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ruth story  作者: Cy


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6-12「砂底の宝物」





光り輝く砂の濁流が神殿のすべてを飲み込んだ。


やがて辺りは轟音と揺れが収まり、再び墓場のような静寂が訪れた。


静寂を破り、砂の中から大きな手が力強く這い出る。


「ぐぇっ……!砂食っちまった……!」

ナックが豪快に砂を吐き出しながら立ち上がると、すぐさまシルリアとクラリスを砂の中から引っ張り出した。

次いで、ジークが顔色ひとつ変えず姿を現し、まだ状況が飲み込めていないロエベを引っ張り出す。


一間置いて、ロイがナナミとピィをしっかりと庇いながら、砂の中から現れた。

「口の中が砂だらけだ……」

ぺっぺ、とロイが砂を吐き出す横で、ナナミもまた静かに目元や口元を拭っている。


「ねーちゃん!ねーちゃんどこ!?」

クロエの姿が見えないことに気づいたロエベが、これまでの彼の仮面をかなぐり捨てたような、必死の形相で辺りの砂を手で掘り進める。


「クロエ!」


ロイたち一行もクロエとアミーラがいたであろう場所へと駆け寄り、必死に砂を掻き出した。


「いたぞ!!」

ロイの声に、全員がそちらを向く。

白い砂の中、か細い手が見えていた。

ナックが腕を掴み、渾身の力で引っ張り上げると、クロエの頭を胸にきつく抱えた、アミーラの姿が現れた。


「よかった……」


誰からともなく安堵の溜め息が漏れる。

一行は張り詰めていた緊張の糸が切れたように、へなへなと力無く、崩れ落ちていった。


ゲホゲホと激しく咽せた後で、アミーラはもはや女王という立場さえ忘れたかのように、大の字になってうんざりするほど広がっている白い砂の上に寝転がった。


「あー、もう!目いったーーー!死ぬかと思ったわーーー!」


クロエが隣で同じように大騒ぎしている。

横目で見ながらアミーラは、砂の上で寝転びながらふっと、心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。


「……素晴らしい舞であった」

「へ?」

「そなたは、昔から、舞が達者であったな」

「……」


そんなこと知っていたの?

