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ruth story  作者: Cy


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8-6「白き衣」






祭り当日。

日が高く昇り、永遠に続くかのような黄昏の空は、鮮やかな青とオレンジのグラデーションを描いていた。

気温は高いが、島を吹き抜ける風はからりとしていて心地よい。

日が完全に沈まないと、朝と夜の境界はひどく曖昧だ。

穏やかな波音を聞きながら寝ぼけ眼のまま、ロイは「もう一度寝よう」と柔らかい絨毯の上に転がった。


その直後だった。


「ほらほら!あんたたち、いつまで寝てるのさ!祭りの準備はまだまだあるんだよ!女たちはこっちにおいで。男たちはこれに着替えるんだよ」


突如として現れた島の女たちが、一行のテントの遮光幕を勢いよくまくり上げた。

強烈な光が差し込み、皆、一同に眩しそうに顔を歪める。


「んんんん……もう少し……」

「ピピィ……」


再び寝床に潜り込もうとしたロイと、横で丸まっていたピィを、女たちの快活な声が許さない。


「だめだめ!今日は一日中、踊って歌い明かすんだから。勇者様なら、しゃきっとしなさいな!」


ロイとピィはなすすべもなく引き剥がされ、女性陣はまだ鏡台に向かう間もなく、眠そうに目をこすりながら一人の女性についていく。

ナナミも、半ば引きずられるようにしてテントから連れ出されていった。


「ささっ!男衆は裏手の沢で顔を洗っておいで。朝ごはんを用意してきたから、食べたらこれに着替えるんだよ」

「はぁい……」


面倒見の良い母のような女性が、ロイたちを甲斐甲斐しく世話してくれる。

沢の突き刺すような冷たい水で顔を洗い、焼きたてのパンと甘い果実の朝ごはんを食べ終えると、渡された衣服に目を落とした。


「真っ白な服?白は巫女様だけが着るものじゃ……」


「そうさ。祭りの期間だけは、皆、神聖な白い服を着て故人を偲び、感謝を捧げるのさ。あんたたちのいつもの服は、洗ってあっちに干しといてあるからね」


「色々とすみません。こんなにまでお世話してもらって……」


ロイが恐縮すると、女性は「なに言ってんだい!」と大きな手で彼の背中をばしんと叩いた。


「あたしらオババから見たら、まだ子供みたいなあんたらが、アストリアを救うために魔王を倒すって言ってんだ。今日くらい羽目を外しても、羽を伸ばしたって、なんのバチもあたりゃしないよ」


男たちの中でも最年少のロイは数えて18。

とっくに成人として扱われる歳だが、子供扱いされるのはいつぶりだろうか。

ロイだけでなく、ジークやナックまでもが恥ずかしそうに顔を赤らめながら、真新しい白い服に着替えた。





「ほら、着替えたら女の子たちを迎えに行くんだよ」

「え?!」


突然そんなことを言われ、服に半分頭を通したまま、ロイはぎょっと目を剥いた。

そういえば女性陣は随分前に出て行ったきり、まだ帰ってこない。女は身支度に時間がかかるものだと、誰かから教わった記憶が甦る。

旅の間中はそんなことを微塵も感じさせたことなかったが。

だらしない格好のまま考え込んでいると、有無を言わさずズボリと服を最後まで着せられた。


「『え?!』じゃないよ、あんた。ダンスの相手を誘わないでどうするんだい」

「だ、ダンス?!」


ドン、と背中を押され、ロイは眩しい砂浜の上へとよろめき出た。

誰と踊りたいかなんて、頭に思い浮かぶのはもう、ただ一人しかいない。

自覚した途端に耳までカッと熱くなる。

わたわたと慌てているロイを見ていたナックやジークが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「……何見てんだよ」

