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7 結局、人形の持ち主は分からず

「しかしのう」

 二代目は息をつき空を見上げた。

「皮肉なことに、その騒ぎのおかげで、わしはこれまで以上に世に名の知れ渡る人形師となった。わしの作る人形には、魂が宿ると。皮肉なことだのう」

 二代目は当時のことを思い出したのか、虚ろな眼差しで遠くを見つめている。


「二代目……」

「それにしても、悲しそうな顔をしておるのう」

 寂しそうな声で言い、二代目は人形の髪を撫でた。

「あの……信じていただけないかもしれませんが、この子が会いたい、帰りたいって言うんです。それからごめんなさいと」


 帰りたいってことは元の持ち主の元にだと思い込んでいたが、今の二代目の話を聞くと、人形に込められた魂が二代目の娘さんのものであるなら、会いたくて、帰りたいのは父である二代目の元にではないかと思うようになってきた。

 しかし、どちらなのか、あるいはそのどちらでもないのか、紗紀には判断がつかない。


 やっぱり、一空さんがいてくれないと困る。

 私ひとりでは、どうにもならない。


 二代目、藤白五十浪の深くしわが刻まれた手が人形の顔に触れた。

「帰りたいか。うむ、まさにそんな表情をしておるのう」

「信じてくれるのですか?」

「もちろんだとも。わしには伊月先生のような霊感はないが、それでもこうして、もの言わぬ人形たちに命を込めてきた。不思議な体験も何度かしたものよ」


 二代目は静かな目で人形を見つめている。

「紗紀さんは、この人形の持ち主の家をわしに訊ねに来たのだったね」

「はい。個人情報とかあるのは分かっています。せめて何か手がかりでも……」

 いや、と二代目、藤白五十浪は緩く首を振った。


「この人形の持ち主がどこに行ったのか、実はわしにも分からないのだよ。二人の娘を失った奥様は心の病にかかってのう。それから、屋敷は没落したとも、人手に渡ったとも人づてに聞いただけ。詳しいことは分からんのじゃ。そして、結局、この人形も捨てたとも」

「そうですか……」

「それにしても、人形があなたの手に渡り、再びこうして出会えることになろうとは、不思議な縁もあるものですな」


 まただ。

 また縁によって引き寄せられた。


「紗紀さん、わざわざ来てくれたのにお役に立てなくて申し訳ない」

 二代目は心底申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえ、お話を聞けただけでもよかったです」

「そうそう、もし、処分に困っているなら、この人形はこちらで買いましょう。いわくつきの人形とあっては、お店に置いておくのも障りがあるじゃろうて」


 普通の店であれば、いわく付きの物を置いて、客に不快な思いを与え、世間の心証を悪くするのは望ましくない。だが、『縁』は違う。

 『縁』は因縁つきの物を手がける店だ。

 紗紀は市松人形に視線を落とす。


 ねえ、お人形さん。あなたはどこに帰りたいと思い、誰に会いたいと願ったの? そして、ごめんなさいと謝りたいのは誰?

 あなたを手がけた、二代目、藤白五十浪さん? それとも、あなたを可愛がった姉妹の元?


 しばし、考えた後、紗紀はゆっくりと顔を上げた。

「いいえ、大丈夫です。この子は連れて帰ります」

「そうですか」

 一瞬ではあったが、藤白五十浪の瞳が揺らいだことに紗紀は気づく。

 二代目は孫である四代目の手を借り、立ち上がった。


「では、少しばかりほつれているその子の着物を繕いましょう。お時間はそんなにかかりませんから」

 時間はじゅうぶんあるので、お言葉に甘えそうしてもらうことにした。

 しばらくして、ほつれた部分を直してもらった人形が戻ってくる。

「お忙しいのにありがとうございました」

 紗紀は心からお礼を述べ、工房を後にした。

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