と、クロエは唖然とする。

遠い、遠い記憶の断片を慈しむように、アミーラは長い睫毛が縁取る瞳をそっと閉じた。


「あーー、疲れた。妾もう何もしない。早く城に帰って、湯を浴びたい」

「……!あんた、そんな性格だったの……?」

「はぁ?勝手に貴様らが、妾のイメージを決めつけているだけだろう」


「クロエ!アミーラ様!記憶は、大丈夫なのか!?」

ロイが慌てた様子で問いかける。

慌てふためく声にクロエとアミーラは顔を見合わせ、悪戯っぽく、ふっと笑い合った。


「「忘れたものを、忘れたわ」」


二人の声が綺麗に重なり合う。

彼女たちの記憶からは、それぞれが思う「一番大切な記憶」が、綺麗さっぱり消え去っていた。

だが不思議と悲しくはなかった。

悔やむ暇もないくらい、跡形もなく消えてしまったから。

もう、思い出すことさえできないのだから。

まるで本当の姉妹のように屈託なく笑う二人を見て、ロエベだけが、どこか不安そうにクロエを見つめていた。


「ほら、ロエベ!あんたも来なさい!お姉ちゃんを起こしてよ」

「ロエベ、もう帰るぞ!さっさと飛行艇を準備しろ!」

「ちょっと!ロエベは私の弟なのよ!」

「はあ?半分血が繋がってるのだから、妾の弟でもあるだろう!このスカポンタンめ!」

「きぃ〜〜〜!」


口うるさくぎゃーぎゃーと自分を呼ぶ二人の姉に、ロエベがどちらの言うことを聞けばいいのか戸惑っていた。

いつもの威圧感を全く感じないアミーラ。

つい最近まで消息不明だったのにいきなり現れ、別れた日と同じように接してくるクロエ。

本当の家族ってこんな感じなのかな。なんて、くすぐったい感情が彼の胸を優しく撫でる。

先ほどから一言も発さない彼を慮ってかロイが肩をぽんと叩き、困ったように笑いかけた。


「お前の姉ちゃんたち、揃いも揃ってわがままで、大変だな!」

「……うん……そうでしょ?!」


ロエベは砂と埃に塗れた顔を拭うと、魔法が解けたかのように、年相応な満面の笑みを浮かべるのだった。



***




王宮に戻り、一刻が過ぎた頃。

一行もそれぞれ治療や沐浴を終え、人心地ついたところで、アミーラの部屋へと招かれた。

相変わらず彼女の部屋だけは、この国の惨状が嘘であるかのような、豪奢で甘い香りに満ちた別世界だった。

外界の腐臭を拒絶するかのように焚かれた高価な香木と、侍女たちがマッサージに使う異国のオイルの香りが、むせ返るほどに混じり合っている。

部屋の真ん中に置かれた豪華なソファの上で、アミーラは数人の侍女たちに囲まれ、髪や爪の手入れ、そしてマッサージまで施されている最中だった。

その甲斐あってか、少しだけ生気を取り戻した彼女の肌には艶が戻り、髪は光を放っている。

だが、瞳の奥にはまだ拭いきれない深い疲労と虚無の色が、澱のように沈んでいた。


彼女は入室してきた一行を気にもしないような様子で、傲慢な態度のまま爪先を眺めている。

そんな姿に呆れたクロエが、じとりと非難の視線を送りながら、この女王は本当に改心してくれたのだろうか、という不安を込めて声をかけた。


「あんた、この国をちゃんと救ってくれるんでしょうね」

「直にな。策は考えている」

アミーラは、面倒そうに、しかし短く答えた。

「そんな贅沢している暇があるなら、民にパンの一つでも配りなさいよ……」

「パンなど、今のこの国では贅沢すぎる。勿体無いことだ。粟か稗でも食わせておけば、飢えはしのげるだろう」


巫女として、女王として、国の財政を把握している者としての、極めて合理的かつ民の感情を一切無視した発言。

先が思いやられるとは、まさにこのことだ。

クロエは思わず頭を抱えた。

アミーラとしてはこんな棘のある話をしたいのではなかった。

彼女なりに精一杯の心を込めて、目の前の勇者たちに礼を言いたかっただけなのだ。

だが長年身につけた処世術と、どうしようもなく捻くれた性格が邪魔をする。

彼女は一度きつく唇を結び、何かを振り払うように、勇気を振り絞って、またしても捻くれた感謝の言葉を口にした。


「ふん。此度のそなたらの功労、まあ、よくやった、とでも言っておこうか」

「……」

「ささやかであるが、そなたらに礼を尽くそう」

皆、思うことは山ほどあれど、今はただ、深く頭を下げてその言葉を受け取った。

先ほどの戦いで、彼女の圧倒的な力と、その奥にある苦悩をなんとなく垣間見てしまったからだ。


「流砂の書庫は滅び、これ以上ここに留まってもそなたらが求める情報はない。もっとも、そなたらが見た頃には、魔王の魂に汚染され、かなり偏った情報になっていたやもしれんがな」

「そんな!では、流砂の書庫に代わる、歴史を知る手立ては、もうないのですか?」

シルリアが、焦ったように尋ねる。

「騒ぐな。壊す前に妾は言ったはずだ。アストリアの叡智が失われるやもしれぬ、と。……だが、実のところ、妾のこの中に、全て入っておる。ふふ、今後はいい商売が出来そうだ。何せ、今や妾にしか知り得ない、貴重な情報だらけであるからな」

アミーラは、ツン、と自らの頭を指さした。

尋常ならざる事実と、国の危機的状況にあってなお逞しい商魂に、一行はギョッとした顔で彼女を見つめた。

ナックは口をあんぐりと開け、ジークは眉をひそめ、シルリアは呆れたように溜め息をついている。


「なんだ、揃いも揃って無様な顔をして?妾を疑うなぞ、失敬な。妾は女神エデルに選ばれし知恵の巫女なるぞ。もっともそなたらの小さき頭では、一度に全てを聞いても、情報過多で脳が焼き切れるのが関の山だ。特別に今回の褒美として、一つだけ無料でくれてやる。何でも申せ」


