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ruth story  作者: Cy


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3-9「春の行方」


『万年氷の種火』が消滅し、一瞬、世界から音が消えたかのような静寂が訪れた。

しかし、ネイシュカは安堵の息をつく間もなく、ハッと顔を上げ、弾かれたように駆け出した。

足は迷うことなく塔の最奥、氷の壁へと向かっていた。

「ネイシュカ!」

ジークもまた彼女のただならぬ様子に胸騒ぎを覚え、後を追った。


そこには先程と何一つ変わらぬ光景が広がっていた。

数えきれないほどの人々が様々な姿のまま、静かに冷たく凍りついたまま眠り続けている。

種火を破壊しても、彼らが目覚めることはなかったのだ。


「あ……ああ……」

ネイシュカはその場に力なく座り込み、か細い嗚咽と共に項垂れた。

長年の苦悩、最後の望みが断たれたかのような絶望が、華奢な肩を震わせる。


ジークはそんなネイシュカの背中を痛ましげに見つめながらも、今は言葉をかけることができなかった。

彼自身の故郷の村人たちもまたこの氷の中で眠り続けているのだ。

種火の破壊は彼らの状態をこれ以上悪化させることはなかったが、直接的な解決には繋がらなかったという厳然たる事実。


彼はゆっくりと氷壁へと近づき冷たい表面に、そっと右手を触れた。

ガラスのような氷の奥に見慣れた村人たちの顔が見える。


深い悲しみが胸の奥から込み上げてくる。

だが、瞳にはグランパルを失った時とは異なる確かな決意の光が宿っていた。


「みんな……久しぶりだな。まだ起こしてやれなくて、ごめんな」

氷を優しく撫でながら、ジークは語りかける。

「必ず、必ず俺が……ううん、俺たちがみんなを元の姿に戻す方法を見つけ出す。それまでもう少し……もう少しだけ、待っていてくれ」

無理して笑った顔、声は震えていたが、未来への揺るるぎない希望を力強く誓う響きを持っていた。



ふと、先程まで種火があった場所の近く、グランパルの亡骸が横たえられている方から、静かで凛とした声が響いた。

ナナミだった。

彼女はグランパルの亡骸の傍らで静かに膝をつき、そっと両手を組んでいた。


「な、にを……するつもりなの……?」


ネイシュカが僅かに顔を上げ訝しげに呟く。

ナナミは応えずただ目を閉じ深く息を吸い込んだ。







「我ら、地に在りて儚き命を抱くもの。

天空に坐し、万象を慈しむ偉大なる女神エデルよ。

どうかその御手を此処に垂れたまえ。

癒しの聖なる光を、今ここに降ろし、傷つき、砕け散りし者の肉を繋ぎ、その魂、再びこの世を歩まんことを。

命の灯火よ、今一度、輝きを取り戻せ」






ネイシュカはその祈りの言葉を聞いた瞬間息を呑み唖然とした。

ナナミが祈った奇跡は、女神が授ける最高位の復活の奇跡。

アストリア大陸全土を探しても、歴史で数えてみても、それを成し得る者は片手の指で数えるほどしか存在しないと言われている禁呪に近い秘蹟。

しかも現代ではセレスティア聖教国の巫女がこの秘蹟を扱える。

同じ時代に2人もこの奇跡を使えるなど、神々の時代まで遡らないといないであろう。

それくらいに伝説上の存在であるはずの奇跡を、今、この目の前の少女がこともなげにやってのけているのだ。


ナナミの華奢な体の内側から発光するかのようにキラキラと眩い黄金色の光の粒子が溢れ出し、彼女の周りを神々しく舞い始める。

優しい光は徐々にグランパルへと吸い寄せられるように集まり、やがて一つの大きな温かな光の球となって彼の傷ついた胸の中へと、そっと溶け込むように入ってゆく。

あまりにも神聖で、美しく、見ている者たちの呼吸を奪い時を忘れさせた。


「がっ……ほ、ごほっ! ん……んん……」


突如、グランパルの喉から、苦しげな咳と共に確かに生命の音が響いた。

「「「!!?? 」」」

その場にいた全員が信じられないものを見たかのように目を丸くし、言葉を失う。

ジークはへなへなとその場に座り込みそうになるのを、必死で堪えた。

「女神のところへ行くのはまだ早かったみたいね。」

ナナミは何でもないことのように涼しい顔でそんなことを吐き捨てる。

