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ruth story  作者: Cy


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8-7「ぎこちなくて、愛おしくて」


白砂が無数の宝石のように陽光を乱反射させる浜辺で、軽やかな弦の音色と、大地の鼓動を思わせる太鼓のリズムが響き渡っていた。

王宮の舞踏会で流れるような、堅苦しく洗練されたワルツではない。寄せては返す波のように、風に揺れる椰子の葉のように、魂の赴くまま身体を委ねる自由な調べ。

ステップに決まりなど存在しない。不揃いな足音さえもが、生きている喜びを奏でる音楽の一部となり、互いの存在を愛おしく感じさせる命の律動だった。


歓喜に沸く人々の輪の中で、ロイとナナミは向かい合っていた。

強張った指先を絡ませ、繋いだ手。触れ合う皮膚から伝わる微かな熱が、導火線に火がついたように、ロイの心臓を早鐘のように打ち鳴らす。


踊りの最中、ロイは視界の端で、ナナミの口元が例の不器用な形に引き結ばれていることに気がついた。


「……」


彼女なりに懸命に口角を上げようと努力している、ぎこちない笑み。

事情を知らない者が見れば奇妙な表情と映るかもしれないが、ロイにとっては、どんな宝石よりも輝いて見える至上の笑顔である。

胸の奥が甘く締め付けられ、居ても立ってもいられなくなったロイは、踊りの回転に合わせて、ぐいっと彼女の華奢な身体を引き寄せた。


「ち、近いわ。ロイ。なんだか不健全よ」

「ナナミはなんで笑ってるんだ?楽しいか?」


吐息がかかるほどの距離で覗き込むと、ナナミは眉間にしわを寄せ、真面目くさった顔で答えた。


「いいえ、まだ踊りを踊って楽しいという感情の定義については検討中よ。けれど、踊りの基本は笑顔だと以前読んだ文献に記述があったから実践しているの」


彼女らしい大真面目な回答に、ロイは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

これほどまでに不器用で、どこまでも愚直なまでに一生懸命なところが、どうしようもなく愛おしい。

もっと見ていたい。もっと触れていたい。

体温を、今のひとときを、永遠に閉じ込めてしまいたい。

溢れ出しそうな想いを指先に込めるように、繋いだ指と指を、祈りを捧げるように深く、強く絡め合わせた。


「ロイ、待って……!足、合わなくて……あっ!」


ナナミが慌てて足元へ視線を落とした刹那、またしてもタイミングがずれ、ロイのつま先を“ぐいっ”と踏んでしまう。

「あ」と小さく声を上げ、青ざめるナナミ。

周囲の島民たちの流れるような動きを目で追いながら、なんとか自分も合わせようと必死になるあまり、焦りが空回りを生んでしまうのだ。


「ははっ!完璧超人だと思ってたナナミにも、笑顔と水泳以外に苦手なものがあったんだな!」


ロイは痛がる素振りも見せず、むしろ失敗さえも極上のスパイスであるかのように、声を上げて快活に笑い飛ばした。


「ご、ごめん……!」

「いいって。俺は別に、ダンスの品評会に来てるわけじゃないよ。ナナミも楽しんでくれた方が、俺は百倍嬉しいから」


飾ることのない、春の日差しのような優しい言葉に、ナナミの胸の奥にぽっと温かい灯がともる。

強張っていた肩から力が抜け、ぎこちなかった動きに、少しずつ自然な弾みが宿り始めた。

二人の呼吸が重なり、鼓動がシンクロし、息の合ったターンが決まる。純白のスカートが花びらのようにふわりと広がり、成功するたびに二人から、鈴を転がしたような楽しそうな笑い声がこぼれた。