強気な態度に苦笑いした後で、ロイは思考を巡らせた。

アストリアを救うために、今、最も必要な情報。

それは、「二百年前、なぜ魔王を封印するしかなかったのか」という世界の真実か、それともナナミを直接救うための「呪い」に関する知識か。

彼は迷った。

ナナミを救うためには、まず、彼女が「敵」になりかねない、この世界の歪んだ構造そのものを理解する必要がある。

そう結論を出し、彼は、ずっと心に引っかかっていた疑問を口にした。


「二百年前、魔王をただ倒すのではなく、封印するしかなかったのはなぜですか。理由を教えてください」


「ふん、そんなことか。まあ良い。そなたらのその小さな頭でも理解できるように、一言で教えてやろう。“魔女は、自らが討つべきはずの魔王を、愛してしまったから”だ」

「あ、愛……?」

「……」


愛していたから、封印した?矛盾に満ちた答えが、謁見の間に重く響く。

一行が困惑して首を傾げている様子を、アミーラは面白そうに、しかしどこか悲しげな目で笑った。

ナナミだけは言葉の意味を理解したかのように、あるいは、過去の誰かのことを思うように、キュッと唇を噛み締めていた。

ロイはナナミの小さな変化を見逃さなかった。


ナナミの様子を見てか、アミーラはさらに彼女をからかうように、悪戯な笑みを浮かべた。


「どうだ、そこの娘。妾の夫人にしてやっても良いぞ?この国に残された魔導力も、もう底をつきそうだ。そなたの有り余る魔力を、国のために絞り尽くしてやれば、そなたの魂を苦しめるその足枷も、少しは解けるやもしれんぞ?」


冗談のようでいて、試すような言葉。

ロイは血の気が引くのを感じながら、ナナミを庇うように全力で拒否の姿勢を示した。

するとアミーラは、ふっと表情からからかいの色を消し、最後にロイへと向き直った。

強い光を灯した瞳には、もう一片の戯れもなかった。

「早く手を打たねば、間に合わなくなるぞ」

それは巫女としての、真剣な忠告だった。

ロイは苦い顔をしつつ、頷くしかできなかった。





明日にはこの国を発つと宣言し、一行が部屋を辞去しようとした時、アミーラがクロエを呼び止める。


「クロエ。此度の功績の褒賞として、そなたの国外逃亡の罪を正式に解こう。そもそもなぜそなたが、あの夜一人で追い出されなくてはならなかったのか、この知恵の巫女の妾でさえ、未だに真相は分からないがな。……もし、そなたが望むなら国に戻り、神に捧げる舞を踊る者として妾の傍にいても良いのだぞ」

それは彼女なりの、最大限の歩み寄りだった。

孤独な女王が唯一対等に渡り合える「姉妹」を、心の底から求めている、不器用な願いだった。


しかしクロエはかぶりをふる。

思った通りの返答に、虚無の玉座に座する女王は少し悲しそうに目を細めた。

「あたし、もうルミーナに住んでる期間の方が、この国より長いの。それに、イルの王族の名は、あの日に捨てたわ」

「……国が、憎いか?」


クロエは少し迷ったようにまた首を振った。


「前までは憎かったかもしれない。でも今はもう、分からないわ。だからこの旅をぜーんぶちゃんと片付けた後なら、特別に遊びに来てやってもいいわよ。その時は国一番の贅沢三昧で、もてなしなさいよね!」

もちろん、前の賑やかさを取り戻した国じゃないなら遊びになんて来てあげないんだから!

いつもの調子を取り戻した彼女は、にっかりと笑みを浮かべる。

「ふん、減らず口を」

悪態をつくものの、アミーラの口元にも隠しきれない笑みが浮かんでいた。

孤独だった女王が、初めて未来への「約束」という光を手に入れた瞬間だった。




***


旅の準備もそこそこに、ロイは部屋の息苦しさから逃れるように、夜風にあたるべく与えられたゲストルームを出た。

王宮の一角、月だけが満ち欠けを静かに見守る、忘れられたかのような古い庭園で、ずっと気にかけていた人影を彼は見つけた。


ナナミは一人きりだった。

大理石の噴水の縁に腰掛け、空に浮かぶ白い月を見上げている。

簡単な寝巻きに身を包んだ彼女の姿は、昼間の凛とした佇まいとは違う、どこか無防備で危うげなほど儚い。

柔らかなミルクチョコレート色の髪に、ロイがかつて贈ったマーメイドパージュの髪飾りが、月の光を受けて星の雫のように、寂しげに輝いていた。

夜にだけ咲く青い花の、甘く切ない香りが夜風に乗って漂っている。


「あら、ピィはいないの?」

ロイの気配に気づいた彼女が、ゆっくりと振り返り、そう問いかけた。

「ああ。ピィのやつ、アミーラ様に散々もてなされて、ご馳走をたらふく食べたせいで、お腹いっぱいでぐっすり寝ちゃってさ」


なんてことのない、穏やかな会話。

いい加減、核心に触れなければならない。

流砂の書庫で知ってしまった残酷な真実を。

アミーラに突きつけられた逃れようのない現実を。


そう思うのに、それを口にしてしまえば、今ここにある、壊れそうなほどに心地よい関係が二度と戻らないものになってしまう気がして、ロイはただ、きつく、きつく、拳を握りしめた。


