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ruth story  作者: Cy


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閑話「ミコトの運勢占い〜当たるも八卦!当たらぬも八卦!〜」



月の光もとっぷりと眠りについたかのような深夜。ツクヨの国、その最も神聖なる領域「月の間」。

部屋の中央には磨き上げられた黒曜石のごとき星辰の盤が鎮座し、天井の円窓から差し込む淡い月光を吸い込んでは、自ら幽玄な光を放っている。

盤面に巫女装束も厳めしいミコトが、細く白い手を翳していた。

彼女の周囲にはまるで生きているかのように青白い霊気が渦巻き、髪をそよそよと揺らす。

表情は世界の行く末でも見通さんとするかのように、あるいは明日の献立に悩む主婦のごとく真剣そのものだ。


「む、むむむ……!これは……なんと……!」


ミコトの瞳が星辰の盤上に踊る無数の光点……星々の囁きを捉え、カッと見開かれる。

唇がわななと震え、厳粛な雰囲気が最高潮に達したかと思われたその時。


「……ふむ。これは……皆に知らせねばなるまい!緊急事態じゃ!」


ミコトはバッと顔を上げると普段の威厳はどこへやら、やや慌てた様子で月の間を飛び出していった。残された部屋には意味ありげに瞬く星辰の盤と、ひんやりとした夜気だけが漂っていた。


***


翌、早朝。

まだ夜の帳が完全に明けきらぬ薄暗がりの中、ロイたちは叩き起こされ、ミコトの私室の庭先に一列に並ばさせられていた。

眠気を隠せない者、不機嫌さを隠さない者、そもそもまだ半分夢の中にいる者……皆、一様に寝ぼけ眼で、目の前で腕を組み仁王立ちするミコトを見上げている。


「皆には……今この場で、極めて重要なことを話さねばならん」


ミコトの声は低く、夜明け前の冷気を含んで凛と響く。

昨日にも増して深刻さを煮詰めたかのような表情をしていた。

ただならぬ雰囲気に、ピシリ、と空気が凍り付くような錯覚。

ロイたちの背筋は自然と伸び、眠気など彼方の星雲へと吹き飛んでしまった。

ごくり、と誰かが唾を飲む音がやけに大きく響く。


「じ、実はな……昨夜、星辰の盤に……はっきりと出たのじゃ……」


ミコトが苦渋に満ちた表情で言葉を続ける。

一行の緊張は限界点に達しようとしていた。

魔王の新たな動きか?世界の危機を告げる凶兆か?それとも、今日の朝餉がお粥だという悲報か?


「……ごくり。……い、一体何が……出たというのですか、ミコト様……?」


ロイが代表して、震える声で問いかける。


「うむ……それはな……」


ミコトは一度言葉を切り、もったいぶるように天を仰ぎ……満を持して、高らかに宣言した。


「主らの……今日一日における、すぺしゃるな運勢じゃーーーーっ!!!」


ズコォォォォーーーーーーーーッッッ!!!


ミコトの背後になぜか荒れ狂う日本海の如き怒涛がドドドドーッと現れ、ザッパーンと大波が砕け散る幻影が見えたのは、ロイだけではなかったはずだ。ナナミと何故か微動だにしない阿形・吽形を除いた全員が、見事なまでに派手にすっ転げた。

