8-4「黄昏の祭り」
「ーーと言うわけなんだ」
すっかり泣き腫らし、赤くなった目元を隠そうともせず、ロイは砂浜に腰を下ろしたアルバに今までの出来事をぽつりぽつりと話し終えた。
国々が遥か昔から大切にしていたものに魔王の魂が宿っているかもしれないこと。
それらを破壊するために、彼らがどれほど苦渋の決断を重ねてきたか。
ここハナレア諸島が最後に巡る国であること。
そこまで話すと、アルバはそれまでの穏やかな表情を消し、「うーむ」と非常に難しい顔をした。
何かを懸命に思い出そうとするかのように、水平線の彼方へ視線を移し、すらりとした指先を顎に当てる。
「『大切なもの』って、例えばどんな?」
「ツクヨの国では『星辰の盤』を……」
「えっ」
「ノルディア雪原国では『万年氷の種火』を……」
「ええっ」
「ナンバル=ムウは『生命の樹』で……」
「そんなものまで?!」
「ルミーナ王国では『潮汐の真珠』を」
「まさか!あの海の底にあるっていう?」
「イル=シャル国では『流砂の書庫』を……」
「うわ、もったいない!」
「そして、セレスティア聖教国で『魂の天秤』を……壊しました……」
「あーっはっは!それはまた……見事にとんでもないものばかり破壊してきたんだねえ!」
アルバは当初は驚き、最後には腹を抱えて笑い出した。
だが彼女の放つ一言ひとことが、ロイの心をナイフのようにグサグサと抉っていく。
そうだ。わかっている。
我々は魔王復活からアストリアを守るという大義名分の下に、各国が守り伝えてきた、かけがえのない宝ばかりを壊しまわってきたのだ。
ギリギリのメンタルをすり減らしながら。人々に恨まれ、罵られることも承知の上で。
だからこそ、最後に巡るこの島で失敗するわけにはいかない。「壊せない」という選択は、即ち魔王の復活を意味するのだから。
「そんな大層なものがこの島にあるかなぁ〜」
アルバの反応を見るに、本当に心当たりがなさそうだ。
「リゼルナの花畑かな、いや、オルペリアの丘も怪しいかな。うーん、国宝級のもの……」
彼女が口にするのは島の美しい観光名所のような場所ばかりで、どうにもピンとこない。ロイの焦りが募る。
「魔王の復活まで、もう時間がないと思うんです。近頃、魔獣も目に見えて凶暴になってきたし、知性を感じる個体も頻繁に現れています」
ロイの切実な訴えに、アルバはにっこりと笑った。
「よし、じゃあ皆も探すのを手伝っておくれ!」
「は、はい?」
「祭りの準備でもしながら、ゆっくり探そうじゃないか」
「で、でも時間が……!それに魔王の魂が目覚めようと力を増した時、魔獣がわんさかやってくることがあるんです!」
「魔獣の方からやってきてくれるなら、魔王の魂が宿っている場所がわかって好都合じゃないか。明日から始まる『黄昏の祭り(トワイライト・カーニバル)』にも、もちろん参加していくだろう?」
「それは……」
ロイは答えに詰まり、仲間たちに助け船を求めるようにアイコンタクトを送った。
皆困惑しながらも、アルバの有無を言わせぬ陽気な空気に押されたのか、渋々といった様子で頷いた。
***
こうして一行は、半ば強引に祭りの準備を手伝うことになった。
「まぁ、ここまで死に物狂いで頑張ってきたんだし、こういうお楽しみも必要よね!」
クロエは島の子供たちに貝殻の首飾りの作り方を教わりながら、案外楽しそうにそう呟いた。
「それにしても、肝心の魔王の魂はどこに眠っているのやら」
側でシルリアも胡座をかきながら、見様見真似で鳥の羽を使ったお守りを作っている。
「ここをこうして、そう、あんた上手だねぇ」
「……」
少し離れた場所では、ナナミが島の女性に花を織り込んだ美しい敷物の編み方を教わり、黙々と手を動かしていた。
