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ruth story  作者: Cy


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3-2「ドワーフの里」



夜明けの淡い光が雪面を純白に染め上げる頃、一行は引き締まる空気の中、装備を固めて山小屋を後にした。

行商人の忠告通り、日の出と共に出発したが、ノルディアの山々は、試練を与えるかのように、そう簡単には彼らを受け入れてくれなかった。

一歩、また一歩と歩を進めるほどに雪は深くなり、容赦なく吹き付ける風は、剥き出しの肌を刃のように切り裂いていく。

強風に煽られ、言葉を交わす余裕すら奪われ、彼らの会話も山道が険しくなるにつれて、段々とその数を減らしていった。


山越えの核心部に差し掛かった、まさにその辺りだった。

それまでかろうじて見えていた空の色が、急速に不吉な鉛色へと変わり、突如として猛烈な吹雪が牙を剥いて一行に襲いかかった。

「鼻が……! ちぎれそう……!」

クロエが顔を覆い、苦痛に声を上げる。風に弄ばれる彼女の髪は、見る間に白い霜を纏い始めていた。


「わはは! クロエ!お前の髪、芸術的に凍っちまってるぞ!わはははは! あれ? オレ……なんか、寒くなくなってきた!」


ナックが顔を真っ赤に上気させ、どこか焦点の定まらない目で高笑いを始めた。

異常な高揚感は、極寒の状況下における危険な兆候だった。

瞬く間に視界は白一色に染まり、伸ばした手の先すら霞んで見えない。

叩きつけるような雪と、獣の咆哮にも似た耳を劈く風の唸りが、方向感覚はおろか、すぐ隣にいるはずの仲間同士の声さえも無慈悲に奪っていく。

抗いようのない絶望感が一行を包み込んだ。


「おい、落ち着けナック! 上着を脱ごうとするな、いくらお前でも死ぬぞ!」

ジークが朦朧としながら上着の紐に手をかけようとするナックを、怒声に近い声でなんとか制する。

雪山での経験が豊富なはずのジークでさえ、いつも涼やかなはずの鋭い目に隠しようのない焦りの色が浮かんでいた。

「ジーク……あと、どのくらい……どのくらいで、つくの……?」

シルリアが、か細い声で問いかける。

彼女の白い頬は血の気を失い、小刻みに震える体は、限界が近いことを示していた。

「みんな、もう少しだ!もう少し耐えてくれ!この吹雪を抜ければ、もうすぐ……ドワーフ達の里があるはずなんだ!」

ジークは皆を鼓舞するように叫ぶが、彼自身の不安も滲んでいた。


視界の悪い中、ロイは必死に周囲を見渡し、仲間たちの数を確認する。

一人、また一人と点呼するように。

幸い、今のところ全員無事についてきている。

ナナミも今にも倒れそうなほど前屈みに丸まりながらも、必死に足を動かしているのが見えた。

「みんな、はぐれるな! 手を……そうだ、手を繋いでいこう!」

ロイが声を張り上げるが、そんな指示も猛威にかき消されそうだ。

深く積もった雪は、まるで底なし沼のように足首まで沈み込み、一歩進むごとに体力を根こそぎ奪っていく。

容赦なく体温は低下し、指先の感覚はとうに失せていた。

このままでは……氷の彫像と化した自分たちの姿が脳裏をよぎり、ロイは力なく首を振った。

こんなところで死んでたまるか。

一歩、また一歩と、鉛のように重い脚を前に踏み出すが、状況は悪化する一方だった。


(温泉が……恋しいな……ツクヨの国の、あの湯気が……)


