推しの公爵令息を幸せにするために悪役令嬢になってみました。
「遂にエミリアがぼくの告白を受け入れてくれて、ぼく達は両思いになれたんです! これも全部全部、お姉様のお陰です」
傾きかけた太陽の陽射しが、たった2人しかいない放課後の空き教室に差し込む。黄金色の西陽に照らしだされたオットーの頬はいつもよりも紅潮している。それはきっと、単なる西陽のせいではないだろう。
――無理もないよね、だってオットーは2年も前からずっと、このゲームのヒロインであるエミリアに思いを寄せていたんだもん。そしてわたしは『推し』のオットーが主人公と付き合うことを、彼の一番の友人キャラとして、このゲームの悪役令嬢としてサポートしてきた。推しには世界中の誰よりも幸せになってほしかったから。だからこれは、めでたしめでたし、のはず。
そのはずなのに。なぜか、もうこんな風にオットーから恋愛相談を受けることがないんだ、と思うと、なんとも言えないもの寂しさが込み上げてくる。
その感情に気づかないフリをして、わたしはオットーに向かって悪役令嬢らしい、意地悪な笑みを投げかける。それが、二年間『友人』として一緒に居続けたわたし達のコミュニケーションの取り方だったから。
「へえ、良かったじゃないですの。せいぜいエミリアに幻滅されないようにこれからも努力し続けることですわ。乙女の心は移ろいやすいのですから」
そんなわたしの言葉に、オットーは気分を害するどころか微笑を浮かべて答えてくれる。
「全く、お姉様は最後まで素直じゃありませんね。ほんとはぼくの将来を心配してくれてるのに。お姉様の最後のアドバイス、胸に刻みます」
その時のわたしは、ちゃんといつも通りの笑顔を作れてただろうか。
◇◇◇
子供の頃から、わたしはなぜか主人公よりも『脇役』の方に惹かれることが多かった。
兄の影響で見ていた戦隊ものも必ずレッドよりもブルーの方が好きになったし、中学の時に読んでたスポーツ漫画では絶対に主人公に勝つことのないライバルキャラの方をいつも応援してた。
そんなわたしにとって、乙女ゲーム『クラリディア・クエスト』の推しキャラクターは、メインの攻略対象である第二王子――であるはずもなく。
どの攻略対象よりもおどおどしてて内向的で、よっぽど慎重にプレイしないとすぐに他の攻略対象にヒロインを取られてしまう。そんな不憫系公爵令息のオットーに出会った瞬間から、わたしは彼に一目惚れしてしまった。いや、一目惚れというのとは違うのかも。心の底から彼のことを推したい、応援したい、って思った。もしわたしがゲームの中に転生したら絶対にオットーはメインヒロインと両思いになるようにサポートして、幸せにさせてあげるんだ! って息巻いてたことは、今でも鮮明に思い出せる。そして。
不慮の事故であっさりと死んだ後。わたしは何の因果か、本当に乙女ゲーム『クラリディア・クエスト』の世界に転生してしまった。よくある異世界転生モノの小説よろしく、ゲームに登場する悪役令嬢のカタリナ=ブーケとして。
そんなわたしはゲームのシナリオ通りに、16歳になると貴族たちの通う学園に進学し、オットーのクラスメイトとなった。そして本物のオットーを目にした瞬間。前世からずっと秘めていたわたしの感情はすぐに爆発してしまった。
原作ゲーム通り、どの攻略対象よりも早くヒロインのエミリアに淡い恋心を抱いていたのはオットーだった。けれど、奥手な彼はなかなかその気持ちを伝えられない。そんな彼がいじらしくて、他の攻略対象に先を越されてほしくなくて、ただのクラスメイトとして見ているだけではもどかしかった。だから学校に入学してから3ヶ月が経とうとしたある日の放課後。わたしはオットーを半ば無理やり空き教室に呼び出してこう宣言した。
「あなた、エミリアさんのことが好きよね? ――その恋、わたしが成就させてあげる。あなた達を絶対に両思いにして、最高のハッピーエンドに導いてみせる」
