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1 念願の一人暮らし

 姿見の前で持っている服をあて、何度も着ては脱ぐを繰り返しながら、デートに着ていく服を選んでいた。

「やっぱり、こっちの白い花柄のワンピの方がいいかな。でも、これだと気合い入れすぎのような。だったら、デニムのパンツ? いやいや、確かレストランを予約してくれたって言ってたから、いくら何でもラフすぎるか。普通に紺のスカートにブラウス。ちょっと堅苦しいかな。うーん、何着ていけばいいのかしら、どうしよう悩むわ」

 うー、と唸って頭を抱えたその時、玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」

 玄関まで行き、ドアスコープから外を覗くと、扉の前で宅配業者の男がうつむき加減で立っていた。

 そういえば、実家の母が野菜やお米、缶詰など、いろいろ食料を送ったと連絡があったことを思い出す。

 ありがたいことだ。

「いま、開けまーす!」





◇・◇・◇・◇





 大学に入り、念願の一人暮らしを手に入れた村山恭子(むらやまきょうこ)は、学生生活を思う存分満喫していた。

 恭子の借りたアパートは、通っている大学から歩いて十五分、1DKと部屋は狭いが、憧れのロフトもあり大満足している。


 以前は実家から一時間半かけて大学に通っていた。

 前から一人暮らしをしてみたいと思っていたのに、なかなか両親に許可を得られず、とにかく勉強に専念したいから通学時間を短縮したいと何度も交渉し、ようやく納得してくれた。


 講義開始ギリギリまで寝ていられるのは嬉しいし、何よりうるさい親がいないのは最高だ。

 そして、これが重要。

 実家にいた時には叶わなかった、彼氏を部屋に呼べる。


「今日はこの服にしようかな」

 浮かれた声で、恭子は浴室の鏡の前で何度も服を取り替えては、デートに着ていくものを選んでいる。

 散々迷った結果、ワンピースに水色のカーディガンに決めた。

 テッパンだが頑張りすぎず、けれどラフすぎないコーディネート。


 これなら、どこに行ったとしてもおかしくはないだろう。それに、女性っぽさもアピールできて、清潔感もある。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

「お荷物のお届けです」

 ドアスコープから確認すると、扉の前に荷物を抱えた宅配業者が下を向いた状態で立っていた。


 恭子は扉を開ける。

 宅配業者は受領書を差し出してきた。

「ここに、サインか印鑑をお願いします」


 指示されるまま紙にサインをし、恭子は荷物を受け取る。

 受け取った瞬間、さらっと手の甲を撫でられたような気がして眉根を寄せる。

 そういえば、この間も注文した品物が届き、荷物を受け取った瞬間手を撫でられたような気がした。


 いやいや、そんなのは単なる気のせいだろう。

 そう、気のせい。思い過ごし。

 それに、この間の宅配業者と、目の前にいるこの人が同じ人物かどうかなんて分からない。


「あ、でもこの荷物けっこう重いので玄関まで運びますよ」

「え? いいんですか。すみません。じゃあ、そこにお願いしまーす」

 宅配業者は、恭子からまた荷物を受け取ると、抱え直し玄関先まで運んでくれた。荷物を置き、男はずり落ちたメガネを指で持ち上げる。

「ありがとうございます」


 なんだ、親切な人だったじゃない。


 部屋に戻り、早速荷物を解く。

 荷物の中身は姿見だった。

 バイト近くの中古品を販売する店で見つけ、買い求めたものだ。


 鏡の木枠の縁にお洒落な模様が彫り込まれていて、中世ヨーロッパ風のアンティークな雰囲気が気に入り一目惚れをしたのだ。

 少々値段はしたが、後悔はしていない。

 この姿見と出会えたのは、運命だとさえ思った。

 そのくらい気に入ったのだ。


 恭子は床に散乱している物を足で避けながら、姿見を部屋の隅に置き、出かける前に自分の姿を最終確認する。

「うん、よし! やっぱり全身確認できるのは便利ね。って、もうこんな時間、急がないと遅れちゃう!」

 時計を見た恭子は、床に散らばった衣服の山を手でかき分け、そこに埋もれているバッグを引っつかむ。


 芋づる式に脱ぎ捨てた靴下や下着がバッグに引っかかって掘り出されてきた。それらを乱暴にむしり取り、家を飛び出した。

 その時、鏡にすうっと人影のようなものが過ぎっていったのは、出かける恭子の姿か。

 あるいは──。

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