額にはびっしょりと玉の汗が滲み顔色は蒼白で、次の瞬間にはふらふらとバランスを崩しその場にへたり込むように座り込んでしまった。


「……んん……なんじゃあ……?わしは……一体、なにがおきたかのぅ……?」


ゆっくりと目を開けたグランパルが、寝ぼけまなこで周囲を見回す。


「じいちゃんっ!」「グランパルっ!」


ジークとネイシュカの、喜びと安堵がないまぜになった絶叫にも似た声が塔の最上階に響き渡った。


種火が破壊された影響でノルディアを覆っていた異常なまでの寒さは、嘘のように和らぎ始めていた。

空には何十年ぶりかという、息をのむほどに美しいオーロラがノルディアの夜空を鮮やかに彩った。

この地の新たな始まりを祝福するかのように。

寝ぼけまなこの、まだ状況がよく飲み込めていないぼんやりとした顔のグランパルに、それでもジークとネイシュカは、先程までの絶望が嘘のように子供のみたいにわぁーんわぁーんと声を上げて縋りつき、喜びの声はオーロラ輝く夜空の彼方まで響き渡っていた。




***



数日後、グランパルの容態も落ち着き、ジークは改めてネイシュカと向き合った。

もう、そこに憎しみはなかった。

「ネイシュカ、俺は……」

「ジーク……。本当にすまなかった。あの時、まだ幼かった君に、あまりにも過酷な真実を告げるのが、私は……怖かった」

ネイシュカの瞳には長年の重荷から解放された安堵と、ジークへの深い謝罪の念が浮かんでいた。

「ああ、もういいんだ。じいちゃんも助かったしな。……これからは、俺も手伝う。必ず氷の中のみんなを取り戻す方法を探し続ける。そして全ての元凶である魔王を、この手で討ち果たしてみせる」


ジークはそう言って力強くネイシュカに手を差し出した。

ネイシュカもまたその手をしっかりと握り返す。

「ああ、私も決して諦めない。必ずあの人たちを救う道を見つけ出してみせる」


二人の間には確かな絆が生まれていた。

「まったく、お前たちはいつまで経っても手のかかる……。しかし、ネイシュカや。ずっとあんな薄暗い塔に閉じ籠もっとらんで、たまには外に出て、元気に遊ばにゃいかんぞ!」

ベッドの上からすっかり元気を取り戻したグランパルが愛情のこもった野次を飛ばす。

「……うん。そうだね、グランパル。……もう、閉じ籠っているだけでは、いけないね」

憑き物が取れたように、ネイシュカの顔に何年ぶりかという、心からの柔らかな笑顔が花開いた。






***

預けていたロイの剣はグランパルの手によって、以前にも増して神々しいまでの輝きを取り戻していた。


「うおおお!なんか、前よりずっと眩しくなってるぞ、これ!」


ロイが目を輝かせながら剣を掲げる。

「ふん、これはサービスじゃ。このノルディアの鉱山でしか取れん、極上のスターサファイアをつばのところに嵌めておいた。お前さんのその綺麗な髪の色によく似ておったからな」

仕上げをしてくれたであろうドワーフは、得意げに鼻を鳴らす。

よく見ると剣の柄には繊細で見事な装飾まで施されていた。


「おお! なんてこった! ゴージャスすぎるぜ!!!」


ロイが歓喜の声を上げる。

磨き上げられ新たな輝きを放つ剣を、今度は仲間たちがまるで新しい宝物を見つけた子供のようにわいわいと取り囲む。


少し離れた場所からそんな仲間たちの様子をナナミは寂しげな瞳で見つめていた。

そんなナナミにネイシュカがそっと近づき声を潜めて接触する。



「……きみ、かなり厄介な呪いをその身に受けているようだね。その類稀なる力……魔法もそして先の奇跡も、使うたびにきみの魂を深く、確実に蝕んでいる」


ネイシュカは巫女としての鋭い慧眼で、ナナミの抱える秘密を一目で見抜いていた。


「……本当に煩わしいわね。巫女と呼ばれる人種に会うたび、決まってそんなことを言われなくてはならないのかしら」


ナナミは表情を変えない。

けれど声には諦観と疲労の色が滲んでいた。


「それを見抜き警告するのが我々巫女の悲しい性であり、仕事だからね。……その呪いは、私の力では完全には解くことはできない。けれど、進行を遅らせることくらいはできるかもしれない。この先の西の大陸には、浄化が得意な巫女がいると聞いたよ。もしかしたらそこに行けば何か手がかりが見つかるかもしれない」