それから。わたしは宣言通り、前世でのゲーム知識と悪役令嬢という立場をフルに活用して、『推し』を勝たせるために奔走した。
まず、定期的に放課後のがらんとした教室にオットーを呼び出してはどうやったらエミリアがときめくか、どんなことをされると女の子は嬉しいかを徹底的にレクチャーした。また、ゲームでのオットールートにあったエミリアとの距離を縮めるためのイベントや舞台を起こすために、裏で色々と工作したりもした。
それと同時に。他の攻略対象とエミリアが親密度を上げるイベントを、わたしは全て先回りしては、悪役令嬢と言う立場を悪用して傍若無人に台無しにしていった。
メインの攻略対象である第二王子がエミリアに興味を持ってお茶会に誘うはずのシーンでは「あら殿下、そんな庶民とお茶をしたりなんてしたらせっかくの紅茶が不味くなってしまいますわ。それよりも公爵令嬢であるわ・た・しと! 殿下はお茶会をする予定でしたよね?」と、エミリアを貶して、ちゃっかり王子と二人きりのお茶会をしてみたり。
街でナンパに絡まれそうになったエミリアを攻略対象が助けるはずのシーンでは、来るはずだった攻略対象が来るよりも先にエミリアの手を引いて助け出したり。他の攻略対象とエミリアの間に立ちそうなフラグはわたしが悉くへし折っていった。
そんな押しかけ友人キャラとでも言うべきわたしの存在に、オットーは最初は警戒し、戸惑っていたようだった。でも、わたしのサポートによって着実にエミリアとの距離を縮めていくうちに、オットーはわたしのことを信頼してくれるようになった。
そしていつからかオットーはわたしのことを『お姉様』なんて呼ぶようになった。そう呼ばれることはちょっとくすぐったい。けれど、推しを幸せにするために奔走する時間が、オットーとエミリアに振り向いてもらうための作戦会議をしている時間が、わたしは自分で思っている以上に好きだったみたい。だからだろうか。
わたしがオットーの恋路を助けるようになってから2年後。ゲームのオットールートをなぞる形で、わたしの『推し』であるオットーとゲームのヒロインであるエミリアがめでたく結ばれた時。わたしは達成感以上に、なんとも言えない喪失感に襲われた。
転生して記憶を取り戻して以来、ずっと見たかったはずの推しの幸せな表情。このハッピーエンドを目指して、ヒロインや他の攻略対象の幸せを踏み躙ってまで2年間走り続けてきた。なのに、ハッピーエンドに辿り着いた瞬間にわたしは寂しさを感じてしまった。そんな心に開いた穴は、オットーとエミリアが付き合い始めてから1週間経った今でも、塞がってくれない。
そして今日も。放課後、わたしの足は自然とオットーと二人きりで作戦会議を開いていた空き教室へと向いてしまった。あの2人で過ごした楽しい日々の影を追って。でももちろん、いくら待ってたところでエミリアと付き合い始めたオットーがこんなところにやってくるわけもない。頭ではわかってる。わかってるのに。
――なに期待してるんだろ、わたし。
自分で自分が惨めになってため息が出る。
「それにしても、わたしってこれからどうなっちゃうんだろ。オットーとエミリアをくっ付けるためにかなりやんちゃしちゃったからなぁ。第二王子の恋路を邪魔した罪で死刑! なんてなっちゃうかも。悪役令嬢のカタリナならあり得るんだよねぇ」
沈んだ気持ちを切り替えたくて、わたしは努めて明るい声でそう独り言を言ってみる。
「まあ、オットールートだとそもそも奥手なオットーとの関係をカタリナが邪魔できるような場面が殆どないから、他の攻略対象のルートと比べてカタリナの断罪シーンが殆ど描かれていないけど。だとしたらここからは先はわたしも知らない物語、ってことか。ちょっとかっこいいかも」
無理やり絞り出した空元気な声は自分でもどこか滑稽に聞こえて、余計に空しくなるだけだった。
