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14 僕を生かすも殺すも

 一空がじっと、こちらを見つめている。

 何度誘われても、弟子にはならないと告げようと口を開きかけたが、店の前に一台の高級車が止まったことに気づき、言葉を飲み込む。

 車から降りたその人物は、片手でネクタイを整えながら店の扉に手をかける。


「いっくう、いるー?」

 扉が勢いよく開き、またしても一空の友人の弁護士が現れた。

 弁護士というと、法廷で争ったり、拘置所に勾留されている人と面会したりとあちこち飛び回って忙しいイメージがある(テレビドラマでは)が、彼も本当は暇なのか。

 しょっちゅうここに訪れに来ている気がする。

 ちなみに彼は伊月さんのことを〝いっくう〟と呼ぶが、本当は〝いそら〟だ。

「あは、紗紀ちゃん、今日も来ていたんだね。また会えて嬉しいよ。で、いっくうの弟子になることに決めたの? それはよかった」


 相変わらず弁護士らしからぬ、茶髪にチャラい口調。

 チャラい弁護士、チャラ弁に決定。


「いいえ、まだ決めかねています」

 チャラ弁はきょとんと、子犬のような目で首を傾げた。

「決めかねているってことは、否定はしないんだね。つまり、弟子になることを迷っているってことかな?」

 紗紀はうっ、と言葉をつまらせる。


「言い方を間違え……」

 チャラ弁の手が待ったをかけるように伸ばされ、紗紀の言い訳を中断する。

「ねえ紗紀ちゃん、そんなに慎重にならなくても、もっと軽く考えればいいんじゃない? 人生気軽に楽しく生きなければ」

 いや、軽いのはあなただから。


「こうしたらどうだい? とりあえず働くだけ働く。仕事がきつかったり、思っていたことと違う仕事をやらされたり、人間関係がうまくいかなかったり、セクハラ、パワハラ、モラハラを受けたら、とっとと辞めればいい。自分の思うがまま、楽しく気楽に。ね?」


 軽っ!

 なんて軽い弁護士なの。っていうか、そんなこと言っていいの?

 気楽なのはあなたでは?


 本当に、こんな人が法廷で戦えるのかと疑問に思えてくる。

 弁護士の言う言葉とは思えず、呆気にとられる。

「そうそう、上司に何かされたら、特別に僕が相談にのってあげるよ」

 と、チャラ弁は人差し指を立て、ウインクを飛ばしてきた。


 ううっ……ムカつくが嫌味のないウインクだ。そして、さまになっているのがさらに悔しい。


「わ、私は自分が一空さんの弟子になるだけの力はないと思っているから」

 突如、チャラ弁に手を握りしめられる。

 突然すぎて逃げる暇もなかった。

「力がないなんて、自分で決めつけちゃだめなんだ!」

「はあ……?」

「いいかい? 諦めたらそこで終わり。チャレンジすることにこそ意味がある」


 いや、諦めるも何も、そもそも一空の弟子になることを希望していないし、チャレンジなんてしたくないし、そういうの望んでいないから。

 紗紀の心情などおかまいなしに、チャラ弁は続けて言う。

「それに、今までいっくうはたとえ頼まれても弟子なんてとらなかったんだよ。紗紀ちゃんが初めてなんだ。そう、君がいっくうの初めての人」


 言い方!


 だが、それは意外だったかも。

「それに、いっくうの弟子になったら、もれなく、霊的なことから紗紀ちゃんの身を守ってあげられる。霊能者になるってことはとりあえず置いておいて、そもそも紗紀ちゃんが霊能者としてやっていけるかどうかなんて分からないんだし、だから、難しく考えずに受けてみるといいんじゃない? 何かあったら僕が全力でサポートしてあげるよ!」

「でも、チャラ……」

 じゃなくて、えっと、なんて名前だっけ?

