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17 霊視とは?

 固唾を飲んで一空の行動を見守っていると、彼は上着のポケットから巾着袋を取り出した。

 袋を開くと中から長い数珠が現れる。

 それを右手の中指にかけ、一つねじって左手の中指にもかける。その数珠を挟むようにして一空は手を合わせた。


 一呼吸おき、一空は経をあげ始めた。

 つられて紗紀も手を合わせ、目を閉じる。

 一空が唱える経は、般若心経の出だししか知らない紗紀にとって理解できないものであったが、それでも声の響きが耳に心地よいと感じた。

 低すぎず高すぎない、透き通るような声。


 いつまでも聞いていたいと思える響き。

 息づかいさえも感じさせない滑らかさ。

 目を閉じているせいか、五感が研ぎ澄まされるようであった。

 頬にあたる爽やかな風。その風が髪の毛をそよがせ頬をくすぐった。

 木々を揺らす枝葉の音と、枝から鳥たちが飛び立つ羽ばたき。


 とても落ち着く。

 まるで心が洗われていくよう。

 どのくらい唱えていただろうか。

 ふわりと、優しい花の香がかすめていったのを感じ、紗紀はまぶたを開いた。


 墓石の横に一人の女性が立っている。

 梅の花柄の着物に、長い髪を背にたらした二十歳前後の女性。

「楓さん?」

 紗紀の呼びかけに、女性は静かにお辞儀をした。

 彼女の髪には、白い簪が飾られている。


「伊月さん、楓さんがいます。ここに楓さんが立っています」

 驚いた声を上げる紗紀に、一空は経を中断する。

「そんなに大声を出さなくても分かっている」

「楓さんが視えるんですね」

「いや、視えないが気配は感じる」


 一空は霊能者でありながら、霊を視ることはできない。

 何かがそこにいるという気配は感じ取ることはできるらしいが、その気配はぼんやりと影のようなものにしか視えなくて、霊視をすることによって、姿が脳裏に映像として浮かぶらしい。

 これは後から一空から聞いた話だが、視えないのに頭に浮かぶ感覚が理解できないと尋ねたら、こう説明してくれた。


「たとえばだ」

「たとえば?」

 興味津々というように、紗紀は身を乗り出し一空の話に耳を傾ける。

「目の前に焼き肉がなくても、焼き肉がどういうものかは想像がつく」

「はあ……まあ、そうですね」

 紗紀は首を傾げる。


 なぜ、たとえ話が焼き肉なのか謎だが、とりあえず話の腰を折らず、真剣に耳を傾ける。

「その焼き肉の、肉の種類が何であるか野菜も添えられているのか。そういったものまで想像できても、肉の質までは分からない。そういうことだ」


「えっと、ごめんなさい。私には難しくて」

 控えめに難しいと言ったが、本音はさっぱり意味不明であった。

 紗紀は困ったように人差し指で頬の辺りを掻く。

 そういうことだ、と言われても、余計分からない。


「どうして、たとえが焼き肉な……っ!」

「理解したようだな」

「違います!」

 一空がなぜ、ここで焼き肉の話を持ち出したのかを悟り、紗紀は口元を両手で押さえた。


「もしかして私のこと霊視しました?」

「いや、視ていないが」

「嘘。昨日友人と焼き肉食べに行ったの視たんですね!」

「だから視ていないと言っている」

「じゃあなぜ」

「上着ににおいがついている。おそらく焼き肉か、お好み焼きでも食べたのだろうと思って言ってみただけ」

 と、いうように、よく分からない説明をされたのだ。


 今思えば、あれはからかわれたのか?

 まあ、ようは霊が形として具体的に視えるわけではないが、それらの様子が脳に浮かぶという。

 視えなくても、引っ張りだこの人気霊能者としてやっているのだから凄い。


 一空は楓に視線をやった。

「簪を返して欲しいと彼女に訴えていたのだろう?」

 楓は申し訳なさそうに目を伏せた。

 紗紀の元に現れたのは、願いを聞いて欲しかったため。決して脅かすつもりはなかったのだと。


「楓さん、私、昔お祖母ちゃん……ええと楓さんの娘であるトキおばあちゃんから聞きました。私がまだ赤ん坊だった頃、泣いてむずかっていた私を抱っこしてあやしてくれたって。私は赤ん坊だったから何も覚えていないけれど、楓さんは私のことを覚えていますか?」

 紗紀の言葉に楓は微笑んだ。


 きれいな人。

 好きな人と結ばれることができず、どれだけ悲しかっただろう。

 この簪が、どうして自分の元にあるのかいまだに謎だけれど、きっと、それは偶然ではなく、運命……いいえ、伊月さんが言う縁だったに違いない。

 だって、そのおかげで曾祖母に会えた。普通に考えたら、こんなことはあり得ない話なのだから。

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