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ruth story  作者: Cy


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3-1「巫女」


肌を刺すような冷気が、幌の隙間から容赦なく一行の体にまとわりつく。

雪を纏った木々が途切れることなく続く山道は、荷馬車の軋む音と、時折聞こえる馬の荒い息遣いだけが支配していた。

行商人の男が、手綱を握る悴んだ手をさすりながら、前方を指差した。


「ここから先は、本格的に雪が深くなる。荷馬車で皆を連れて行けるのは、残念だがここまでだ。必ず、あそこに見える山小屋で一泊して、装備をしっかり整えるんだ。夜明けと共に出立しても、この先の山道は骨身に堪えるはずだよ」


彼の言葉は、この土地で生きる者ならではの厳しさと、旅人への気遣いが滲んでいた。

ロイは深々と頭を下げた。

「はい!ここまで本当にありがとうございました」

「う〜、一段と冷えるなぁ……」

ナックが肩をすくめ、白い息を吐き出す。

幌馬車から降り立った仲間たちも、改めてノルディアの山々の厳しさを肌で感じていた。


山小屋は、吹き付ける雪から逃れるための唯一の避難所のように、ひっそりと佇んでいた。古びてはいるが頑丈そうな造りで、煙突からは頼りなげながらも白い煙が立ち上っている。扉を開けると、微かな薪の匂いと、外界とは隔絶されたような静けさがあった。

ここで一夜を明かし、本格的な防寒装備に身を包むことになった。分厚い毛皮のコート、雪を踏みしめるための丈夫な長靴、顔を覆うための襟巻き。どれも、この先の過酷な道のりを予感させるものばかりだ。