「ん?」

「そんなことを言って、あなた一空さんの友人じゃないですか」

 いいや、とチャラ弁は首を振る。


「どんな時でも、僕は正義の味方なのさー!」

 と、大袈裟に両手を広げた。

 紗紀は一空に向き直った。

「本当に私を怖いものから守ってくれますか?」

「僕の弟子になるのだから、それは当然だと思っているが」

「なら……自信はないですが、やってみようと思います……」

 一空は眉を上げた。


「本当はずっと怖かったんです。視たくないのに視えてしまうし、霊たちが何か訴えてきても、あたしには何もしてあげられないのにそれでも、寄ってくる。取り憑かれても自然と離れていくのを待つしかなかった。自分ではどうすることもできなくて」

 一空はゆっくりと立ち上がり、紗紀の頭に手を置いた。


「力の使い方や身を守る方法を覚えれば、今より楽になれるはずだ」

 頭に添えられた一空の手のひらから、温かさが伝わってくる気がした。すると、まるで堰を切ったように涙があふれた。

「もう大丈夫だよ」

 優しい言葉をかけられると、よけい涙が止まらなくなる。

「一空さん……」

 思わず、目の前にいる一空に抱きつきそうになったその時、店内に年配の夫婦とおぼしき二人が入ってきた。


「ねえ、このお店、前から気になって入ってみたいと思っていたの」

「ほう? 落ち着いた雰囲気の店だな」

「まあ! 素敵なシュバルミラーだわ。それにこれ1930年代のとても高価なものよ」

 夫は余計な口を挟まず、にこにこ顔で妻を見つめている。

「まさか、こんなところで出会えるなんて嬉しいわ。見てあなた、この素敵なたたずまい。美しい彫刻」

「お詳しいですね」

 泣いている紗紀を背に隠し、一空は夫婦の接客にあたった。


「ええ、年代物の家具を集めるのが趣味なのよ」

 うふふ、と口元に手を当て、夫人は笑う。

「お気に召しましたか?」

「ええ、気に入ったわ。ねえあなた、私この姿見が欲しいわ。買ってもいいかしら?」

「おまえが欲しいというなら、僕はかまわないよ。こういうことは出会いが大切だ」


 嬉しそうに笑う妻を見る夫の表情は、満足そうであった。

 浄化された姿見は、新たな持ち主と出会い渡っていく。

 ちなみに、姿見の価格は十万と消費税であった。




◇・◇・◇・◇




 そろそろ日付も変わろうとする時分。

 骨董屋『縁』には、まだ仄かな明かりがともされていた。

 店内では二人の男が酒を飲みながら会話をしている。

「今日僕、いい仕事したでしょう?」


 グラスの氷を揺らしながら、迅矢が無邪気な笑みを浮かべて言う。

 笑ってはいるが、紗紀が思っているような軽さはなく、それどころか、一癖も二癖もありそうな、さらに腹の底に一物を抱えているような表情であった。


「何がだ?」

「あの子を繋ぎ止めてあげただろ? 絶対に逃がさないと思ってね」

「ああ……ずいぶん強引だったな。僕は気長に待つつもりでいたが」

 迅矢は大袈裟に肩をすくめた。

「相変わらず悠長なことを言う。けど、僕が彼女を説得している時、いっくうは止めようとはしなかった。つまり、あの子は縁に引き寄せられ、ようやく出会えた〝運命の人〟あるいは〝因縁の相手〟なんだろ? いっくうにとって、必要かもしれない子。重要な相手」


「さあ、どうかな」

 はぐらかすように言い、一空はグラスの中の琥珀色の液体に視線を落とす。

「悠長にかまえてなんかいられない。先手先手を打っていかなければ」

「分かっている」

 もし、彼女がその相手なら、僕を生かすも殺すも彼女がすべてを握っている。


 もしくは、僕が生き残るためには──。


「運命の人でなければ適当な理由をつけてあしらえばいい。店から追い出せば」

「おまえなあ」

「ねえ、いっくう、この機会を逃すわけにはいかない。今度こそ決着をつけなければ、いっくうはまた死ぬことになる。それと忠告」

 真剣な瞳で迅矢は一空を見る。

「ミイラ取りがミイラにならないように」

 一空は肩をすくめた。

「まさか」

「ならいいが。念のため言っておく」

 迅矢の言葉に、一空は分かっていると答え、グラスの中の液体を一気に飲み干した。

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