白蛇の花嫁
多くの人間が畳敷きの大広間に座して、壇上に体を向けている。
その一番最前列に、自分は居た。
壇上には鏡や三方が設置されていて、簡易的な神社のようであった。
ふと、正座する膝のすぐ先に蛇がいることに気付く。
親指ほどの太さの白蛇が、とぐろを巻いて鎌首をもたげている。
こちらを、ぢと凝視してくる瞳は深い緑の色をしていて、ほぅ、これは大層綺麗なものだなと感心する。
見惚れていると、横に座る女が声をかけてきた。
それが私たちの神様です。よく見知ってください。
あなたも私と同じになるのですから。
などと言う。
女は白無垢を身に着けていた。
はっとして自らを見改めると、同じように白い紋付き袴を着ている。
これは私たちの婚儀の場であった。
はて、神様とは。
再び蛇を見ようと視線を戻すと、既に姿を隠してしまっていた。
婚儀……口に出してみて、今更ながら実感が押し寄せてくる。
突然背筋を張られたような心持ちである。
今日この場所を持ってからして、我々は人生を供にする。
命運を結ぶ。
心臓の打刻が激しくなる。
緊張と恐ろしさと興奮が同時にやってきたような感情が身の内に湧き上がる。
大丈夫ですよ。
女の冷たい手がそっと自分の手に重なる。
白無垢から覗き見えるその手は白く冷たく、鱗が光を反射させて仄かに光っていた。
やがて来た神職が巫女を従えて壇上に座る。
緑色の斎服がやはり蛇を想起させる。
招かれて神前にふたりして座す。
神職は大幣を手に取ると、こちらに向き直る。
その時に気づく。
神職は服だけでなく、顔までもが緑色の蜥蜴のようであった。
唖然としてその様を眺めていると、彼が何ごとかを言う。
その言葉が、耳に入り込む前に昇華して消えてしまう。
人外の神職と、無音の祓詞。
眼前の出来事全てが凡そ現実から逸脱している。まるで遠い世界の出来事のよう。
それは夢を見ていながら、眠りに落ちる寸前の感覚に似ていた。
浮遊感と落下感を同時に味わいながら、すぅと自分の意識が落ちていくのを感じていた。
気が付けば、そこは自分側の親族の控室であった。
ひとつ上の兄がすぐ傍で本を読んでいる。
「あれは何だったのだ」
問うと、彼は目線を上げることもせずに、良い式だったと答える。
あの神職は……そう言いかけて違和感に気づく。
式は無事に終わったのか……? あの神職は他人には一体どう見えていたのだ?
左手に嵌められた指輪の違和感を思いながら、花嫁を探す。
彼女ならば、この問いにも答えてくれるだろう。
花嫁の控室を訪ねると、彼女は今庭園にいると言われる。
案内されて庭園に出ると、小川を挟んで向こう側に小さな祠がある。
その前で、既に着替えを済ませ白いワンピース姿になった彼女が手を合わせていた。
無言でその左側に立ち、同じように手を合わせる。
何事を祈ろうかと思案して、すぐに決まる。
目を瞑り祈っていると、合掌した手に彼女の手のひらが重ねられる。
血の通っていないと錯覚させるほど冷たい手が、自分から体温を奪っていく。
「何をそんなにお祈りしているのです?」
僅かに緑を秘めた黒い瞳が、こちらの目を覗き込む。
秘密だよと答え、指を絡めて彼女を抱き寄せた。
「いいですよ。神様に直接聞きますから」
彼女が意地の悪い笑みを浮かべた。
そんな彼女に、あの式は一体どういうことだったのかと問う。
「皆見えるものは違うのです。
これで心置きなく、こちら側に来られるでしょう?」
花嫁が優しく笑う。
その唇から、細くて可愛らしい舌がチラリと垣間見えた。
いつの間に姿を現していたのか、祠には先ほどの白蛇がとぐろを巻いている。
神様が、愛らしい仕草で首を傾げていた。