甘い香りを運ぶ風に乗って、白いフィオナの花びらが雪のように舞い散り、視界の中で世界が鮮やかにくるくると回る。

祭りの喧騒も、打ち寄せる波音も、すべてが遠い彼方へ溶けていく。

今、お互いの瞳に映っているのは、お互いの笑顔だけ。

指先で触れ合う確かな熱だけが、世界の唯一の真実だった。


どうか、幸せなひとときが永遠に続きますように。

もしも女神様がいるのなら、あと少し、あと数秒だけでいいから、魔法のような奇跡の時間から揺り起こさないで。

二人は言葉にこそしなかったが、同じ切なる祈りを瞳に宿していた。

今、広大なアストリアにたった二人しかいないようだった。


***


踊り疲れた二人は、喧騒から少し離れた、大きなガジュマルの木陰に並んで座り込んだ。

心地よい疲労感に包まれ、ロイは息を弾ませながらも、どこか誇らしげに立ち上がる。


「ここで待っていてくれ。なんか飲み物取ってくる」


数分後、ロイが大きなヤシの実を両手で大事そうに抱えて戻ってきた。殻の中には溢れんばかりの冷えた果汁が入っている。


「ほら。気をつけて。こぼすなよ?」

「ありがとう、ロイ」


差し出されたヤシの実のジュースを受け取ると、ナナミはふわりと、先ほど練習した不器用な表情とは違う、花が綻ぶような柔らかく自然な笑みを浮かべた。

傍から見れば愛らしい笑顔だが、ロイにとっては心臓を射抜かれるに等しい、破壊的な一撃だった。

あまりに無防備な笑顔に見惚れ、危うく自分の分のジュースを取り落としそうになる。


青々と晴れ上がっていた昼の空も、徐々に蜂蜜のような金色へと傾き、海は夕焼けを映して、ゆっくりと燃えるような茜色に染まり始めていた。


二人で背の高いハイビスカスの生垣の前に座り、言葉を交わす必要さえ感じない静寂の中で冷たいジュースを喉に流し込んでいると、すぐそば、生垣の向こう側から、空気を震わせるほどに張り詰めた声が響いた。


「アルバ……!今日こそ、オレの気持ちを受け止めて欲しい」


(あ、カイエンだ……!ま、まさか……)


ストローを咥えたまま、ロイとナナミが驚いて顔を見合わせる。

島へ上陸した時に耳にした、一世一代の大勝負。

アルバへの16回目の告白が、今まさにハイビスカスの壁を隔てた先でなされようとしているのだ。

聞いてはいけない秘め事だろうとは思うものの、今動けば衣擦れの音さえ響いてしまう。

仕方なく木陰からそっと様子を覗くと、カイエンがアルバの前で胸に手を当て、仁王立ちしていた。

片手には夕陽を受けて鮮やかに輝く薄紅色のリゼルナの花。

物語の中の騎士のように、いささか過剰にキザなポーズでアルバへ向き直っている。

見ているこちらが恥ずかしさで身悶えしそうなほどの陶酔ぶりだ。


「どうか、オレと結婚を前提にお付き合いしてくださぁぁい!!」


以前クロエで練習したような、詩的でまどろっこしい美辞麗句ではなかった。

ただただ真っ直ぐで飾り気のない、魂の叫びそのもののような告白だった。


刹那。

周囲の大気がざわりと震え、精霊たちが歓喜の歌を歌うように舞い上がる。

木漏れ日が揺れ、金色の光の粒子がダイヤモンドダストのようにきらきらと降り注いだ。


ポン、ポン、と軽やかな音を立てるように。

今まで緑一色だった足元の草地に、薄紅のリゼルナの花が次々と蕾を開き、咲き乱れていく。

恋する想いが奇跡を呼ぶという島の伝説は、真実だったのだ。

眼前に広がる奇跡に、ロイが目を丸くしていると、花園の中心に立つアルバが困ったように、けれども隠しきれない愛おしさを滲ませて頬をかいた。


「……うん。わかったよ、カイエン」


「そっか……そう…か……えっ!えぇぇぇぇっ!?!?」


既に来年はどう言葉を変えて伝えようか、断られる前提で迷路に入り込んでいたカイエンは、予想だにしなかった返答に、驚きと爆発するような嬉しさで砂を蹴って飛び上がった。


「ゆ、夢じゃないよな!?」と自身の頬を思い切りつねり、「い、痛い!涙が出るほど痛いから夢じゃない!」と叫んでさらに高く飛び跳ね、着地で足を滑らせ、勢いよく背後の大木に激突した。


ドゴォン!!