ネイシュカの言葉は、ナナミにとって、僅かながらも新たな希望の光となるのか。

この呪いは果たしてとけるのだろうか。

とけたとして、自分はその時一体どうなるのか。

そこまで考えて、自嘲するような吐息が漏れる。


「……きみは……それほどまでに強力な呪いを受けた身でありながら、女神エデルから選ばれたかのように、恐ろしいほど愛されているんだね……。大いなる愛が、君にとって真の祝福となるのか。さらなる過酷な試練となるのか……それはまだ誰にも分からないけれど」

ネイシュカの意味深な言葉に、ナナミは何も答えず、ただ遠くの空を見つめていた。




***



さらに数日後、氷結の塔の前ではドワーフ達とともに賑やかな常夜の祭りが催されていた。


まだ全ての問題が解決したわけではない。

氷の中に眠る人々も、ナナミの呪いも、魔王の存在も、依然として重くのしかかっている。

けれど、この地を長年苦しめてきた『万年氷の種火』が消え、魔王の魂の直接的な影響が消滅した一つのけじめとして、未来への新たな一歩を踏み出すために、あの悲劇の日から止まっていた時を動かすように、皆で祭りを行うことを決めたのだ。


みなそれぞれの想いを胸に、今はただ楽しそうに飲み、歌い、踊っている。

そんな中一段高い場所に立ったネイシュカが、凛とした声で皆に呼びかけた。



「皆の者、静粛に! 此度、勇者ロイとその一行が、我らがノルディアの地を永遠とも思われた冬から、暖かな春へと続く道へと、献身を捧げ導いてくれた! この全ての功績は、彼ら英雄たちの勇気と力、決して諦めない心によるものだ! どうか今一度、彼らに惜しみない感謝と賞賛の声を届けて欲しい!」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」




ドワーフたちの地鳴りのような大歓声が、オーロラ揺れる夜空へと巻き起こった。


「そしてこれはささやかではあるが、私から偉大なる勇者とその仲間たちへ。心からの感謝と未来への祈りを込めて加護を送らせて欲しい」

ネイシュカはそう言うと、厳かな雰囲気の中ロイたちの前に進み出て、両手を静かに掲げた。

彼女の全身から、清らかで優しい光が溢れ出す。


「ーーいにしえより吹く聖なる息吹よ、時を統べる氷雪の乙女の囁きよ。願わくば、この者たちの歩む道に、常若とこわかの恵みを。その身に迫る毒も病も、時の流れを緩やかにし、退けたまえ。願わくば、凍てつく刃、悪しき冷気より、その身を守る絶対の氷壁を。我が祈り、星霜の加護となりて、永劫にこの者たちと共に在れーー」


ネイシュカの祝詞と共に淡い青色の光の粒子が仲間たち一人一人を優しく包み込み、その体にゆっくりと染み込んでいく。


「『万年氷の種火』が消えてしまい、私の力も以前よりは弱まってしまったけれど。それでも、ノルディアの巫女としての私の全力の加護だ。きっと君たちのこれからの厳しい旅の手助けくらいにはなると思うから」

ネイシュカは穏やかに微笑んだ。


「今夜は祭りだ〜〜〜!」

「アストリアを救う勇者一行に賞賛を〜〜」



より一層の歓声があがる。

ジョッキがぶつかり合う音が止まない。

暖かい灯火はまだまだ消えそうにない。

雪が反射してオレンジ色に輝く大地を、ネイシュカは嬉しそうに目を細めて見ていた。




***


楽しいお祭りの喧騒から一夜明けて旅立ちの朝。


本日も晴天の夜空だった。

通常ノルディアは冬の間、極夜である。

しかし先の戦いの影響か心なしか東の方が白んでいるように見える。

ノルディアの雪原は新しい時代の訪れを告げるかのように、キラキラと星空を反射していた。


仲間たちと共に、更なる未来を切り開いていく決意を新たにするロイ一行。

彼らはネイシュカとグランパルをはじめとするドワーフたちに盛大に見送られ、新たな目的地、西の大陸を目指し希望に満ちたノルディア雪原国を後にするのだった。


「次の国はどんなところなんだ?」


「西の大陸は確かとても暑いところだよ。また装備を整え直さないとだね」


そんな会話を聞きながら、ジークは雪を踏む足を一歩止めて振り返る。

もう光を発さない氷結の塔は夜に紛れてどこか朧げだ。



「おーい!ジーク!早く来いよ!置いてくぞ〜」


「あぁ!今行く」


後ろ髪を引かれる思いはあれど、それでも彼らは進みゆくのだった。





第三章 完

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