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3 前世のことなんて覚えているわけがない

「いっくうは、昔、ある女性と揉めてね」

「女性と揉めた? こ、恋人ですか?」

 一空に恋人の存在がいるかもと聞き、紗紀の胸がズキンと痛んだ。

 今までのチクンという痛みではなく、それこそ心臓がどうにかなってしまいそうな強い痛みだ。


 一空は大人の男の人。それに、あの容貌なら恋人の一人や二人や三人……数え切れないくらいいるだろうし、もしかしたら結婚もしているかも。

 ああ見えて、子どもがいたりして。

 考えてみたら、私一空さんのこと、何も知らなかった。ううん、そもそも知る必要がないと思っていたもの。


「それで、その女性と喧嘩でもしたんですか。いつ?」

 動揺していることを悟られまいと、平常を装いながら紗紀はチャラ弁に訊ねる。

 何とかうまく言葉を発せられたようだ。けれど、変な汗がじわりとひたいに浮かぶ。

 呪われるほど相手の女性の恨みをかうとは、そうとう酷いことをしたのだろう。


 あの陰湿な性格ならあり得るかも。


「いつ? かなり昔のことだよ」

「昔ですか……学生の頃とか?」

「あー、確か平安時代って、言ってたかなー」

「……」


 チャラ弁を見る紗紀の目が半眼になっていく。

 胡散臭い目で紗紀に見られているとは気づかず、チャラ弁はお構いなしに続けた。


「その頃、祈祷師を生業にしていたいっくうは、どこぞの高名な力ある巫女様の逆鱗に触れ、その巫女によって呪いをかけられ、いっくうは命を落とした。しかし、呪いはそれで終わらなかった。いっくうが生まれ変わっても呪いは連綿と続き、現在に至るってわけ。そのせいで、いっくうはいつも三十前後で原因不明の怪死で亡くなる気の毒な奴なんだ。まさに因縁だね」

「へえ」 


 突っ込みどころがありすぎて、何から訊ねたらいいのか分からない。

 いや、まともに聞いているのがバカバカしい。


 不審な目をする紗紀にはやはり目もくれず、チャラ弁は続ける。

「それで、いっくうは自分にかけられた呪いを解く方法を探している。だけど、いつの世でもその方法を見つけられず、いっくうは死んでしまう」

「それは大変ですね。それで、今生では、その呪いとやらを解く方法は見つかったんですか」

 半眼のまま、紗紀は抑揚のない声で言う。


 人をバカにするにもほどがある。

 しかし、チャラ弁の顔は真剣そのもので、冗談を言っている感じには見えなかった。

「そう。現世でようやく、その呪いを解く方法を見つけられるかもしれないんだ!」

「へえ、そうですか」


 バッグから取り出したスマホをいじりながら、紗紀は適当に相づちをうち、頭の中では今晩何を食べようかと考える。

「うん、呪いを解く方法は、いっくうに呪いをかけた巫女を、正確には巫女の生まれ変わりを探し出し、かけた呪いを解いてもらう」

「へえ、巫女さんは見つかりましたか」


 もはや、どうでもいいという口振りで、紗紀はチャラ弁の話に合わせる。

 今日はオムライスにしようかな。

「うん、まだ確証はないけれど、その巫女がもしかしたら紗紀ちゃんではないかなって、思うようになって」

「私、平安時代の記憶なんてまったくないですけど」

 紗紀は淡々と答える。


「まあ、普通はそうだよね。でも、いっくうは違う。いっくうは自分の前世を視て知っているらしいよ」

「前世ねえ」

「とにかく、紗紀ちゃんなら、何かしらの方法でいっくうを助けられるかもしれないと、僕は確信している」


 勝手に期待されても困るんだけど。


 と、こんな嘘か本当か分からない会話を交わしたことがあった。

 紗紀は再び、止めていた手を動かし、はたきをかける。

 霊とかそういうのは信じるわよ。

 私自身、実際視えるのだから、でも、さすがに前世とか、生まれ変わりとかそういうのは、ちょっとね。


 だいたい、前世の記憶なんて覚えているわけがない。


 さらに、別れ際にチャラ弁にこんなことも言われた。

「もし、紗紀ちゃんがいっくうの呪いを解いてくれる存在なら、君にはその方法を思い出してもらわなければならない。霊能者として、いっくうの弟子になると言ったよね」

「言ったけど。でも、それは……」

「真剣に、霊能者として力をつけてもらわなければ、いっくうは救えない」

「この間は嫌になったら辞めちゃえばいいって言ったじゃないですか」

「そんなこと、言ったか」

 見据えるような冷たい眼差しと低い声音に、背筋が凍えた。


 あれ、この人……さっきまでと雰囲気が違う。

 すごく怖い。


 この前は嫌になったら辞めてしまえばいいって言ったじゃないと、言い返せなかった。

 しかし、チャラ弁はすぐにいつもと変わらない、にこやかで軽い笑みを浮かべた。

「あは、そういうこともあるかなってことは、どこか頭の隅にでも覚えておいてね。あ、お家に着いたよ。じゃ、おつかれー。そうそう、今晩は気温がぐっと下がって寒くなるから夕飯はおでんがいいかもよ。またね~!」

 家の前で車から降りた紗紀は、呆然とその場に立ち尽くし、去って行くチャラ弁の車を見えなくなるまで見つめていた。

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