのを待っていたみたいだよ。ほら、こんなに嬉しそうな顔をしている」


 そ、そうかな?

 未浄化の魂がまだ入っていますけど。

 それにこの人形、嬉しそうな顔をしているのかな?


 けれど母親は、娘が市松人形を手にするのをまだ躊躇っている。

「でもねえ、他のにしましょうね?」


 そうそう、その子から人形を取り上げるのよ!


「こちらの市松人形は大変希少価値のある人形で」

 紗紀の思惑とは反対に、一空が人形の説明を始める。

 勧めてどうするの!

「そうはいっても、人形でしょう?」

 母親から見れば、たかが人形だ。そう、たかがお人形さん。


「重要無形文化財保持者」

 聞き慣れない言葉に、母親の目が点になっている。

「つまり、人間国宝である二代目藤白五十浪が手がけたものなのです」

「……っ!」

 思わず声をあげそうになった。

 あの二代目、藤白五十浪が人間国宝だったとは! じゃあ、四代目を名乗る藤白五十浪も人間国宝。

「それに初代の藤白五十浪は、人形師として初の人間国宝となった人物なのですよ」


 母親も人間国宝が手がけた価値ある人形と聞き、少しばかり心が揺れているようだ。

「そ、そうなのね。確かによく見ると、気品のあるお顔をしているわ。まるで魂が入っているみたい」


 仰るとおり、魂が入っています。

 それもしっかりと。


「でも、それならお高いのでしょう?」

 母親の声が明らかに揺らいでいる。

 人間国宝の認定を受けると、作品にブランド的な価値がき、売買価格も高くなる。

「ええ、それが残念なことに、この人形、保存箱に入っていない状態だったのです」

 どうやら、人気ある有名作家が手がけた市松人形は、落款つきの保管箱に収納されている。そして、作品とともに作られた〝共箱〟というものが古美術の世界では貴重なものだということも後で一空から聞かされた。


 つまり、箱に入っていなく、多少傷や汚れがあるので、お手頃な価格でお譲りしましょうということだそうだ。

 それでも人間国宝ならとんでもない値段がつくのだが、一空はどうしてもこの少女に人形を売りつけたいらしい。


 確かにこの子、人間国宝が手がけた高貴な子なのに、剥き出しの状態でここに飾られていたもんね。

 おまけに、私に普通にはたきで叩かれていた。


「まあそうなの? そんな有名作家さんが手がけたものなら」

 女はブランド品には弱い。

 ましてや人間国宝が一つ一つ丹精を込めて手がけたというならこの世に一点もの。

 限定のようなものだ。そして、女は限定という言葉にも弱い。

 不気味な人形と言っていた母親の顔が、有名人形師が手がけた値打ちあるものだと聞いた途端、変わった。


 ようやく母親の了承を得た少女は、これ以上ないというくらいの満面の笑みで人形を抱きしめた。




 ――ごめんなさい。




「これからはずっと一緒だよ。今度こそ、大切にするからね」

「え?」

 少女の言葉とともに、人形の顔が明らかに変わったのを紗紀は見る。

 悲しそうで寂しそうで、どこか憂いを秘めた人形の顔に、美しい微笑みが浮かんだように見えたのだ。

 一空は優しく笑って少女の頭をなでた。

「その子も喜ぶよ」

 母親は代金を支払い、人形を胸に抱いた娘の手を繋いで店を出て行った。

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