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9 一空にまとわりつく黒い影

 突然、聞こえてきたその声に、はっとなって紗紀は肩にかけていたバッグから例の市松人形を取り出した。

「この人形」

 紗紀は少女たちの前に人形を差し出す。すると、美優と柚希は目を輝かせた。

「探していた人形はお姉ちゃんが持っていたの」

「うん、ちゃんと見つかったんだね!」

 頷いて柚希はポロポロと涙を流す。

「この人形の持ち主は、柚希ちゃんと美優ちゃんだったんだね」

 紗紀は人形を柚希ちゃんに手渡した。


「ありがとうお姉ちゃん。ずっと探していたの。これで美優ちゃんにお人形を返せる」

「私も柚希ちゃんがお家に帰ってこられてよかった」

 美優は仰ぎ見るように紗紀を見上げた。

「柚希ちゃんを連れ帰ってくれてありがとう」

「うん……」

 と、答えたがどうしようもなく胸がざわついた。

 悲しくて気を緩めた瞬間、涙がこぼれそうだった。


 だって、この姉妹は――。


「柚希ちゃん、行こう」

「そうだね。長い間美優ちゃんを待たせてごめんね」

 二人の少女が手を繋ぐと、その姿がすうっと薄くなり、やがて消えていってしまった。

 ──お姉ちゃんありがとう。

 そこで、紗紀は我に返る。

「あれ?」

 薄闇の中、紗紀は一人ぽつんと庭に立っていた。


 ここはどこ?

 どうして私、こんなところにいるの。


 立ち尽くす紗紀の側に、一人の女性が近寄ってきた。

「失礼いたしますお客様、まもなく閉館のお時間ですが」

「閉館?」

「こちらは五時で閉めさせていただきます」

「あの……」

「お帰りはあちらの門になります」


 女性の手が示した先には、立派な長屋門があった。

 係員が片方の門を閉め、後片付けを始めている。

「はい、すみません」

 紗紀は言われるまま、早足で門に向かって歩いていく。

 案内をしてくれた女性がにこりと笑いながら丁寧にお辞儀をし、門を閉めた。


 自分の置かれた状況がいまだ理解できず、紗紀は門の横にかかげられた、看板のようなものを見て呟く。

「豪農の館 旧守谷邸博物館……」

 さらに、表札の横に江戸時代末期築造の国指定重要文化財と書かれていた。

 紗紀は手のひらを開く。

 いつの間に買ったのかも覚えていない、入館券が握りしめられていた。


 まだ呆然としたまま、紗紀はその場に立ち尽くし、左右を見る。

「ここどこ。私どうやって帰ればいいの」

 バス通りまで出れば何とかなりそうだが、その通りに出るまでの道が分からない。

 周りを見渡しても誰もいない。

 道を尋ねたくても人がいないのだ。

 館の係員に尋ねようとしたが、わざわざ門を叩いて聞くのも気が引けるような気がした。


 自分がいる場所を調べ、誰かに連絡をしようとスマホを取り出すが、こんな時に限って充電切れとなっていた。

 寂しくて心細くて、どうしていいのか分からず泣きたくなった。いや、泣いた。さらに、一緒に来てくれると言った一空を恨む。

「どうして側にいてくれないの。一緒に来てくれるって言ったじゃない」

 不安を声に出した途端、涙が落ちてしまった。

「一空のばか!」

 この際だから、悪態もつく。


「いつも暇そうにしているくせに、今日に限って仕事なんて!」

 けれど、泣いても文句を言ってもどうにもならないと思った紗紀は、とにかく歩こう、と足を踏み出し目を見開く。


 数歩先にスーツ姿の一空が立っていた。

 骨董店ではいつもラフな格好だけれど、スーツ姿も似合っていてカッコいい。

 苦しいくらい胸がきゅっと締め付けられた。

「連絡がないから心配した」

 紗紀は泣いていることを悟られまいと、慌てて手の甲で涙を拭う。


「もしかして、迎えに来てくれたんですか?」

「仕事が終わって駆けつけた。どうしてこんな所にいる?」

「バスの行き先、間違えたんです。反対方向に乗っちゃったみたいで」

「ドジだな」

 余計なお世話だと言い返したかったが、そんな気力もなかった。


「おまけに、こんなところに連れてこられて」

「いい年して、知らない人について行ったのか?」

「小さな子どもだったの。家まで連れていって欲しいと言われて。でも、帰り方が分からなくて。連絡をしようと思ったのにスマホが電池切れになってた。ちゃんと家出る時に充電したのに」

 紗紀は電源の切れたスマホに視線を落とす。


「すまない。言い忘れたことがあった。こういう仕事をしていると、よくあることなんだ」

 心霊的なことにかかわると、電気製品がすぐだめになると聞いたことがあるが、それと同じことなのか。

 近寄ってきた一空の手が伸び、頭にぽんと置かれ撫でられる。

 その手が心地よい。


「頑張ったな」

 紗紀は首を振る。

「頑張ったっていうほど、私は何もしていないです」

「そうでもない。僕が手を貸すまでもなく、二人の姉妹はきれいに浄化(あが)った。紗紀があげた」

「やっぱり、人形の持ち主がさっきの姉妹だったんですね」

 背後にかまえる邸宅を、紗紀はもう一度見る。


 いまだに、何がどうなっているのか整理がつかない。そもそも、自分は一空のようにお経をあげたり、特に何かをしたわけでもない。

「すぐそこに車を止めてある。帰るぞ」

「はい」

 歩き出す一空の背を紗紀は見つめていた。


 心配して迎えに来てくれたのだと思うと嬉しかった。

 一空の存在が紗紀の胸の中で膨らんでいく。

 夕陽の眩しさに目をすがめたその時、黒い帯状のもや(●●)が一空の身体にまとわりついているのが見えた。


 何あれ?


 あの黒い影はよくないもの、一空にとって不吉なものだと直感した。

「一空さん!」

 紗紀の呼びかけに、先を歩く一空は足を止め振り返る。

「どうした。はやく来い」


 気づいていないの?

 自分の身体におかしなものがまとわりついているのを。

 一空さんは視えていないの?


 紗紀は息を飲む。

 そうだった。

 一空は視えないのだ。



 ──呪いを解かなければ一空は死ぬ。



 もしかしたらこれが、チャラ弁が言っていた呪いなのか。

「あの!」

「どうした?」

「一空さんにかけられた呪いって何ですか? 長く生きられないって、本当ですか?」


 こんなこと聞くつもりはなかった。

 プライベートなことに踏み込んだ質問だ。

 最初に出会った頃よりも、少しは打ち解けられたとはいえ、親しい間柄というわけではない。


 一空はただのバイト先の店主であり、霊能者として指導してくれるだけの人。

 けれど、聞かずにはいられなかった。

 思わず口から出た言葉に後悔したがもう遅い。

 一度口にしたものを、なかったことにすることは出来ない。

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