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4 鏡から這い出てきた女

 祐一と過ごす筈だったその日の夜は、当然のことながら眠れず、恭子は何度も寝返りを打った。

 これまでいい感じに付き合ってきたと思っていた彼氏がおかしなことを言いだし、部屋から去っていった。

 それも、自分を蹴り飛ばして。


 恭子は鼻の頭を手で撫でた。

 祐一の肘が当たったところがまだ痛い。

 蹴られた顔面も。

 けれど、もっと痛いのは心であった。


 信じられない。

 あいつとは別れてやる。

 絶対に許さないから。

 そうよ、こちらから願い下げよ!


 まさかあんな酷い態度をとられるとは思いもよらず、悔しいやら情けないやら悲しいやらと、そんな思いがぐるぐると頭の中を巡り、どうしても眠れなかった。

 何度目かの寝返りを打とうとした時、ふいに足首にひやりと冷たい風を感じた。


 寒っ。


 掛け布団を引き寄せようと手を伸ばしたが、見当たらない。

 姿見にかけたことを思い出し、恭子は起き上がり、掛け布団を取ろうとする。しかし、その手が止まった。


『古いものには持ち主の念がこもるんだって』


 暎子の言葉を思い出したからだ。


 あんなことを言うから、余計気にするじゃない。


 恭子は再び布団にもぐり込む。

 肌寒かったが、掛け布団をとる気にはなれなかった。

 タオルケットを身体に巻き付け、くの字になる。

 それから数十分経ち、ようやく眠りかけようとした時、再び足元に冷たいものを感じ、目を開けた。


 何?


 まるで、誰かの手に足首を掴まれているような感覚を覚える。

 タオルケットにくるまったまま、恭子は身動きもできずに唇を震わせた。

 足首に触れるその感覚は、まるで指のようで、その指が足首からゆっくりと太腿に這い上がっていく。

 嫌らしい手つきだ。

 まるで身体を撫でるような動き。


 やだ、怖い! 何!


 明らかに自分以外の重みでベッドがギシリと音をたてて沈む。やがて、それは身体の上にのしかかってきた。


 見たくない、見てはいけない。


 そう思った恭子はきつく目を閉じる。

 耳元で生暖かい風を感じた。

 それは生温かく、息づかいのよう。


 やめて!


 叫ぼうとしたが声がでない。

 それどころか、身体が硬直したように動かない。


 もしかして、これが金縛りってやつ?


 そういえば、金縛りになった時はお経をあげると効果があると、オカルトマニアの暎子が言っていたことを思い出すものの、お経なんてあげたこともないから知らない。


 だから唱えようがない。

 とりあえず、唯一知っている〝ナムアミダブツ〟を心の中で、無我夢中で何度も繰り返す。


 ふっと、身体の緊張が解けたことに気づく。

 身体が動くようになったのだ。

 誰かが上に乗っていた感覚も消えた。

 起き上がり、恭子は視線を姿見に向け悲鳴を上げた。


 いつの間にか掛け布団が床に落ちていた。そして、鏡に映っていたもの。

 そこには、靄がかかったような黒い影が映り、次第に一人の女性、明らかに自分ではない別の姿が映し出された。

 その女性は鏡の中で苦しそうにもがいている。


 イタイ。

 タスケテ。


 実際に声が聞こえたわけではないから何を言っているのか分からない。けれど、たぶんそう言っているのだと思った。


 夢? 夢だよね。


「ひいっ!」

 恭子は再び鋭い悲鳴を上げる。

 信じられないことに、鏡の中で苦しそうにもがいていた女が、這いつくばるようにしてそこから抜け出てきたのだ。


 うそ……っ!


 テレビで見たホラー映画のまんまだよ!

 鏡から抜け出た女は、両手の力を使って這いずりながらベッドの方へと近づいてくる。

 ズルッ、ズルッ……と、音をたて、ゆっくりと。

 どす黒い血の跡が床へ伸びていく。


 来ないで。やめて! 来ないで!


 壁に背をあずけ、タオルケットを頭からかぶる。

 ギシリと音をたて、ベッドの縁が沈んだ。


 それがベッドに上がってきたのだ。


 ギシ。


 さらに、音が鳴る。

 すぐ側に女の気配と息づかいを感じた。

 心臓が破裂しそうなくらい音をたてている。

 恐怖で頭の中が混乱する。

 頭からかぶったタオルケットが引っ張られた。


 お願い、消えて……。


 泣きながら恭子は唇を震わせた。

 引っ張られたタオルケットが頭から落ちる。

 目の前に、血だらけの女が、じっと、表情のない顔でこちらを覗き込んでいた。

 恭子の口から悲鳴が迸り、そこで、意識を手放した。

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