「いやー?なんもないけどよ〜」

「ピィ!」


こいつら……からかいやがって。

心の声を漏らすことはないが、たっぷりと思いを込めて見つめ返す。

よく分かっていないピィが何をしているのだと首を突っ込んできた。

そうだ、とロイは閃いた。


「ピィ!ピィも一緒に行くよな!お前、ダンスとかす、スキダロ〜?」

「ピピィ?」


ピィも一緒であれば、誘いやすい。

更にピィは一緒にいても邪魔な存在ではない。

相棒……いや救世主、まさに渡りに船と思った矢先、淡い希望は無慈悲に打ち砕かれる。


「ピィは僕たちとあっちでフルーツを食べようよ〜」

「ピィ〜!」

「あ!クラリス!ピィ!裏切るなよー!」


満面の、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべたクラリスが、ピィをロイの肩からひょいとさらい、グッジョブと言わんばかりに親指を立てて、さっさと行ってしまった。


「くそ〜……」


残されたロイは砂浜の上で一人悶々と考える。

ダンスに誘うなんていう大胆なこと、今までの人生で一度たりともしたことがない。

どんな言葉をかければいい?どんな風に誘えば、彼女は喜んでくれる?ましてや、断られでもしたら?

もう立ち直る自信がない。魔王を倒すより先に、自身の尊厳が破滅する気さえした。


しかし自分はあの少女に、この想いを告げようと決意したばかりなのだ。

こんなところで狼狽えていては、思いを伝えることすら出来ないまま終わってしまうだろう。

それだけは絶対に嫌だ。

覚悟を決めロイは拳を強く握りしめた。


真っ白な衣装に身を包んだ勇者は、一歩を踏み出すために砂浜の上をいさあしで進み始めた。


***





「あら?ロイじゃない。何しに来たの?」

「あ、ええと……女の子チームを迎えに行ってこいって言われて……」


啖呵を切って歩み出したのはいいものの、結局ビビって砂浜の上をよちよちしていたところを、クロエとシルリアが通りがかり、声をかけられた。


「『女の子チーム』って何、それ。私たちはこのまま先に行ってるから、ナナミをお願いできる?まだ小屋でもめてるみたいで」


すっかり装いが真っ白になった二人に、ロイは思わず目を見張った。

クロエは白い生地の裾に淡い色合いの刺繍が施された、島の伝統的なワンピースを身に纏い、年相応の快活な可愛らしさが際立っている。

シルリアも動きやすそうな白いパンツ姿で、さらりとした生地が風に揺れ、いつもの知的な雰囲気に柔らかな色香を加えていた。

普段の旅装束に見慣れているせいか、とても新鮮だった。


またさっさと先に行ってしまった二人を見送り、ポツリと砂浜に残されたロイ。

二人がやってきた方向を見れば、おそらく着替えなどをしていたのであろう小屋があった。

とりあえず、ゆっくりと歩みを進める。

小屋の前まで来ると、中からナナミと村の女たちの切羽詰まった声が聞こえてきた。


「結構よ。私は祭りには出ないわ。いい加減にその白いフリフリの衣装をしま……きゃっ!何をするの、不躾だわ……!」

「なーに言ってんだい。祭りの日はみんな白い衣装って決まりなんだ。ほら、鏡をみてごらんな。あたしの娘が小さな頃に着てた衣装だけどねぇ、あんたにぴったりだ」

「こ、こんな露出の激しい服は嫌よ。それに、アザが……」


アザが、という小さな呟き。

つい立ち聞きする形になったロイはハッとした。

そうだ、彼女も年頃の女の子なのだ。

腕にまで広がってしまった呪痕を、人目に晒したくはないだろう。


「はっはっは!アザ持ちなんざ、この島にゃ掃いて捨てるほどいるんだよ。ほら、あたしだってこの通りさね。気味悪いかい?」

「……そんなことは、ないけれど……」


床を不安そうに見つめるナナミは、モジモジと自分の手をいじっている。

世話焼きの女は気にする様子もなく、柔くウェーブのかかった髪をさっと結い上げ、手際よく花を挿していく。

至る所に白いリボンもあしらわれていく。


「じゃあアンタも同じさね。ほれ出来た!さ、行っておいで!」