「こんな分厚い装備、動きにくいだけだわ。私はいらない」

早々にナナミが不満を口にする。彼女の白い肌は、既に寒さで僅かに赤みを帯びていた。


「ダメに決まってるでしょ!? あんた、人一倍寒いの苦手なんだから。ここで倒れられたら迷惑よ」


すかさずクロエが、ナナミの装備を手伝い始める。

手つきは慣れたもので、有無を言わせぬ迫力があった。

1番分厚い毛皮に覆われた外套はフードを被って首元を締めればまるで屈強な雪男のような見た目に出来上がった。


「クロエはすっかりナナミのお姉さんだね」

シルリアが微笑ましそうに言うと、クロエは肩をすくめた。


「もうちょっと可愛げがあると、こっちも優しくできるんだけどねぇ……」

「……っ」

ナナミは何か言い返そうとして口を噤み、不服そうな顔でクロエのなすがままになっている。

やり取りを見守っていた仲間たちの間には小さな笑いが起こった。


一方、ジークの様子は明らかにおかしかった。

ノルディア雪原国への道行きが決まってからというもの、彼の口数はめっきりと減り、鋭い瞳はより鋭利になり表情が曇っていた。

時折、窓の外に広がる雪を頂いた険しい山々を、何かを噛みしめるような、あるいは遠い過去を呼び覚まそうとするかのような険しい眼差しで見つめている。

アイスブルーの瞳の奥に揺らめく感情は、期待や郷愁といった生易しいものではないように見えた。

ロイや他の仲間たちも、ただならぬ雰囲気に気づき、静かに彼を気にかけていた。


「ジーク、どうしたんだい?この寒さで風邪でもひいたかな?」

クラリスが、肩にとまる精霊たちの囁きに導かれるように、そっと声をかけた。彼の澄んだ声は、張り詰めた空気をわずかに和らげる。


「そういや、ノルディア雪原国ってお前の故郷なんだろ?どうせ久しぶりに帰るんだ、楽しみだな!」

ナックが無邪気にそう言うと、ジークの肩が微かに強張った。


「……」

沈黙が落ちる。ナックの言葉は、彼の心の深い場所に突き刺さったのかもしれない。


「楽しみ……じゃないみたいね……」

クロエが、ジークの横顔を見つめながら静かに呟いた。


パチパチと心地よい音を立てて燃える暖炉の火が、山小屋の中に温かな光と影を投げかける。

外の吹雪の音が一層遠のき、世界から切り離されたような安堵感が漂う。

自然と、一行の会話は先程までの緊張を忘れさせるように、和やかなものへと移っていった。

話題は、ツクヨの国での出来事や各地の「巫女」についてだった。


「ツクヨの国は本当〜に良かったわ。また行きたいくらい」

クロエが、目を細めて懐かしそうに言う。

「あんなに至れりつくせりで良いのかってくらい、もてなしてくれたもんな。飯も美味かったし」

ロイも、まんざらでもないといった表情で頷く。

「いいえ、あのカラクリヤシキは作ったものの性格の悪さが滲み出ていたわ。」

そう言い放ったのは冷ややかな顔をしたナナミ。

ツクヨの国、ミコトの話題となると、どうにも毒舌気味になってしまうのが不思議なところだ。

「ナナミはつえーくせに、結局一回もクリア出来なかったもんな!」

「…………」

悪びれもなくナックはそう告げる。

彼が告げたのは事実。最後にはナナミ以外の全員、ロイですらもあのカラクリ屋敷をクリアしていた。

唯一クリア出来ずにずっと入り口付近で苦戦していたのはナナミただ1人。

そんな事実ですらも不服なナナミの射るような強い視線が、ナックに突き刺さり慌てて口を噤むしかなかった。


巫女が時に国王以上の影響力を持つ存在であること、ツクヨの国のミコトが国家そのものを動かすほどの力を持っていたことに、ルミーナ王国出身のロイは改めて驚きを覚えていた。

巫女という存在の多様性と、その影響力の大きさを再認識させられる。


「ルミーナの巫女様は、一般人として暮らしてるんだろ?俺は会ったことないなー」ロイが言う。

「ああ、アリア様ね。彼女は本当に驕らない、素晴らしいお方だよ。政治とか権力とかにはあまり興味がないみたいでね、庶民の暮らしの方があっているって、いつもおっしゃっていたよ」

シルリアが懐かしむように言った。


「え、シルリアお前、ルミーナの巫女様に会ったことあるのか!?」

ロイが目を丸くする。

「会ったもなにも、第三近衛隊に入る前は、私はアリア様の遊び相手をしていたからね」

第三近衛隊はロイ、クロエ、シルリアの所属する王女付きの隊である。

ちなみに、第一近衛隊は国王、第二近衛隊は王妃付きの隊である。

彼女が以前巫女の護衛をしていたなんてロイは初耳だった。


「なんだかんだ言っても、一国の巫女様ですもの。王国だって、ぞんざいに扱えるわけがないのよねぇ」

クロエが、腕を組みながら納得したように言う。


「クラリスは確か、ルミーナには移民として来たんだったよな?他の国の巫女様には会ったことないのか?」

ロイが尋ねると、クラリスは少し考える素振りを見せた。

「そうだなぁ、このご時世、自由に立ち入れる国も少なくなってしまったから……ここ数年はルミーナ王国に入り浸りだったし。あ、でも風の噂でこんなことを聞いたことがあるよ?ノルディアの山々を越え海を越え、その先の西の大陸で、まだ年若い新たな巫女様が生まれたとか」

「へぇ、西の大陸か。あっちの方は通信が発達してねぇから全然情報が入ってこないもんな〜」

ナックが興味深そうに言う。


「あとは、南の国のアルバ様。精霊使いなら、みんな一度はそのお名前を耳にする、偉大な方だね。風と語らうお方だって」

「南の国か〜!暖かそうだし、いつか行ってみたいな〜!」

ロイが夢見るように目を輝かせる。

「それから、アストリア法王庁にいらっしゃる、全ての巫女の代表とも言えるお方、セレスティア聖教国のミハエラ様。一度だけ、神託を降ろされるお姿を遠目から拝見したことがあるけれど……本当に、光り輝くように美しいお方だったよ」