土煙が舞い、そこかしこで呻き声が上がる。


「なんだよぉぉお!!!」


一番派手に転んだナックが、顔中土まみれで悲鳴に近い声を上げる。

他の面々も「なんだぁ、占いかぁ……」「もっとこう、アストリアの存亡に関わるレベルかと……」と、一気に気が抜けた表情で立ち上がり、服の土を払っている。

ミコトのあまりの深刻そうな前振りに、心臓がいくつあっても足りないと本気で思ったのだ。


「このミコトの占いを侮るでないぞ、うつけ者どもが!星々の導きは絶対じゃ!もし、この占いの通りに行動せねば……主らは……」


ミコトは再び表情を引き締め、指をビシッと一行に突きつける。


「想像を絶するほど、とてつもなくアンラッキーな不幸のどん底に叩き落とされることになるのじゃああぁぁぁぁっ!!!」


ゴゴゴゴゴゴゴ……! 再びミコトの背後に、今度は不気味な暗黒星雲が渦巻き、雷鳴が轟く幻影が広がる。

ロイは思わず目をゴシゴシと擦った。疲れているのだろうか。


「では、発表する!一度しか言わぬゆえ、耳の穴かっぽじってよぉぉぉく聞けい!」

ミコトは咳払いを一つすると懐から巻物を取り出し、芝居がかった仕草でそれを広げた。


「まず、ナナミ!主は……今日一日、誰とも会ってはならぬ!一切じゃ!」


発せられた瞬間、ナナミは巫女の前だというのに、ふわぁ~…と大きなあくびを一つ漏らした。

「好都合だわ」とでも言いたげな、清々しいまでの眠たげな表情である。

ミコトがピクリと眉を動かす。


「阿形、吽形。ナナミを『静寂の間』へ連れゆけ。速やかにじゃ」

「「はっ!!」」


返事と同時だった。どこに控えていたのか、黒子のごとき俊敏さで現れた阿形と吽形が、ナナミの両脇をガシッと固める。

「え……私まだ朝ごはん……食べてないのだけれど……」

ナナミの抗議の声は虚しく、あっという間に凧のように軽々と担ぎ上げられ、風のように連れ去られてしまった。

その間、わずか数秒。

あまりの早業に、一行は呆然と見送ることしかできない。


「さて、次じゃ!」

ミコトは少しも動じることなく巻物を読み上げる。

「ナックは今日一日、右回りでしか移動してはいけない!」

「右回りぃ……?それって、つまり……こうだよなぁ?」ナックは試しにその場で右へ、右へと回転してみる。

「うむ。次、ジークは誰かと手を繋いでいないと運気がだだ下がりで急降下じゃ」

「手を……繋ぐ?子どもじゃあるまいし……」ジークは渋面を作った。

「クラリスは今日一日、歌っていないとありとあらゆる幸運を逃すのじゃ」

「歌うだって?僕は吟遊詩人、歌は僕そのもの。そんなことで幸運の女神は微笑んでくれるのかい?」クラリスはくすりと笑う。

「ロイはどんな時もいかなる場合も、丁寧語で話さないと悪いことが起きる」

「丁寧語、ですか。別にそれは苦では……」

ロイが言いかけたその時、足元の小石に気づかず、ドシャッ!

「……ありませぬ……でした……」

土と草の匂いに包まれ、ロイは早くも天を仰いだ。

「シルリアは今日一日、感情を表に出せば出すほど、運という運がうなぎ登りに上がる」

「か、感情を……出す……?」

普段物静かなシルリアは顔面蒼白だ。

「そしてクロエ!万人の心を撫でるのではなく、一人の心にグサッと刺さる“いいこと言う”べし。それを怠れば、不運は倍返しでやってくる!」

「……つまり、口を開くたび、誰かの心に刺さる名言を吐けと……?」

クロエは顎に手を当てて悩ましげに唸った。


こうして、ミコト様プロデュース「今日のあなたのアンラッキー回避大作戦」という名の、壮大なるお騒がせ企画が幕を開けたのである。


朝餉の刻。

食堂へ向かう回廊は早くもカオスと化していた。

ナックは食堂を目指し、壁伝いに右へ右へと進んでいる。

時折、行き過ぎてはまた右回りで戻ってくるため、一向に進む気配がない。

「おーい、ナック!そっちじゃないぞー!」

というジークの声も、右回りの呪縛の前には無力だった。

当のジークは、「僕でいいのなら〜♪」と上機嫌なクラリスと手を繋いでいた。

クラリスは早速、「朝だ朝だ朝だ〜♪ご飯だご飯だご飯だ〜♪」と即興ソングを口ずさみ、ジークの眉間に微妙な皺を刻んでいる。

「おはよう、ござい、ます……!」

ロイは一語一語区切りながら、慎重に挨拶を交わす。壊れかけの絡繰人形のように不自然だった。

シルリアは目の前に広がる奇妙な光景を眺めながら、「あ、あはは……み、みんな、とても……た、楽しそうで、何より……!」

と顔を引きつらせながら無理やり笑顔を作り、クロエは「“朝の混乱は、一日の活力の源”……ってね」と、早速誰の心にも刺さらなそうな名言を呟いては、ミコトの使いの少女に「クロエ様!ミコト様より伝言です!『今の刺さり度、星一つ!』とのことです!」とダメ出しを食らっていた。






昼餉もとうに過ぎた頃、混乱はさらに加速する。

ナックはミコトの屋敷の広大な庭で、巨大な円を描きながら永遠に右回りを続けていた。

「み、右……右とは……もはや哲学……」

と、その目は完全に虚ろ。

時折庭の池に右回りでダイブしそうになるのを、通りかかった護衛に引き上げられていた。

ジークは歌に夢中になったクラリスにいつの間にか手を離されそうになり、慌てて近くにいた目が回ってフラフラのナックの手を掴もうとしたが空振り、その隙にロイに手を伸ばした。

