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第一話 決別。そして出会い

だいぶ間が空いてしまいました。

今回の話も楽しんでいただけたなら幸いです。

 レンガ造りの建物が立ち並ぶ郊外。壁には落書きや、穴が空いていたり、ガムが付いていたりなど、清潔感の欠片もない場所であった。人々は、皆ボロボロになった穴だらけの服を着て、ある者は地面で、ある者はベンチの上で、ある者は電柱に寄りかかって寝ている。蠅がたかったていたり、カラスに啄まれている者がいても、だれも気にする素振りすら見せなかった。

そんな郊外のある家のドアが開いていた。他の家と比べると、明らかに綺麗な佇まいの家だ。周りにいる人々も、その家だけは避けているようで、その周辺だけ、ぽっかりと穴が空いているようだった。そんな家の中から小さな影が飛び出してきた。

 飛び出してきた影の正体は、年端も行かない少女である。着ている服は所々穴が空いており、くすんだ白髪の毛はぼさぼさで、顔や服の隙間から見える肌には、青くなった箇所や、赤く線が走ったりしている。普通の街ならば明らかに、異常な姿である。だが、この街でそれを気に掛ける者はいなかった。皆が皆、日々を生きるのに精いっぱいであるからだ。

 少女は、目をまん丸に開いて、その景色を眺めていた。一歩前に足を踏み出したが、足元にあるボトルを踏み抜き、階段から転がり落ちていく。

「ぅう……。」とうめき声を上げ、両手を地面に付き、ゆっくりと立ち上がった。頭を擦りむいたのか、おでこのあたりかあら血を流している。その様子を見ていた一人の老人が、「だいじょうぶかい?」と声をかけた。パーマをかけたようにくるくると渦を巻いた髪の毛と、口に蓄えた立派な髭。体は枯れ枝のように細く、容易く折れてしまいそうな印象を受ける。

「……?」

少女は首を傾げる。老人は少女に近づいた。老人が、少女の顔に触れようとした時、少女はぎゅっと目を瞑った。何かに怯える様に、カタカタと体を揺らしている。老人は、自分の着ている服の端をビリビリと破くと、少女の頭にその布を優しく、巻いてあげた。

「はい。これで大丈夫。」と優しく、包み込むように老人は少女に告げた。少女は恐る恐るといった様子で目を開け、自身の頭に巻いている布を触った。

「ごめんね。こんな街でなければ、ちゃんと治療できるんだけどね……情けない大人でごめんね。」

 老人の目は、少女に向けられているはずなのに、少女というフィルターを通して別のものを見ていた。老人の口から出た言葉は、懺悔する様に、自分を責めている様にも聞こえる。少女には老人が深く悲しんでいるのが分かった。だから母が泣いている自分にしてくれたように、ゆっくりと、老人の頭に手を置いて、優しくその髪を撫でてあげた。

「……ありがとう、ありがとう!」

 老人は優しく少女を抱きしめた。頬から伝っていく涙が、キラキラ煌めいて、地面に落ちていく。

「……おい、何してんだよぉ!」

 ゴン、と硬い音が響いた。少女を抱きしめいていた老人の体が、力なく地面に転がる。

「誰が外に出て良いって言ったよ。なあ、誰だ?お前にそんなことを言ったのは。」

 赤い染みがアスファルトの上を侵食していく。老人はうめき声を上げ、その場に蹲った。

「おら、早く帰るぞ。」

 男は少女の手をつかむと、強引に引っ張る。きつく握りしめられていて、少女の顔が僅かに歪んだ。このまま少女は男に連れられて家に引きずり込まれるのだろう。しかし、男は足を止めた。男の視線は自分の足元に向けられている。

「離せや、爺さん。短い人生だが、自分から死ぬことたあねぇだろう?」

 その見た目とは裏腹に信じられないほど強く男の足首を握りしめている。男の顔が僅かに歪んでいく。

「そうかよ。そんなに死にたきゃそうしてやる!!」

 男が拳を振りかぶる。振りかぶった拳には銀色のごつごつとした物が嵌められていた。

「きみ、逃げなさい。」

 ごっ、ごっ、と規則的に音が響く。殴られているのに、老人はなんでもなさそうに少女に語り掛ける。

「わたしは、もうだめだ。この男は、私が抑える。だから――」

 老人は大きく息を吸い込んだ。

「早くいけええええええええぇぇぇぇ!!!!!」

 まるで大型の肉食獣の咆哮である。その場にいた全員が体を硬直させた。しかし、少女はその声を聴き、走り出した。煌めく星を落としながら。

「てめえ、待ちやがれ!!」

 男は少女を追いかけようとする。しかし、足元の老人が邪魔で前に進めないようだった。

「この野郎!離せやこのボケ!!」

 男は老人を殴り続けた。


 少女は孤独に走り続ける。あの老人が自分のために体を張ってくれたのだということを理解しているのだろう。足を縺れさせ、転んでしまう。膝を強く打ち付け、瞳からうるうるとあふれ出しそうになるのを堪えて立ち上がった。

「ゥゥゥウウ……ワウ!」

 黒く、巨大な体をもち、口から除く牙は人間のものとは違い、鋭く尖っていた。ねばねばと滴る液体が、地面に染みを作っていく。それは、オオカミのように凶悪な顔をした、狼犬であった。狼犬は少女に勢いよく飛び掛かっていった。

「ぅぁああああ!!!」

 少女は叫びながら、両手をクロスさせる。狼犬は少女の腕に噛み付き、その牙を真っ赤に染めていく。

「ああ、ぅあああ!!やああああああ!!!」

 少女は必死に腕を前に突き出そうとする。しかし、抵抗虚しく少女は容易く押し倒される。狼犬は少女の肩に噛み付き、少女は抵抗するのをやめた。少女は、自分がもう助からないことを悟った。このまま、抵抗しても苦しいだけだ。だから、もう抵抗するのはやめてしまおうと思ったのだ。

――せめて、この子の糧になれますように。

 少女はただそれだけを願って、瞳を閉じた。

「キャウン⁉」

 甲高い叫び声が響くと同時に少女は自分の体から圧迫感が消えたのに気付いた。

「おい、駄犬。人に噛み付くなって教わらなかったのか?」

 少女と狼犬の間に、黒い外套を纏った何者かが立っていた。顔はフードを被っているため、よく見えない。体格も、外套が覆い隠している。男というには高いような、けれど、女性というには声が低い。声だけで性別を判別できない。

「去れ……!」

 フードから覗く瞳は、剣呑な雰囲気を宿し、狼犬は後ずさりをする。狼犬はいままで感じたことのない、全身の毛が逆撫でされるような感覚に困惑した。やがてそれは、凍り付いて動けなくなってしまったかのような冷たい感覚に変わっていった。早く、この場を去らなければ。そう思うのに体は思うように動いてくれない。カランコロン。音が狼犬の鼓膜に届いた瞬間、凍り付いた体が嘘のように動き、身を翻して去っていった。

「おい、お前。」

 少女はびくりと肩を揺らす。外套の人はゆっくり少女のほうに振り返った。

「あ……。」

 フードの先に覗く瞳は、まるで森林のような深い緑であった。

 ふらりと倒れ、少女は動かなくなった。よく見ると、体が上下しているのが分かる。どうやら、眠っているだけのようだった。

「……。」

 外套の人は、乱暴な言葉遣いからは考えられないほど、優しく、丁寧に、陶磁器人形でも抱き上げるかのように少女の体を抱き上げた。



先に書いておくべきでしたが、作者は亀更新です。それでも続きを楽しみにして頂けるなら、次の話も期待せずにゆっくりと待って下さい。

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