「わぁ、これは珍しい形の楽器だ!弾いてみてもいいかい?」
「もちろんだよ、精霊使い様!」
クラリスは初めて触るという島の民族楽器を器用に使いこなし、即興で陽気なメロディを奏で始めた。
「この板はこっちだったよな!」
「柱はこの辺でいいか?」
「さすがは戦士様方だ!設営もあっという間に終わっちまうな!」
力持ちのナックとジークは島の男たちに混じり、軽々と資材を持ち運んで祭りの設営に汗を流している。
労働から逃れたピィは、お祭り用に山と積まれた色とりどりの果物をたらふくお腹に詰め込み、満足そうに砂浜の上で仰向けになっていた。
仲間たちがそれぞれの場所で頼もしく祭りの準備をこなしていく中、ロイは一人、浜辺に建てられる祭壇の飾り付けをぼんやりと手伝っていた。
空が燃えるようなオレンジ色に染まり、夕焼けが水平線に沿って黄金の帯を引いている。穏やかな波の音が、寄せては返し、やけに大きく辺りに響き渡っていた。
──ナナミは魔法を使わなければ、呪いと共に生きられる。
アルバの言葉が、波音と共に頭の中で繰り返される。
呪いを完全に解く鍵は、一体どこにあるのだろう。いや正直なところ、彼女が生きてさえいられるのなら、もうそれ以上は望まない。
けれどもし、あの呪いが彼女を苛み、痛かったり辛かったりするのであれば、取り除いてあげたいと思うのは、惚れた男の身勝手なエゴなのだろうか。
初めて出来た、心から愛しいと思う人。
想いを自覚してしまってからは、もう駄目だった。彼女の不機嫌そうな顔、困ったような顔、そして稀に見せる、あの下手くそな笑顔を思い浮かべるだけで、口元が勝手に緩んでしまう。
「へへっ」
誰も見ていないのをいいことに、ロイはだらしのない笑みを顔に浮かべた。
「一人で何、薄ら笑いを浮かべているのかな?」
「ひゃあっ!?!!?!!!」
突如、背後から降ってきた声に、ロイは文字通り飛び上がった。
高すぎず、低すぎず、心地よく響く穏やかな声の主であるアルバは、振り向いたロイの奇行を見て切れ長の瞳をまん丸とさせていた。
「なにか、とてもいいことでもあったの?私もここの飾り付けを手伝うよ」
「い、いやいや!巫女様の手を煩わせるわけには!」
「その『巫女様』っていうのも、堅苦しい敬語もやめておくれよ」
「じゃ、じゃあ……アルバさん……」
「アルバでいいよ」
「あ、アルバ……」
ぎこちなく二人で話している様子を見てか、ふてぶてしい様子でピィが飛んできた。
明らかに食べ過ぎで、ヨロヨロと重たそうにロイの頭に着地すると、満足げにため息を一つついて、ふかふかの羽毛をふっくらと膨らませ身を丸くした。
「あ、お前!またそんなに食べたな!どうすんだよ、それ以上太ったら!」
「ピゲッ!ピピピィ!」
失礼な!軟弱な人間如きが指図するな!とでも言いたげに、気高きピィが鋭く抗議の声を上げる。
「……素敵な魂のガイドだね。名前は?」
ロイの頭にふてぶてしく居座る小鳥の正体を一目で見破ったアルバが、興味深そうに視線を向ける。
ピィは訝るように、ロイの髪の隙間から射るように見つめてくる青い瞳を見返した。
「ピィっていうんだ!」
ロイは、その神聖な存在には到底相応しくない、あまりにも単純な名前を屈託なく答えた。
「ピィ?……ふふ、ふはっ…あはははははっ!」
「?」
アルバは堪えきれないといった様子で笑い出した。
「ごめんごめん、いやあ、いい名をもらったねえ。ピィ」
「ピゲッ」
アルバが何故笑ったのか、ロイにはさっぱり分からない。
伝説級の神獣が、そこら辺の小鳥につけるような名前をつけられていることに度肝を抜かれたようだったが、ピィ自身はもうこの反応には慣れっこだ。
