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9 棲みついた生霊

 本当にひどい有様であった。

 恭子が家に来られるのを嫌がっていたのも納得だ。

 二人の様子を見た恭子は、不安そうな顔をする。


「ちょ、何? やっぱりこの部屋に何かいるのね」

「恭子……」

「ねえ、はっきり言って。何が視えるの!」

「汚い部屋」

 ぽつりと言う紗紀に同意して、一空も頷く。


「え?」

「何か変な臭いもするんだけど」

 臭いの元は、玄関に入ってすぐのキッチンからだ。

 見れば、シンクには汚れた食器が積み重なり、放置された生ゴミが悪臭をまき散らしている。


「だから言ったじゃん! いきなり家に来られても困るって」

 一方、一空が厳しい顔をしたのには、部屋の汚さの他に、もう一つ理由があった。

「やはりな。ここにいたか」

 と、上着のポケットから取り出した数珠を勢いよく横に払う。


「何したの?」

「恭子さんに男の霊が取り憑いていた。先程言った三十代、メガネをかけた小太りの男。霊は霊でも生霊だ。一人暮らしの恭子さんを狙い、あまつさえ、この部屋に上がり込んで自分の居場所、つまり〝根〟を張っていた。そうして、常に恭子さんを覗いていた」


「まさか。だって、さっきも言ったけれど、そんな人まったく心当たりがないし」

 恭子は顔を強ばらせ、知らないと首を振る。

 紗紀ははっとなる。

「そういえば恭子、彼氏と別れたって言ってたよね」

 その彼氏が、恭子にまだ未練があり、生霊となって憑いているとか。


「そんな年上で小太りな彼氏なんかいないわよ」

 それはおかしい、と一空は腕を組む。

「本当にその男から何か貰わなかったのか。部屋に招いたことは? 接触はなかったか?」

 一空の質問のすべてに、恭子はいいえ、と首を振る。


「知らない人から物を貰うなんてこともないし、もちろん、家に入れることも」

 一空はさらに難しい顔をする。

「最初のきっかけがなければ、他人の部屋に根を張ることはあり得ないのだが」

「分かった。前の住人じゃない? それか不動産の人とか。もしくは、このアパートに内見に来た人。その人たちなら部屋に上がれるわよね」


 紗紀の言葉に、ふうん、とあごに片手を当てた一空の目が、キッチンの脇に置かれていた段ボールの箱に止まった。

「なるほど。これか」

「この段ボールがどうかしたんですか?」

 それは先日、田舎の母から送られてきた荷物であった。

 中にはお米や缶詰や日持ちのする食料が入っている。


「それは実家からです。別に怪しいものは入っていないと思うけれど」

「いや、相手は宅配業者の人だ。その男は恭子さんが一人暮らしをしていることを知っている。ああ……」

 ここへ来る途中に見かけた、電柱の影にいたあの男か。

 恭子はあっ! と声を上げ、自分の手の甲をさする。


「この間、荷物を受け取った時に宅配の人に手の甲を撫でられたんです。すごく気持ち悪かった。まさか、あの宅配の人が? でも、毎回同じ人が荷物を届けに来るとは限らないですよね」

「担当エリアが決まっているだろう」

 それに、家にいる時間帯もいつも決まっているから、同じ宅配人がやって来る可能性は高い。


「そいつを家に入れたか?」

 恭子はううん、と否定する。

「入れるわけないです!」

「玄関にも?」

 最初は宅配の荷物を介して、この部屋にいる恭子を見ているだけであった。だが、それだけでは満足できず、そいつはもっと恭子に近づきたいと思った。

 そのためには、この部屋に一歩でも足を踏み入れること。

 自分の足跡を一つでも残せれば、この部屋に生霊を飛ばせる。


「玄関? いいえ……あ!」

 思い当たることがあったのか、恭子は手を叩いた。

「いつもは玄関先でのやりとりだけど、一度だけ、荷物が重いからって親切に中に置いてくれたんです。その時は姿見でした。まさか……そんな」


 今もこの部屋にその男の生霊がいるのかと思った恭子は、身を震わせた。

「気持ち悪い。そういえば眠っている時、嫌らしい手つきで足を撫でられた感触が。それから、耳に生温かい息をかけられたり……その男の生霊だったなんて」

「安心しろ。二度とこの部屋に近づくなと脅して片付けた。今後、恭子さんに意識を向けることは許さないと念を押して」

「片付けた?」

「いつの間にですか?」

 紗紀と恭子が同時に言う。


「ああ、そいつが飛ばしてきた生霊は、この部屋から即刻出て行ってもらった」

 部屋に入ってすぐ数珠を横に切った一空の行動が、まさにそれであった。

 一空は床を埋め尽くす数々の障害物を器用にすり抜け窓際に寄ると、一気にカーテンを開けた。


 電柱の影に立っていた男が、背を向け立ち去っていく姿が見えた。

 恭子自身に興味を抱いていたのか、若い女性の一人暮らしだからか、男はこの部屋に生霊を飛ばし、恭子を眺めていた。

 だが、もう彼女に邪な感情を抱くことはないだろう。


 さらに、一空は部屋を見渡す。

 浴室もトイレも、このベッドにも、まだ、男の生霊の残滓のような気配があちこちに感じられた。

 だがじきに、その気配もなくなる。

 感覚が鈍い人なら、男の気配を察知することはできない。

 恭子はほっと息をもらす。


「ありがとうございます! あの……伊月さんのことを疑ってごめんなさい。本物の霊能者さんだったんですね」

 素直に頭を下げて謝罪する恭子を、一空は冷えた目で見下ろした。

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