大地を揺らすような音とともに、木の実がバラバラと、隠れていたロイたちの頭上に降り注ぐ。

カイエンは頭を強打し、白目を剥いて目を回しながらも、世界で一番幸せそうな顔で綺麗に気絶した。


「……見ていたね」


アルバの静かな視線が、ぴたりと二人が息を潜めている木陰に向けられた。

ロイは「なんで気配だけでわかるんだ」と言いたげな顔で石化し、ナナミは瞬時に状況を判断してそそくさと踵を返した。


「……私は何も見ていないわ」


言い残すと、彼女は風のごとき素早さで去っていった。


「あ!ちょ、ナナミ待てって!」


取り残されたロイに、アルバがやれやれと肩をすくめてみせる。

彼女は目を回しているカイエンの元へ歩み寄ると、「あちゃー」と苦笑しながらも慈愛に満ちた手つきで抱き起こし、砂の上に座って自身の膝の上に彼の頭を優しく乗せた。


気まずい。実に気まずい。

図らずとも、他人の人生の節目となる重大な瞬間を覗き見してしまった罪悪感に、ロイは身を縮める。


「私たちは幼馴染なんだ。物心ついた頃から、カイエンはずっと私を好いていてくれてね」

アルバの手が、優しくカイエンの髪を梳く。


「ヘ、ヘェ!ソウナノカ!アルバモ、ジツハカイエンガスキダッタノカ!?」

動揺のあまり、ロイの言葉が片言になる。


「ふふ、内緒」

アルバは慈愛に満ちた瞳で、膝の上で眠る幼馴染を見下ろしている。

内緒と言いつつも、柔らかな表情からは隠しきれない愛おしさが滲み出ていた。

温かく甘やかな空気に当てられてか、ロイはつい口を滑らせてしまった。


「なんで今回は承諾したんだ?今までずっと断っていたのに……」


アルバの手がふと止まる。

彼女は夕焼けに染まる空を見上げ、遥か遠い未来を見通すような目で言った。


「……ただ、今だと確信しただけだよ。今頷かなきゃ、一生後悔するなーって。運命なんて、そんなもんさ」


アルバの言葉には、なぜだか分からないが、胸をざわつかせる切迫した響きがあった。

残された砂時計の砂が少ないとでも言いたげな、やんわりと心臓を撫でるような不安。


「……で?ロイ。君も大切な人がいるなら、祭りの間に気持ちを伝えてみるといいよ」


「っ……な、ななな何の話だっ?!」


不意打ちのカウンターに、ロイは面食らった。

素知らぬふりをしてみようと口を開きかけたが、顔の熱さまでは誤魔化しようがない。おそらく耳まで真っ赤に染まっているだろう。

アルバは、すべてお見通しだと言わんばかりに悪戯っぽく笑う。


「隠し事は精霊使いには通用しないんだよ?精霊たちはとてもおしゃべりなんだ」


彼女の周りをキラキラと飛び交う光の粒を見て、一瞬「うげっ」とロイは顔をしかめた。

なんせ自分のパーティにも精霊使いがいる。

うちの精霊使いが妙に色々察しがいいと思ったら、そういうからくりだったのか。あとでとっちめてやる。


悪巧みをするロイをわき目に、アルバは足元で咲き誇っている花の中から、一際甘い芳香を漂わせる美しいリゼルナの花を一輪摘み取ると、彼へ手渡した。


「ほら、これ。……あの子に、似合うと思うよ」


ロイは息を呑み、薄紅色の花を受け取った。

朝露に濡れたようにみずみずしく咲いた花弁は、先ほどのナナミの照れた頬の色によく似ていた。

彼女の不器用な笑顔、重ねた手の温もり、踊った時間の高揚感が、波のように胸に押し寄せる。

握った花が、夕日に透けて微かに揺れた。


「あいつ……どこに、行ったと思う……?」


「んー、オルペリアの丘じゃないかな。あそこに、彼女のご先祖様であるマリナのお墓があるからね」


「……ありがとう!」


グッと顔を上げ、ロイは力強く礼を言った。

もう迷いはなかった。

勇者はリゼルナの花を強く握りしめ、ナナミの待つオルペリアの丘へと全速力で駆け抜けていった。

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