しかし、一瞬の空白が命取りだった。

バサリ、という音と共に、見事な鳥のフンがジークの頭の上に直撃ストライク


「…………」


言葉もなく天を仰ぐジーク。

そして、血相を変えてロイの手をまるで命綱のように掴む。

「……ロイ。絶対に、この手を離すな。いいな、絶対にだ」

有無を言わさず迫り来る形相は鬼気迫るものがあった。




クラリスは鍛錬場であるからくり屋敷に挑みながら、「次はクロエの苦手な下段♪ ヒラリとかわして反撃だ♪ そこだ、ナナミがいつも引っかかる足払い~♪ 注意しないとコケるぞ~♪」

と、相変わらずデリカシーの欠片もない実況ソングを熱唱。

背後では般若の形相のクロエが「クラリス……覚えていなさいよ……!!」とギリギリ歯ぎしりしているのが見えたが、クラリスは「あれ~?なんか怒ってる~?これも幸運の女神の試練かな~♪」と全く意に介していない。


ロイはといえば、「お待ちくだされませ!」と叫んだ拍子に足をもつらせ、危うく井戸に真っ逆さま。


「皆様、どうかご無事でいらっしゃいますように……!」と、今日何度目かの危機を丁寧語で乗り切った。


シルリアは、ロイのその決死のダイブ(未遂)を見て、「わああああああああああっ!!!ろ、ロイがああああああ!!!私、私、心配で胸が張り裂けそううう!!!!」

と、白目を剥いて卒倒しかける大芝居。大袈裟すぎて大根役者のようになってしまっている。


ジークとクラリスに「シルリア、お前……顔、すごいことになってるぞ……」「うん……なんか、感情というよりも……お芝居を見ているような〜♪」とドン引きされていた。

クロエはミコトの使いからの「刺さり度評価」に追い詰められ、「“人生とは、右回りか左回りか、それが問題だ”……ナック、アンタのことよ!」「“鳥のフンも、見方を変えれば幸運の兆し”……ジーク、ポジティブにね!」「“歌は魂の洗濯”……クラリス、でもちょっと静かにしてくれる!?」

と、手当たり次第に名言(という名のツッコミ)を乱射。

一部はもしかしたら誰かの心にグサッときたかもしれないが、大半はただの騒音として処理されていた。


大混乱の中、ナナミはというと……。

ミコトに「静寂の間」と名付けられた(実際はただの物置部屋を急遽片付けただけの)一室に隔離された彼女は、意外にも悠々自適な生活を満喫していた。


ふかふかの布団(阿形がどこからか持ってきた)にくるまり、差し入れられた菓子(吽形がこっそり調達した)を頬張りながら、ごろごろと読書三昧。

なんならご飯も直接運んできてもらえる。

時折、窓の外から聞こえてくる仲間たちの阿鼻叫喚(主にクラリスの歌声とナックの悲鳴)をBGMに、どこか楽しげにしている。

誰にも邪魔されない空間は、彼女にとって至福以外の何物でもなかったらしい。


日はとっぷりと暮れ、ミコトの占いの効力もそろそろ切れようかという頃。


ロイは、数々の災難(主に丁寧語の呪いによるもの)を乗り越え、そっと「静寂の間」の扉を叩いた。

「……ナナミ様、いらっしゃいますでしょうか……?わたくし、ロイでございますが……」

扉がゆっくりと開くと、そこには布団の中でだらけきり、頬に菓子の食べカスをつけた、完璧なまでに堕落したナナミの姿があった。

読みかけの本が顔の上に落ちている。


「ん……? ああ、ロイ……。なにしにきたの? ミコトの言いつけ破る気? あなたも不幸になるわよ?」

寝ぼけ眼をこすりながら、ナナミは少しだけ気だるそうに言う。


ロイは、堕落しきったナナミの姿に苦笑いを浮かべつつ、それでも少しだけホッとしたような、温かい気持ちになっている自分に気づく。

「いえ……もう、今日という日も終わりましたし……。ただ……その……おやすみなさい、とだけ……言いに参りました……」


言い終えると、ロイは少し照れたように頬を掻き、ナナミに背を向けて部屋を後にする。

「……律儀ね」

ナナミは布団を顔まで被り満足げに目を閉じた。

ツクヨの国の、ちょっぴり(いや、かなり)おかしな一日は、こうして静かに幕を下ろしたのだった。

ミコトの占いが本当に当たっていたのか、それともただの偶然だったのか……女神のみぞ知る、である。

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