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2 あるいは事故物件

 その日の夜、ギシギシと家鳴りの音に気づき、恭子は目を覚ました。

 目を開けるとその音は聞こえなくなるのだが、再び眠りに落ちかけようとすると、床を踏みしめるような音が鳴り、目を覚ます。

 隣の人がまだ起きているのか。


 静かにしてよ。

 眠れないじゃない。


 掛け布団を頭までかぶり、壁に向かって寝返りをうつ恭子の目には、その姿を確認することはなかった。

 アパートの前の道路を一台の車が通り過ぎていく。

 一瞬だけ照らされた車のライト。

 その青白い灯りが姿見に反射する。

 鏡に白い服を着て立ち尽くす女性の姿を。




◇・◇・◇・◇




「どうしたの? なんか最近顔色が悪そうだけど。講義中もウトウトしていたし」

 友人の暎子と、もう一人、村山恭子と学食で昼食をとっていた紗紀は首を傾げた。

 目の前に座る恭子の顔が青ざめていることが気になって、訊ねてみる。

「うん……最近変なんだよね」

 紗紀と暎子は顔を見合わせた。


「変というのは?」

「それが、夜中におかしな物音がしたり、人の気配を感じたりで気になって眠れなくて。それに、部屋にいても落ち着かないっていうか、誰かに見られているような感じがして。せっかく憧れの一人暮らしを手に入れたのに」

 はあー、と恭子はため息をつく。


 つい先日、紗紀も恭子と似たような経験をしたばかりだ。

 人ごとのようには思えない。それに、今の恭子の状態もその時の自分とそっくりだからなおさらだ。

「いつからなの?」

「いつからだろう……二週間前くらいかな」

「何か悩みとかあったりする?」

「悩み? そうねえ、悩みといった悩みがないのが悩みかな。新しくできた彼ともすっごくうまくいってるし」

「じゃあ、気になることとかは?」

「気になること? そうねえ、ついこの間一人暮らしをするために引っ越ししたんだけど」


 ランチのジェノベーゼパスタをフォークに巻き付けながら、暎子はニタリと笑う。

「もしかして、そこが事故物件だった。賃貸情報の備考欄に〝心理的瑕疵有り注意〟とか記載されてなかった?」

 暎子の好きそうな話題に突入していく。

「しんりてきかし? 何それ」

 一方、聞き慣れない言葉に恭子は首を傾げる。


「物件自体に問題はないけど、心理的に抵抗を感じるという意味。過去に自殺、他殺、事故死、孤独死、事件、火災などがあったってこと」

 事故物件について語る暎子の目が、生き生きと輝きを増す。

「それはないと思う。不動産にも確認して、大丈夫だって言ってたし」

「不動産の言うことなんて、当てにならないよ。例えば、事故物件の部屋を一度関係者に住まわせてからまた貸すの。部屋を借りる最初の一人目には告知しなければいけないけれど、二度目は告知の義務はなくなるから」

 何がなんでも、恭子の部屋を事故物件に仕立て上げたいらしい。


「ちゃんと調べた。こういうサイトがあるんだよ」

 と、パスタを口に放り込み、暎子はスマホを操作する。

「ほら!」

 と言って見せてきたのは、地図にドクロマークが無数に散らばるサイトであった。

「小嶋光子の事故物件情報サイト。これで、どこが事故物件か調べられるって」

「へえ」

 と、半ば感心しながら紗紀と恭子は、目の前に突き出されたスマホの画面を覗き込む。


「さすが心霊好きだけあって、暎子は詳しいね」

 サイトを見る限り、恭子の住むアパートは問題ない。

「ねえ、見てよこれ〝レジェンド級の事故物件〟だって。なんかそのアパートに住む女性が次々とストーカー被害にあって惨殺されたって、こっわー」

 見て、と暎子にその事故物件を見せられ、とりあえず見る。


 レジェンド級の事故物件って……。


「他に何か気になることは?」

 興奮する暎子を放置し、紗紀はもう一度恭子に訊ねる。しかし、恭子は分からない、と首を振るだけであった。

「彼氏とうまくいってる恭子に何の悩みがあるわけ? 羨ましすぎる」

「だったら暎子もさあ、心霊とかオカルトばかりに夢中になっていないで、彼氏を作りなよ。そんなんじゃ、いつまでたっても男なんてできないよ。紗紀も」

「私!」

 いきなり自分に話を振られ紗紀は驚いた声を上げる。同時に、紗紀の脳裏になぜか、ちらりと一空の姿が過ぎっていった。


 何で伊月さんのことを思い出すのよ!

 あの人だけは絶対にないから。


「ふん! 呪ってやる。あ、そうだ。ねえ恭子、彼氏といえば、デートに行くとき身だしなみをチェックする鏡がなくて不便だとかいって姿見を買わなかった? この間一緒に帰ったときに、古くさい店に入って選んでたじゃない?」

「うん。家にあるけど」

 暎子はスマホをテーブルに置き、またしてもニヤリと笑う。


「もしかしたら、その鏡が原因じゃないの?」

「まさか」

 と、恭子は否定する。

「それがね。あながち、冗談ともいえないんだよね。そういう古い物には以前の持ち主の念がこもるっていうし、実はいわく付きの鏡だったんじゃない? 特に鏡は霊的要素が強く影響するらしいよ。あと指輪も要注意」

 それを聞いた紗紀は苦い顔をする。


 指輪といえば、一空の店で指輪を手にした途端、恐ろしい声が聞こえて具合が悪くなり倒れた。

 恭子はやれやれと肩をすくめた。

「また暎子の心霊好きが始まった。事故物件とか、鏡のせいとか、とにかく何でもかんでも霊の仕業にしたいんでしょう? だいたい、あたしは霊感なんてないし、幽霊も見たことないから。そういう暎子こそ、幽霊見たことあるの?」

「うっ!」


 大の心霊好きで霊の存在も信じるが、実際に自分でそういうものを視るのは否定的な暎子は声を詰まらせる。

「でしょう? 霊とかそんなのあたしは信じないから。あたしそろそろ行くね。明日の彼とデートに着ていく服を買いたいんだ」

 じゃあね、と言って立ち上がり恭子はこの場から立ち去って行く。


 恭子に散々言われて落ち込んでいるかと思いきや、暎子は意外にも懲りている様子はない。

「霊なんて信じないって言う人に限って、心霊体験をしちゃう人が多いんだって」

 暎子はくつくつと肩を震わせながら笑った。

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