朦朧とする意識の中、場違いな願望が浮かぶ。

ついに手足の感覚が完全に麻痺し、瞼が鉛のように重くなってきた時だった。

灰色の絶望的な視界の片隅に、ぼんやりとオレンジ色の温かい光が灯ったように見えた。


「天国……かぁ……?」


ナックが、虚ろな目でその光を見つめて呟く。もはや幻覚なのかもしれない。

刹那、吹雪の壁の向こうから不意に複数の灯りが現実のものとして揺らめいた。

雪を力強く踏みしめる確かな足音と共に、ずんぐりとした、頼もしい小さな影がいくつも現れたのだ。


「おい、こんな吹雪のまっただ中、人間がいるぞ!」


野太くて温かみのある声が、風の音を切り裂いて届いた。

現れたのは、毛皮や金属で身を固め、雪山での活動に特化したような頑丈な装備に身を包んだドワーフの一団だった。

彼らは手に手にランタンを掲げ、淡い光で一行を照らし出す。

彼らの顔には、驚きと、無謀とも言える天候の中で遭遇した者たちへの、深い同情のような色が浮かんでいた。


「早くこっちに来い!そんな薄着じゃ、あっという間に凍えちまうぞ!」

「一体どうしたんだ!よくぞこの吹雪の中、ここまで進んでこれたもんだ!」

ドワーフたちは口々に叫びながら、足元もおぼつかない一行に手を差し伸べる。

その中の一人、ひときわ立派な髭を蓄えたドワーフが、フードを目深にかぶっていたジークの姿を認め、ランタンの光をぐっと近づけた。

「ん……? この目つき、立ち姿……まさか、お前、ジークじゃねえか!?」

他のドワーフたちも「何!」「ジークだと!?」と一斉にどよめいた。

ジークがゆっくりとフードを取ると、ところどころ霜がついた顔を見たドワーフたちは、確信したように一斉に歓声を上げた。


「おお、やっぱりジークだ! 生きていやがったか! ちくしょう、心配させやがって!」

「こんなところで再会するとはな! 一体全体、どうしたってんだ?」

ドワーフたちは口々にジークに駆け寄り、背中や肩を力強く、愛情を込めてバンバンと叩く。

ジークは驚きと安堵、万感の思いが込み上げたような、何とも言えない複雑な表情で、旧知のドワーフたちを一人一人見回した。

「みんな……助かっ……たぁ……」

絞り出すようなその一言に、彼が死に物狂いで目指していた場所がここだったのだと、ロイたち一行もついに心からの安堵を覚えた。

張り詰めていた糸が切れたように、その場にへたり込む者もいた。


ドワーフたちの頼もしい先導で、一行は彼らの隠れ里へと導かれた。

雪に閉ざされた山腹を大々的にくり抜いて作られた広大な地下都市で、一歩足を踏み入れた瞬間、外の猛吹雪がまるで嘘であったかのような、温かな空気と喧騒が彼らを包み込んだ。

カラン、コロンと響き渡る鍛冶の槌音、遠くから聞こえてくる酒場の陽気な歌声、石畳の通路を力強く行き交うドワーフたちの活気に満ちた足音。それがこの里の日常なのだろう。

ジークが連れてきた「勇者一行」ーー

ドワーフたちはそう早合点したのか、あるいはジークが魔王討伐という大それた旅に出ているという噂が、風の便りか何かで既に伝わっていたのか

一行は、思いがけず盛大な歓待を受けることになった。


「ジークが魔王を討伐するため、仲間を連れて帰ってきたぞ!こいつはめでてえ!今夜は宴会だ!」

ドワーフたちの間で、あっという間にそんな噂が広まった。


広間に通され、燃え盛る大きな暖炉の前に座らされると、ドワーフの屈強な女たちが、次から次へととっておきのご馳走を木のテーブルに並べていく。

特に、じっくりと時間をかけて熟成された分厚い塩漬け肉の塊は、ナイフを入れると芳醇な香りを放ち、噛みしめるほどに凝縮された旨味が口の中に溢れ出し、芯から冷え切った体にじわりと活力を与えてくれる。

温かく、少し癖のあるエールも大きなジョッキで振る舞われ、一行は九死に一生を得た安堵感と、ドワーフたちの屈託のない心からのもてなしに、深い感謝を覚えずにはいられなかった。


宴もたけなわとなる頃、ひときわ長い白髭を編み込んだドワーフの長老の一人が、エールのジョッキを片手に、ノルディア雪原国の厳しい現状について、重々しく語り始めた。

「ジークも知っての通り、ノルディアの地は元々厳しい寒さの土地じゃが、ここ数年は輪をかけて寒気が増しておる。それに伴って、山に棲む魔獣どもも、妙に凶暴化しちまったし、数も目に見えて増えてきおった」

ドワーフは長命の種族であり、この地で何世代にもわたって暮らし歴史を刻んできた。

彼らの言葉には、経験に裏打ちされた確かな重みがある。

「この山は、見ての通り、世にも貴重な魔法石の鉱山での。我らドワーフにとって、魔法石は生活の糧であり、鍛冶の魂であり、何よりも我らの誇りでもある。じゃが、最近はその忌々しい魔獣どものせいで、思うように採掘も進んでおらんのが実情じゃ」

長老は、悔しそうにジョッキをテーブルに叩きつけた。


別の、少し若いドワーフが、大きなため息混じりに付け加える。

「例の巫女さん……ネイシュカ様とか言ったかな。あのお方も、人里離れた氷結した塔だか何だかに、ポツンと一人で暮らしておられるそうだが……。たまに、薬草か何かを求めて物々交換で顔を出すこともあるが、どうにも人を寄せ付けん、冷たい雰囲気でな。何を考えておられるのやら、さっぱりわからんお人じゃ」

その名を聞いた瞬間、ジークの表情がかすかに曇り、握りしめたジョッキの指先に力が入ったのを、ロイは見逃さなかった。



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