7 霊視開始
「本題に入る前に一つ気になることがある。ずっとうつむいていて相手の顔が分からないが、三十代くらいのメガネをかけた、小太りの男に心当たりはないか?」
恭子をじっと見ていたのは、霊視をしていたのだ。
後で一空から聞いた話ではあるが、霊視とは、対象者に集中することで、その人自身のことや、その人の背後に関係する人たちのあれこれが脳裏に映像として流れて視えていくという。
さらに、その膨大な映像の中から、依頼に必要となる情報をピックアップしていくのだと。
どれが必要な情報で、どうやって見分けるのかと聞いたら、勝手に選ばれていくと言っていた。
一空が言っていた三十代小太りメガネも、今回の恭子の恐怖体験に必要な情報なのか。
「三十代、メガネに小太りの男ねえ」
訝しむ顔で恭子はいいえ、と首を振る。
「そんな人、知りません。その人がどうしたんですか?」
「恭子さんに対して、異常なまでに執着心を抱いている」
「え、本当に知らないんですけど」
「そうか。ならとりあえずはいい。その男はそれほど脅威ではないから、後で片付けよう」
はあ……と、恭子は胡散臭げに返事をしつつも、目を細める。
「あたしが思うに、やっぱり事故物件だったんじゃないかって思うようになってきたわ」
しかし、一空は否と首を振る。
「ああ、別に恭子さんのアパートで事故が起きたとか、住民に何かしらの障りが表れるような曰くのある土地がらみ、というわけではないから安心するといい」
「安心していいと言われても、じゃあなんで血まみれの女があたしの部屋に現れるわけ。いるんでしょう? いるのよね? それとも、あたしがどこかから連れてきたとか?」
「いるといえばいるし、そうでないといえば違う。連れてきたというのは当たらずとも遠からず」
「ど、どっちですか! 遠回しに言うのはやめてください。とにかく、本物の霊能者だっていうなら、今すぐ除霊してください」
苛立ちを滲ませ、恭子は声を荒らげる。
一空は腕を組み半分まぶたを伏せた。
長いまつげが目の下に影を落とす。
紗紀は一空の美しい容貌から目を離せないでいた。
数分後。
一空はゆっくりと視線をあげ、口を開く。
「寝室に鏡があるね? ベッドとは反対、東側の壁近くに細長い形の鏡」
「姿見があります。てか、何で知ってるの!」
「ああ、今、恭子さんの部屋を霊視しているから」
恭子は半分腰を浮かせた。
「れ、霊視! 霊視って、霊がみえちゃうアレ?」
「そうじゃなくて、その人の過去とか前世とか身の回りに起きたこととか、そういうのが何でも視えちゃうんだって」
霊視を勘違いしている恭子に、紗紀は補足する。
「な、何でも? 何でも見えてしまうの!」
「何でもというわけではないが、視ようと思えばわりと何でも」
「え、ちょ、待って! あたし、ベッドの上に洗濯して片付けていない下着とか置きっぱなしなんだけど……だめ、見ないで!」
顔を真っ赤にしながら恭子は手を振る。
「興味ない」
「興味なくても、だめったらだめ! 七年も穿いてるくたびれたパンツなの!」
一空は言葉を失う。
「恭子……物持ちがいいんだね」
と、フォローにもならないことを呟き、紗紀は顔を引きつらせた。
あまりにも恭子が騒ぐので、一空は仕方がなく霊視を中断させた。
恭子は恥じ入るようにうつむく。
美貌の青年を前に、くたびれたパンツを見ないでなんて、恥ずかしすぎると思ったのだ。
やれやれといったように一空はため息をついた。
「手っ取り早く問題を解決させるには、やはり、実際に恭子さんの家に行って直接この目で確かめることだが」
「家? それはちょっと……」
恭子は言葉を濁し、ズズッとアイスティーをすすった。
「きちんと調べてもらうべきよ」
「あ、うん。でも、今度じゃだめかな?」
軽く頬づえをついた一空は、なぜか家に来ることをためらう恭子を見て一言。
「このままだと、死ぬよ」
と、低い声で呟く。
「ひっ! 死ぬって脅しですか?」
「脅しではない。恭子さんを心配して言った」
「ほらね。今すぐ視てもらったほうがいいって。一空さんだって忙しい人なんだから。もう二度と会ってくれないかもよ」
忙しいかどうかは知らないが、私が一空と会うのは今日限りにしたいからね。
「うう……紗紀がそういうなら。本当に家をみたら、霊は現れなくなるんですよね?」
否定も肯定もせず、一空はにっこりと微笑んだ。むしろ、その微笑みが紗紀にとっては怖かった。