答えは、もうすぐそこまで来ているのに。

最後の一歩が、どうしても踏み出せない。


何か言いたげに、けれど何も言えないでいるロイの揺れる瞳を、ナナミは全てを察したかのように、ふと目を細めて、静かに見つめ返した。

まるで凪いだ夜の湖面の瞳で、彼の迷いも苦しみも、全てをただ静かに映し出していた。



ああ、本当に、覚悟を決めなくては。

ロイは震える唇を、ようやく開いた。



「ナナミ、教えてほしい。お前のその呪いを……解く方法はないのか?」

彼の言葉は夜の静寂に、あまりにも重く響いた。


「……なんのこと?」

彼女は僅かに瞳を伏せ、そう呟く。


「とぼけないでくれ。俺はもう、知ってるんだ。お前の力の、本当のことを」

「……バレてしまっていたのね」


はぐらかそうとしていた彼女も、ロイの、もう後戻りはしないという、真剣な眼差しに射抜かれ、とうとう観念したように、ふ、と息を吐いた。


彼女は悪びれる様子もなく、ただ静かに、そしてどこまでも悲しそうに微笑んだ。

笑顔と呼ぶにはあまりに痛々しく、涙のない泣き顔のようにも見えた。


「流砂の書庫で読んだんだ。魔法とは魔族から“祝福”されるか、あるいは……“呪い”を受けて使えるようになるって。魔族との親交が完全に途絶えてしまった今の世で、祝福によって魔法を使えるようになる人間なんて、もうどこにもいないって」

「あら。私は、あの伝説の大魔女の血筋を引いているのよ。ただの遺伝、とは考えなかったのかしら?」

「……じゃああの、背中の痣は一体なんなんだ……」

「……やっぱり、見ていたのね」

ナナミは、キッと、一瞬だけ非難の色を浮かべてロイを睨みつけた。

しかし、すぐにまあ仕方ないわ、と諦めたように表情を緩めた。


「前に旅をしていたって、言ってたよな。もしかしてその時に誰かに呪われた、のか……?」

「いいえ。これは私が私自身の意志で、望んで得た力よ」

月の光を受けて彼女のライラック色の瞳が、ガラス細工のように、冷たい無機質な光を放つ。


あまりに衝撃的な答えに、ロイの胸はずきり、と鋭く痛んだ。

夜の砂漠の冷たい風が、二人の間を、世界を永遠に分かつかのように、ひゅう、と音を立てて駆け抜けていく。


「もし魔法を使うたびに、呪いが進むのなら……頼む。もう魔法を使わないでくれ」

それは、彼からの必死の懇願だった。

「無理な相談ね。私のこの力は、アストリアを救うために必要不可欠なものだから。それにね」

彼女は再びその視線を、手の届かない遠い月へと向けた。

白い首筋、月光に照らされた横顔は言葉にし尽くせないほどに、愛おしくて綺麗だった。


「この呪いが、全て回りきったのなら、私は……ようやく、赦される気がするの」


あまりに悲しい彼女の願いに、ロイの口から熱い溜息のように、言葉がこぼれ落ちてしまう。


「赦される……って、それは、どういう……」

「あなたには、関係のない話よ」


それ以上、ロイは何も言えなかった。

笑顔なんかじゃない、涙のない泣き顔。

見ているこちらの心が、張り裂けそうなほどに痛むくらい、悲しそうに美しく笑う彼女を前に、何かを言ってしまえば、彼女がこの月夜の夢と共に、ふっと消えてしまう気がしたからだ。


(赦しを得る必要が、一体どこにあるんだよ)