(どうせこのスカポンタンは、わたしがどれほど高位でありがたい存在なのか、欠片も気付いておらんのだ)
などと言わんばかりに悪態を一つついて、再びロイの頭の上でふっくらと丸まって寝始めた。
アルバは愛おしそうに笑いながらピィの羽をひと撫ですると、改めてロイへ向き直った。
「さ、飾り付けを続けよう。明日には『黄昏の祭り』が始まるんだから」
***
二人で祭壇の飾り付けを再開する。
色とりどりのキャンドル、白く美しい珊瑚の骨、島で採れた芳しい花々を、丁寧に飾りつけていく。
「『黄昏の祭り』ってね、表向きは太陽へ感謝を捧げるお祭りって伝えられているけど、実は死者の魂と私たちが最も距離が近くなる時期で、フィノアの花が咲く季節に行われる魂を鎮める祭りなんだ」
アルバは手に持った、涼やかな香りを放つ純白の花を、そっと祭壇に供えながら呟いた。
ロイも同じ花を手に、ほう、とその話に耳を傾ける。
「そして、身を挺して魔王を封印した伝説の魔女、マリナへの感謝を捧げる祭りでもあるんだ」
「ナナミの……」
「うん、そうだね。彼女のご先祖様にあたる、伝説の魔女の墓標はハナレアにあるからね」
「そうだったのか」
知らなかった事実に、ロイは小さく息を呑んだ。
アルバはさらに続ける。今度は、甘く胸がキュンとするような香りのする薄紅色の花を手に取った。
「実はね、魔女と魔王は愛し合っていたんだよ。」
「へっ!?本当に??魔女と、魔王が?!」
ふと、イル=シャル国でアミーラに言われた言葉が脳裏をよぎる。
『魔女は、自らが討つべきはずの魔王を、愛してしまったから』
愛しているのに、なぜ封印しなければならなかったのか。
ロイがずっと思っていた疑問を口にする前に、アルバがその答えを言った。
「愛しているからこそ、魔王を封印したんだよ」
「愛しているから、か……」
話が本当なのだとすれば、確かに自らの手で愛した男を討ち果たし命を奪うより、永い眠りにつかせる封印の方がどれほどマシだっただろう。
まだ判然とはしないが、漠然と想像する。
もし、自分が同じ立場だったら。
大切な存在が胸の中に宿った今、きっと自分もマリナと同じ選択をしてしまうかもしれない、と。
「そ。だから、恋する気持ちを伝える大切さを忘れないための祭りでもあるんだよ。こじつけすぎな気もするけどね」
アルバはフィノアの花に寄り添わせるように、薄紅色の花も祭壇に供えた。
「この花は『リゼルナの花』。想いを告白する時に渡す花なんだ」
「島中で甘い香りがすると思ったら、この花だったのか!初めて見たよ」
「今の時期は恋する気持ちに反応して、リゼルナの花がそこかしこに咲き乱れる。甘い香りは気持ちを昂らせるのかね。皆、こぞって告白をするんだよ」
「あぁ……だからカイエンが、あんなに騒いでいたのか」
「ははは。迷惑をかけたね」
飾り付けが終わった祭壇を、二人で見つめる。
夕焼け空が島全体をノスタルジックなオレンジ色に染め上げ、海が運ぶ優しい潮風が供えられたキャンドルの炎を儚げに揺らしていた。
何もない。
けれどこれまでに見たどんな景色よりも美しく、心が洗われるようだった。
潮風に乱れた金色の髪を耳にかけながら、アルバが静かに言った。
「祭りの時期に結ばれた者たちは、永遠に共にいられるっていう言い伝えがあるんだよ」
「……!」
ーー永遠。
誰と永遠を共にしたいかなんて、思い浮かぶのはただ一人しかいない。
胸に秘めた本当の想いを告げる、絶好のチャンスなのではないか。
そう思った瞬間、顔にカッと熱が集まる。
幸い、夕焼けがそんな頬さえもオレンジ色に染め上げてくれているおかげで、アルバにはバレていなさそうだ。
祭りの時に告白する。
ロイの心臓が今までにないほど大きく高鳴り始めていた。




