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3 彼と過ごす夜だったのに

「家まで送ってくれてありがとう。今日は楽しかった」

 恭子はふと、辺りを見渡した。

 アパートの前についた途端、誰かに見られているような強い視線を感じたからだ。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

「そっか、じゃあ、また……」

 と言って去って行こうとする彼、祐一(ゆういち)の腕を咄嗟に恭子は掴んで引き止めた。


「恭子?」

「……部屋、寄ってく?」

 頬を赤く染め、恭子は視線を斜めにそらして小声で言う。

「い、いいの?」

 問い返す彼に恭子は小さく頷き、そして思いついたかのようにまくしたてて言う。

 家に上がってもらうのは、他にも理由があるのだというように。

「あのね、最近、誰かに見られているような気がして、一人で部屋に帰るのが怖いの」

「ストーカーか?」

「そんなんじゃないと思うけど。でも、祐一くんが側にいてくれたら、心強いかなって」

 彼女に頼りにされ、男として嫌な気持ちはしない。


「よし、分かった! だったら恭子には俺がいるってことを相手に知らしめてやらないとな。俺に任せろ!」

 祐一は鼻を膨らませ、握ったこぶしで自分の胸をとん、と叩く。

 頼もしい彼の姿に、恭子は胸のあたりで手を組み瞳を潤ませた。

「祐一くんって、本当に頼りになるね。男らしい」

 頼りになる、男らしいと褒められた祐一の顔は誇らしげだった。


「恭子のことは俺が守ってやる」

「ありがとう祐一くん」

 祐一の腕を引き、恭子は部屋へと導いた。

 彼がこの部屋に上がるのは今日が初めて。

「どうぞ」

「き、き、きれいな部屋だな。いかにも女の子の部屋って感じだ」

 心なしか祐一の声がうわずっている。


「そ、そうかな。普通だよ。引っ越してきたばかりだから」

 なんて、いつもなら、脱いだ服や靴下はそこらに放り投げ、洗濯物も山積み状態。

 それも洗ったものなのか、これから洗うものなのかもごちゃ混ぜ。

 メイク道具や小物もローテーブルの上に常に散らかしっぱなしであったが、彼が部屋に来るかもしれないという状況を想定して、昨日必死で片付けたのだ。


 片付けといっても、すべてクローゼットに押し込んだだけだが。

 もしクローゼットを開けられたら、アウトだ。

「てきとうに座って。コーヒーいれるね」

「お、おお!」

 祐一はぎこちない動作で奥の洋室へと足を踏み入れる。ベッドに腰をかけようとして思いとどまり、ローテーブルの前に正座した。

 緊張しているせいか、両手はきちんと膝の上だ。

 そんな祐一の様子を見つめていた恭子は、深呼吸をする。


 勢いで部屋に誘ってしまったけれど、どうしよう。

 緊張する。


 胸をどきどきさせ、恭子はコーヒーをいれるために湯を沸かした。

 祐一も緊張しているのか無言であった。しばし、二人の間に沈黙が落ちる。


 最初に口を開いたのは恭子だった。とにかく、何でもいいから会話をしないと落ち着かないと思ったから。

「き、今日の夕飯、おいしかったね。特にエビのアヒージョが絶品だった」

「そ、そうだな」

「エビがすっごく大きかったね」

「た、確かに大きかった」

「また食べたいかも」

「お、おう! また行こうぜ」

 会話というには拙いやりとりが続き、ようやく湯が沸いた。


 彼、今日泊まっていくかな、などとあれこれ思いを巡らせながら、カップを手に、奥の部屋に行こうとした恭子の身体に、突然ぶつかるようにして、祐一が意味不明な悲鳴を上げ転がり出てきた。

 カップからコーヒーがこぼれる。


「はひっ! ひーっ! 見えた……ひっ!」

 祐一は目を見開き、その場に尻もちをつく。

「どうしたの、祐一くん!」

「ヤベえよ。この部屋ヤベえって! か、か、か、鏡……」

 震える手で祐一は姿見を指さす。

「あの鏡に血まみれの女が映ってたんだよ! この部屋、呪われてんじゃねえのか!」

「え?」

「俺、帰るっ!」

 四つん這いになり、祐一は玄関へと這っていく。


「行かないで!」

 カップを置き、出て行こうとする祐一のシャツの裾を掴んで引き止めるが、激しく振り払われ、恭子はその場に倒れる。

「痛っ!」

 振り返った反動で、祐一の肘が恭子の鼻を強く打つ。

「待って!」

 鼻を片手で押さえながら、もう片方の手で逃げていく祐一の足首を掴む。

「は、離せよっ!」

「行かないで! 怖いから一人にしないで」

 逃げようとする祐一の足がさらに恭子の顔面を蹴る。それでも手を離そうとしない恭子の頭を足で乱暴に退ける。

 これが、恭子を守ってやると言った男の態度か。


「ムリムリっ。俺、ムリだから! 怖いの苦手なんだよ!」

 無理を連呼して、逃げ出すように祐一は部屋から出て行った。

「祐一くん……」

 勢いよく閉まる玄関の扉を見つめていた恭子の鼻から、たらりと鼻血が流れる。

 ふと、振り返り奥の部屋を見る。そして、足を踏み入れ、血まみれの女が映っていたと祐一が言っていた鏡に恐る恐る近寄る。


 ――っォォ……。


「ひっ!」

 どこからともなく聞こえてきた不気味な声を耳にし、恭子は身体を震わせた。

 怖くなってベッドの上の掛け布団を引っつかみ、姿見を覆うように被せた。

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