彼女が一体どんな罪を細い背中に背負って、どんな赦しを得たいというのか。


ただひたすらにズタボロになりながら、必死に仲間たちのために戦い、祈り続ける彼女のことをこのアストリアの誰が、責めることなどできると言うのだ。


かつて臆病だった自分に、彼女は沢山の優しい言葉をかけてくれた。

意気地のない自分には、彼女にかけるべき一言が、どうしても言えなかった。




***






旅立ちの日の朝。

イル=シャルの空は新しい時代の幕開けを祝福するかのように、どこまでも澄み渡っていた。

崩れかけた城門の前には、見送りのためにロエベが一人で立っていた。


「ねーちゃんのせいで、僕の仕事が山のように課されてるんだけど。どうしてくれるのさ」

相変わらず、クロエと瓜二つの愛らしい顔で、にこやかに存分に棘のある言葉を吐く。

「ロエベがアミーラについてくれているなら、少しは安心できるわね」

クロエはそんな弟の憎まれ口を、柳に風と受け流す。

余裕のある態度に、少しむっとした表情を見せた後で、ロエベはわざと乱暴に大きな声で言い放った。


「さっさと行っちまえ!二度と帰ってくるな!」

別れが寂しくならないよう悪態をつくが、潤んだ桃色の瞳には姉との別れを惜しむ愛情が、隠しきれないほど滲んでいた。

クロエは不器用な弟の頭を、壊れ物に触れるかのように、優しく、優しく撫でた。


「ケガするんじゃないわよ。アストリアの平和はお姉ちゃんが必ず守るから。だからあんたは、この国をよろしくね」

姉として、この国の未来を託す者として、信頼に満ちた力強い言葉だった。


じわり、とロエベの瞳に堪えきれなかった大粒の涙が浮かぶ。

悟られたくないのか、顔を見られないように深く、深く俯いた。

まだ幼気な小さな肩が、微かに震えている。


「ロエベ。あんたのことを一日たりとも忘れたことはないわ。この魂がずっと覚えていた。この国で独りで、ずっと戦っていてくれて本当にありがとう」


「……そんなの、仕組まれてたんだから、あたりまえじゃん。……でも、なんで……なんで、ねーちゃんだけが、追い出されなきゃ、なんないんだよ……」


長年、彼が一人で抱え込んできた姉への理不尽な仕打ちに対する怒りと悲しみ。

それが子供のような、しゃくりあげる嗚咽となって、初めて彼の口から漏れ出した。


「過去はそうだったかもしれないけどね。でも今はあたしが、自分の足でこの国を出ていくの。それに立派にこの国の責務を果たそうとしてる、自慢の弟の姿も見れたんだから」

「……」

「また、必ず会おう。アストリアにはね、ロエベに見てもらいたいものがたっくさんあるんだから。青い海も、緑の森も、雪の降る国も。全部、全部、あんたに見せてあげる」

クロエは弟とも一つ、大切な約束を交わした。

人質であるかのように、この王宮という鳥籠に閉じ込められていた彼が、心の底から憧れる未来の約束を。


ロエベの顔がゆっくりと上がる。

泣き濡れたその表情は、未来への確かな希望の光できらきらと輝いていた。


「………っ!ふ、ふん!僕とそっくりなその顔に、怪我なんてしたら、絶対に容赦しないんだから!せめて僕が忘れちゃう前に、連絡の一つでもすることだね!」

涙を隠すための、彼らしい精一杯の強がり。

愛情の裏返しに、クロエは幸せそうに微笑んだ。



「なぁ、ずーっと思ってたんだけどさ」

「言わなくても分かるよ」

「クロエの家族って、女王様も含めて見た目も中身も、そっっっくりだよな」

「おんなじ格好させたら、誰が誰だか当てられないかもね」


少し離れた場所で、陰ながらこそこそと言い合うクラリスたちにクロエが合流する。

「ちょっと、なに!?なんかあたしの悪口言ってたでしょ!?」

「自意識過剰よ、クロエ」

「ナナミ!あんたって子は!やっぱり、これっぽっちも可愛げがないんだから!」

「ひどいわ。あなたの身内と、同じような態度をしているというのに。身内贔屓ばかりはよくないわ」


賑やかな、いつもの一行のやり取りが戻ってきた。

ロイはピィと共に、少し離れた場所から、穏やかな気持ちで眺めていた。

このあとも果てしなく続く、熱砂の旅路。


きっとまだまだ過酷な試練が、彼らを待ち受けていることであろう。

それでも、このかけがえのない仲間たちと一緒ならば。


一行は、次なる目的地。

アストリア一の聖なる地、女神エデルに最も近いと謂れる、セレスティア聖教国へと、その確かな歩みを進めるのであった。



第六章 完

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