うっとりと、恍惚とした表情で語るクラリス。

すぐ傍らで、ナナミは先程から一言も発さず、揺らめく暖炉の炎の奥、虚空のどこか一点を静かに見つめている。

敬虔な回復士のはずなのに、神聖なる巫女の話に1ミリも興味なさそうだ。


「中東の方は、クロエが詳しかったよね。謎が多いと言われる砂漠の国々で、お名前だけが僅かに伝わっているアミーラ様……確か、お姉様だったかな?」

シルリアの言葉に、ロイとナック、クラリスまでもが驚きの表情をクロエに向けた。


「クロエが巫女様の妹君だったなんて……!」

クラリスが思わず声を上げる。

げんなりとした、心の底からうんざりしたという顔で、クロエは大きなため息をついた。


「お姉様も何も、あそこは兄弟姉妹が掃いて捨てるほどいて、ほぼ他人みたいなものよ」

「お前んとこ、そんな大所帯だったのか?何人兄弟なんだ?」

ナックが、純粋な好奇心から尋ねる。

「さぁーね。覚えてるだけで、軽く100は超えていたかしら。ほぼ血の繋がらない“兄弟姉妹”も含めれば、もっとね。もうあんな国は捨てたし、二度と関わり合いたくもないわ」

吐き捨てるようなクロエの言葉に、山小屋の中が一瞬静まり返った。


「ひゃ……100!?」

「100人兄弟……って、ええっ!?」

ナックとロイが、信じられないといった顔で声を上げる。


「お前んとこのお袋さん、いや親父さんも、すげーんだな……!」

ナックの感嘆とも呆れともつかない声が響く。彼の出身国である、ツクヨの国では一夫一妻が当たり前のため、どうやらクロエの父母は1人ずつと読み取ったようだ。


「クロエは元々、中東の国の王族だから」

シルリアが、さらりと衝撃的な事実を付け加えた。

「ちょっ、シルリア!あんた、どこまで喋る気!?」

クロエが慌ててシルリアの口を塞ごうとする。

「お、王族ぅ!?」

今度こそ、ロイとナックの声が裏返った。

「あーもう!それも大袈裟だって言ってるでしょ!あたしなんて、いわゆる妾腹で、王族って言っても末端中の末端!王位継承権なんてあるわけないし、自由もないし、ただ利用されるだけの存在だったの!全然、大それたもんじゃないわよ!」

クロエは顔を真っ赤にして早口でまくし立てるが、その言葉の端々には、彼女が抱えてきた複雑な過去と、そこから逃れたいという切実な願いが滲んでいた。

「ごめんごめん、別に隠すことでもないかと思って、つい喋りすぎたね」

シルリアは悪びれずに笑う。

やがて真面目な顔つきにかわり、言葉を続けた。

「それで、巫女様の話に戻るけど……最後に、忘れてはいけないのが、この先にあるノルディア雪原国の巫女……確か、お名前は「ネイシュカ」」


その名がジークの口から紡がれた瞬間、山小屋の空気が凍りついたように強張った。

それまで黙って俯いていたジークが、顔を上げた。彼の大きな拳は、膝の上できつく、血が滲むほどに握りしめられている。

瞳には、抑えきれないほどの憎悪と、深い絶望、言葉にできないほどの苦痛が、黒い炎のように渦巻いていた。

彼はそれ以上、何も語らなかった。

だが、沈黙と表情が、ネイシュカという存在が彼にとってどれほど重く忌むべきものであるかを、言葉はなくとも痛いほどに物語っていた。

暖炉の火がパチリと音を立て、静寂を破った。

外では雪混じりの風が一層強く窓を叩いている。

ノルディア雪原国への道は、まだ始まったばかりだ。


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