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10 なんでも霊のせいにするな

「この簪の持ち主であろうその女性の霊を憐れんだのだ」


 そんなばかな!

 呪われて殺されそうになる私よりも、呪い殺そうとする悪霊のほうに同情するなんて。


 ぽかんとする紗紀の前で、一空はやれやれとため息をつく。

「まったく。そうやって、すべて霊のせいにする奴がいるから困ったものだ」

「でも、女の霊が現れて」

「その女は、願いを聞いてもらおうと現れただけ」

「願い? 呪いではなくて?」

 紗紀は首を傾げる。


「自分の姿が視える人が側にいる。もしかしたら今生に残した未練を聞いてもらえるかもしれない。そう思い、姿を現したというのに、その相手は願いを聞いてくれるどころか、悪霊扱いされ、さらに無慈悲なことに大切なもの、すなわち、この簪を売り飛ばそうとしている。ひどいものだな」

 口調は丁寧だが、棘のある言い方だ。

 きれいな顔をしてこの人、しれっときついことを言うのね。


「後ろを振り返ってみろ」

 命令口調にムッとしたが、言われるまま後ろを振り返る。

「ひっ!」

 紗紀は悲鳴を上げた。

 すぐ後ろに、着物を着た女性がたたずんでいたからだ。


 ほっそりとした身体に、背中に流れる黒髪。白く透き通る肌。

 上品な雰囲気の、きれいな人だ。

「静森さんが女の霊が視えることに悩んでいると僕が言い当てたのは、静森さんの後ろにずっと彼女がいたからだ」

「私の後ろにこの女性がいた。ずっと……」

 そう、と一空は頷く。


「静森さんを悩ませていた女は、彼女に間違いないな?」

「はい。この人です……幽霊? 昼間なのにどうして現れたんですか!」

「霊が現れるのに昼も夜も関係ない。彼女のこと、まだ恐ろしいと思うか?」

 真夜中に現れ、部屋の隅に立ち尽くし、こちらを見下ろしていた時は恐ろしく感じたが、今は怖くない。

 嫌な感じもしない。

 それどころか、どこか懐かしいような気がした。

 悲しそうな彼女の顔を見ると、胸が痛くて切なくなる。


「この女性、簪と深く関係しているようだが、同時に静森さんに寄り添っているようでもあるな」

「寄り添う? 憑かれているってことですか?」

「悪い言葉で言うと、そうだ」

「わ、私、取り憑かれて死ぬんですか!」

 紗紀は泣きそうな目で一空にすがる。


「死にはしないが、この女の望みが叶わない限り、静森さんから離れていくことはないだろう。ちなみに知っているか? 長い間成仏できず今生にとどまる霊はいずれ悪霊になることを」

 紗紀の顔が青ざめた。


 それはつまり、この霊が悪霊になったら、いずれ自分の身に災難が降りかかるかもしれないということ。

 ならば、悪霊になる前にどうにか成仏してもらわなければ困る。


 でも、どうやって?


「この人の姿、伊月さんにも視えるんですよね?」

「いや、僕は目が利く方ではない。だから、霊はほとんど視えない」


 はい?


「え? 霊能者ですよね。それも超有名な。テレビにも出演しているし。霊能者っていうのは、霊を視たり除霊したり、祓ったり拝んだり、おふだを投げたりするんですよね」

「一般的にはそう思われているようだな。ふだは投げたことはないが」

「伊月さんは、この女の人が私の後ろに立っていることに気づいたんですよね? それって視えたからじゃないんですか?」

「感じただけで、視えたわけではない」

「……わけが分からない」

「彼女は静森さんに救いを求めていた。けれど、静森さんは訴えかけてくる彼女の思いを無視してきた」


 一空は上着のポケットから数珠を取り出す。

 よくテレビで霊能者とかイタコとかが手にする長い数珠だ。

 一般の人が葬儀で手にする数珠とは違う。

 紗紀はごくりと唾を飲み込む。

 数珠を手に、一空はその女性に向かって話しかけた。


「心残りがあるのですね」

「霊が視えなくても、会話はできるの?」

 しかし、紗紀の疑問に一空は答えない。

「この世に残したあなたの未練を、僕に聞かせてくれますか? もしかしたら、力になれるかもしれません」


 霊に対しては敬語なのね、と思ったがそのことを口にするのはやめた。

 しばし、一空は無言だったが、ようやく数珠を持つ手をおろした。

「静森さん、この女性のことを知りたいと思わないか?」

「もちろんです。やっぱり簪と関係があるんですね?」

「それを確かめる。今度の週末予定は?」

「特にないです」

 即座に答える紗紀に、一空はふっと鼻で嗤った。


「何ですか、今の笑いは」

「いや、別に」

「別にって感じでじゃなかったですよね」

「せっかくの休日に一緒に出かける相手もいないのかと思ってね」

 つまり、彼氏の一人もいないのか、と言いたいのだ。


 人に予定を訊ねておきながら失礼な人!

 余計なお世話だ。


「まあ気にするな。それよりも、土日を使って静森さんの田舎に行く。母方の田舎だ」

「田舎? 母の田舎は長野ですけれど、遠いですよ」

「車は出す」

「いえ、そうではなくて」

「女の正体を知りたいのだろう? 簪のことも」

「それはそうですけど……日帰りですか?」

「日帰りは無理だ」

「じ、じゃあ、泊まり、ですか!」

 思わず声が裏返ってしまった。


 恥ずかしながら、いまだかつて男性と二人っきりでお泊まりに行ったことなどないのだ。

 いや、それ以前、彼氏と呼べる人さえいなかった。

「ちょっと待ってください。いろいろ(心の)準備が……」

「準備なら僕の方でしておく」

 だから、そうじゃなくて!


「ただ静森さんの田舎、祖父母の家に案内してくれればいい」

「祖父母の家?」

「墓参りをする」

「お墓参り?」

「そう。田舎に行き墓参りをする。何をしに行くと思った?」

「いえ……」

 紗紀は恥ずかしさに顔を真っ赤にした。


 そういうことで、突然決定した田舎行き。

 よもや、ここまで話が大きくなっていくとは思いもしなかった。

「じゃあ、私の家族に次々と起こる災難も、解決できますか?」

「家族? この件について、静森さんの家族はまるで無関係だが」

「え、でも……立て続けに不運な出来事が……」

「だから、何でも霊のせいにするなとさっきも言ったが」

 と、冷たい言葉で一蹴され、紗紀は肩を落とすも、それ以上のことは一空に問い詰めることはできなかった。


 とにかく今は、あの女の霊の正体を突き止めることに専念しようと。しかし、その前に大事なことを忘れていた。

 とてもとても、重要なことだ。




 私、超有名霊能者に依頼するお金なんて持ってない!

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