ドンッ!と景気良く背中を押されたナナミが、戸口から勢いよく飛び出してくる。

そこに立っていたロイと、偶然真正面から向かい合う形になった。


普段、血の色のさすことのない彼女の頬が、この時ばかりはブワッとりんごのように赤く染まった。

いつもの黒を基調とした装いとは、全く違う。

白くてふんわりとした肩と腕が大胆に覗く、異国のお姫様のような可愛らしい衣装。

結い上げられた髪には、かつてロイが渡したマーメイドパージュが島の白い花と共に誇らしげに挿されている。


可愛い。綺麗だ。


素直に、心の底から溢れ出した言葉が、ロイの喉まで出かかった。

ふと我に返ると、自分の頬までもが真っ赤に染まり上がる気がした。


「っ……」

「ナ、ナナミ……あの、これは……その、深いわけが……」


なぜ小屋の前に立っていたのか、盗み聞きするつもりはなかったのだと、惨めったらしい言い訳を口にする前に、ナナミはくるりと踵を返し、再び小屋へと入ろうとしてしまった。


「やっぱり祭りには出ないわ……!ここ「若いあんたらが祭りを盛り上げてくれなきゃどうすんだい!ほら、そこのボーイフレンドと踊りでも踊っておいでな!」


「わっ!」

「きゃっ!」


今度こそ二人まとめて勢いよく押し出され、ナナミはロイの胸へと、そのまま突っ込んできた。

体勢を崩した二人は、もつれるようにして柔らかい砂の上に倒れ込む。

「いてて……大丈夫か?」

「ロイこそ……やだ……ごめんなさい!」


お互い慮った言葉をかけ合ったのも束の間、慌てて離れると、二人とも砂の上で正座をした。

しばしの静寂が訪れるが、どうしようと考えるうちにだんだんとこの状況が、自分が一人で考えすぎていたことも、何もかもが可笑しくなってきて、ロイはついに吹き出した。


「ふ、ふふっ……あはは!」

「……何を笑っているの」


「よし、ナナミ!俺と踊ろう」


「……?答えになっていないわ。それに私、踊りはとても下手なのよ」


ロイが意を決してダンスに誘うと、ナナミは拗ねたように首を振る。


「なにもお城でワルツを踊るわけじゃないんだ、自由でいいんだよ。俺も踊りなんてまともに踊ったことないけど、とにかく、行こう!」


「あ、ちょっと!ロイ!」


ロイは照れくさそうに立ち上がると、まだ砂の上で正座しているナナミの手を掴んだ。

砂浜の上、陽気な音楽が流れてくる方へと二人は裸足で駆け出してゆく。


繋いだ手が、じんわりと熱を持っている。

この熱が、胸の高鳴りが、彼女にバレてしまわないかと思う気持ちと、いっそバレてほしいと思う気持ちが、半分半分心の中をかき混ぜる。

海が沈まない太陽の光を反射して、きらきらと二人を眩しく照らしていた。


ふと、ナナミが無理していないか不安になってロイが振り返ると、引っ張られるまま走っていたナナミが気づいて、仕方ないなとでも言うように、ふわりと柔らかく笑みを浮かべた。

それだけで胸がいっぱいになる。

嬉しくなって、ロイも、にっと歯を見せて笑い返した。


ぎこちないながらも、そこには確かに幸せな時間が流れていた。


同じ頃、仲間たちも思い思いに祭りを満喫していた。


シルリアとクロエは屋台を巡り、今日の衣装に合うアクセサリーを吟味している。

どうやらクロエがシルリアを着飾らせたいらしく、色とりどりの貝殻の首飾りを顔や首に当てているが、シルリアは恥ずかしそうに両手を振って逃げ回っている。


ジークとクラリスは島の人々と輪になり、楽器を奏でている。

時折ジークが外す陽気な音色が、かえって場を愉快にさせていた。


ナックは島の男たちと樽ごと酒を酌み交わし、飲み比べが始まっている。

傍らではピィが山と積まれたフルーツに埋もれ、至福の表情で頬張っていた。


「お嬢さん、お手をどうぞ」

「まぁ。ロイったらどこでそんなセリフを覚えてきたの」

「ははっ」

「どうなったって知らないから」



眩しいほどに静かで幸福な一時だった。

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