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ruth story  作者: Cy


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6-5「誰が救い得たか」




アミーラとの謁見を終え、一行は重い沈黙に包まれながら、王宮の長い回廊を歩いていた。磨き上げられているはずの大理石の床には、この国の淀んだ空気を象徴するかのように、薄く砂埃が積もっている。

窓から差し込む砂漠の強烈な陽光さえ、この場所ではどこか力を失ったかのように冷たく、生命感のない光の帯となって静かに床に伸びているだけだった。


女王が放った答えのようでいて何一つ救いのない言葉が、ロイの頭の中で何度も反響していた。


アミーラの瞳の奥に揺らめいていた、全てを諦観したかのような深い虚無。

あの瞳はこの国の絶望的な現状そのものだった。

他の仲間たちもまた、言葉を失い、自らの足音だけが虚しく響く回廊を重い足取りで進んでいた。

冷たく埃っぽい静寂が、長旅で疲弊した彼らの心をさらに深く蝕んでいく。


やがて一行を先導していた年老いた侍従長が一つの大きな扉の前で足を止め、深く一礼した。


「こちらでお待ちください。すぐに『流砂の書庫』への案内人が参りますので」


そう言うと侍従長は音もなく去っていった。

再び訪れる息の詰まるような静寂。

ロイは無意識にナナミを抱えるその腕に、ぎゅっと力を込めた。

彼女を守るという意志と、この王宮に渦巻く得体の知れない気配への不安を、その力に込めるかのように。


どれほどの時間が経っただろうか。

永遠にも感じられる沈黙の中、大理石の柱の影が、まるで生き物のように、ぬるり、と歪んだ。

その影から分離するように、音もなく一つの人影が現れる。


「ねーちゃんでしょう?」


飄々と、どこか計算され尽くしたようなタイミングで現れた少年。

朝日を閉じ込めたかのような鮮やかな桃色の髪は、回廊の窓から差し込む光を受けて、きらきらと輝いている。

顔を見れば一番に目に入る、クリクリとした大きな瞳。

その勝ち気な光を宿した瞳は驚くほどクロエに似ていた。


「クロエにそっくりだな!?」

ナックが思わずといった様子で目を丸くする。

クロエが自身を隠すためにまとった布の存在も忘れ、つい声を張り上げてしまい、隣にいたシルリアとクラリスが慌ててその大きな口を両側からむぎゅっと封じた。


「そうかな〜?僕の方が可愛くない?」

少年はナックの驚きを意に介した様子もなく、その場でくるりと優雅に一周してみせる。

その仕草は幼いながらも常に誰かに見られていることを意識した、宮廷での処世術として完璧に磨き上げられた動きだった。


クロエは顔を覆うチャドルの奥で顔の筋肉そのものが硬く引き攣るのを感じていた。


あの日生き別れになった、たった一人の弟。

やっと会えた。

嬉しいはずなのに。

その成長した姿を抱きしめたいくらい、愛おしいはずなのに。


彼女の心を支配したのは再会の喜びよりも、もっとずっと冷たくて、どうしようもなく苦い戸惑いの感情だった。

最後に見た自分の名を呼びながら泣いていた幼い弟の面影と、目の前で計算された笑みを浮かべるこの少年とがどうしても結びつかない。


「ねーちゃん?どうしたの?そんなところで突っ立って。こんな砂漠の国までわざわざ戻ってきちゃってさ!せっかく命からがら僕を置いて逃げ出したのに」

弟の悪意なく響くその言葉が古い傷口に熱した鉄の棒をねじ込まれたかのように、チクリとクロエの胸に突き刺さる。

「……久しぶり。元気みたいで安心したわ……ロエベ」

ようやく絞り出した声は自分でも驚くほどにか細いものだった。

きっと声の震えを目の前の弟は聞き逃しはしなかっただろう。


「おかげさまでね〜?ねーちゃんがいなくても僕はこうして元気にやってるよ」

ロエベはまるで姉の動揺を楽しんでいるかのように小悪魔的な笑みを浮かべる。

「あたし……その、魔王討伐の使命があって……」

「魔王討伐ぅ?へえ、すごいや!あの弱虫だった、ねーちゃんが」

口元だけが綺麗な弧を描く。

瞳は一切笑っていなかった。

氷のように冷たく、姉の心の奥底までを見透かすように鋭い光を放っていた。

クロエは視線に射竦められ、いつもの勝気な覇気を完全に失っていた。


そんな姉の耳元にロエベはそっと顔を寄せた。

他の仲間たちには仲の良い姉弟が久しぶりの再会を喜び、秘密話を交わしているようにしか見えないだろう。

その平和な光景とは裏腹に彼の唇から紡がれたのは、甘い声音でコーティングされた、この世で最も残酷な言葉だった。


「自分の手の届く範囲でさえ、守れなかったねーちゃんが。アストリアを救えるといいね!」


その耳朶で妖しく光る翡翠色のピアスが、ちり、と冷たい音を立てて小さく揺れる。

クロエの世界から、音が消えた。

ロエベは完全に凍りついた姉から、すっと何事もなかったかのように身を離すと、今度は一行全体へと向き直り、先ほどまでの冷徹さが嘘であるかのような完璧な満面の笑みを浮かべた。


「僕は第51皇子のロエベ!女王陛下のありがたーいご命令で君らの案内役に任命されたんだよね〜。よろしくお願いしまーす!」


彼は姉の肩に軽く腕を回し甘えるようなそぶりを見せながらも、その視線はちらちらとロイと彼が腕に抱えるナナミの方を、獲物を品定めするかのように執拗に観察していた。


「わ〜その子、すごく具合が悪そう!そんな状態で これから空中神殿に行くなんて無茶だよ〜。王宮には綺麗で涼しいゲストルームがあるからそこで寝かせてあげればいいのに」

その言葉は親切な少年の心からの心配のように聞こえる。

だが明らかに、一行からナナミを引き離して状態を探るための巧妙な罠のようなにおいがする。


「あ、ああ。ありがとうな。でも大丈夫だ」

この王宮内に漂う息の詰まるような緊張感と、目の前の少年の底知れない不審な気配に、ロイは直感的な危険を感じ、ロエベの申し出をきっぱりと拒否した。

ロイの腕の中で、眠るナナミがかすかに身じろぎしたような気がした。


ジークがロイのそばに寄り誰にも聞こえないほどの小声で囁く。


「ロイ、あまりナナミと離れない方が良さそうだ。あのガキ、絶対何か企んでる」

「……分かってる」


ロイもまたロエベの完成された胡散臭い言動に、わずかに眉をひそめていた。


そんな一行の肌で感じるほどの警戒心を、ロエベは全て見透かした上で、心の底から楽しんでいるようだった。


「ま、案内は、僕に任せてよ」

彼はそう言って猫のようにしなやかに背を向けると、長い回廊の奥へと迷いなく歩き出した。


一行は暗雲が立ち込める不吉な空中神殿へと、得体の知れない案内人に導かれ向かうことになったのだった。

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