「……そろそろ帰ろ」
そう言って立ち上がろうとしたその時だった。
「それでは、私の恋路を邪魔した罪で断罪されたくなかったら、今からお茶会に付き合ってもらおうかな」
背後から悪戯っぽい声で言われ、わたしははっと息を飲む。振り向くとそこにはリーフフェルト殿下――この国の第二王子にして、原作ゲームのメイン攻略対象――が立っていた。そして彼こそが、わたしがこの2年間でエミリアとくっつくために最もしつこく絡んだ男の子だったりする。全てはオットーを勝たせるために。
リーフフェルト殿下がエミリアがいい雰囲気になりそうになると、わたしは必ず間に入ってエミリアのことを貶した。そしてリーフフェルト殿下がエミリアのことを意識する暇がないくらい、わたしはしつこく殿下のことをデートやお茶会に誘っていた。
その結果、殿下とエミリアの間には全くといって恋愛フラグが立たなかった訳だけれど……そんな殿下はさぞ、自分勝手な悪役令嬢のわたしのことを疎ましく思ってるだろう。断罪してこてんぱんにやっつけたい程度には。
そうわかっていたから、リーフフェルト殿下を見た瞬間、わたしの体は自然と強張る。そんなわたしを見て、殿下は肩をすくめる。
「そんなに警戒しないでほしいな。今のはただのジョークだよ。直接的に可憐でレディを放課後のお茶会に誘う意気地なしの照れ隠しの。本当に断罪する気はないし、そもそもそんな罪はこの国の刑法典にはないよ」
そこまで言われても、わたしの緊張は簡単には解けない。
「……わたしなんかとお茶会したいなんて、いったい何が目的なんですか。殿下はわたしのことを疎ましく思っていこそすれ、わざわざ好き好んでお茶会に招くような相手でもないでしょう。自分で言うのもアレですけどわたし、性悪な貴族令嬢ですよ?」
わたしの言葉に殿下は一瞬だけむすっとした表情になって、でもすぐに元に戻って言葉を続ける。
「何を言ってるんだい。少し前までは君の方からあんなに誘ってきてくれたじゃないか。私が誘っていたのはエミリアだった時でもお構いなしに」
「だから余計に理解できないんですよ。だってわたしは――殿下が思いを寄せていたエミリア嬢と殿下を引き離そうと、ずっと邪魔してきたんですよ?」
予想していなかった状況についテンパって、思っていることがそのまま口から漏れ出る。そんなわたしの言葉に、殿下は一瞬、訳が分からないとでも言いたげに目を丸くした。それから。
「はっはっは、カタリナ嬢は面白いことを言うね」
となぜか吹き出した。
「確かに私がエミリア嬢に興味を持っていた時期があったのは事実だよ。彼女には類まれなる魔法の才能があるからね。でも、今はエミリア嬢に対して私は何の感情も持ち合わせてないよ。そんなことよりも今は、一人放課後の教室で物憂げに黄昏てる可憐なレディの方が興味があるな」
そう言いながらわたしを見据える殿下のコバルトブルーの瞳には一切の曇りがなかった。きっと殿下のこの言葉に嘘はない。そして、ゲームのメイン攻略対象を張るほどの美貌を持つ殿下にそんな真剣な目で見つめられると、いくらオットー推しのわたしでも少しドギマギしてしまう。
――って、何リーフフェルト殿下にときめきかけちゃってるの、わたし。それは絶対に許されないでしょ。だってわたしがリーフフェルト殿下のことを意識しちゃったら、これまでわたしがエミリアや殿下に対して行ってきたのはわたしが殿下を独占したいからやった、みたいになっちゃうじゃん。そうなったらわたし、正真正銘の性悪な悪役令嬢だよ……。
そう思って生まれかけた感情を必死になかったことにしようとする。でも殿下はそんなわたしの努力を知ってか知らずか、なおも優しい言葉をかけ続ける。
「だから、もし私でよければ寂しそうにしてる君の隣に居させてもらえないかな。今の君はあまりにも哀しげで見てられないから」
――やめてよ、これ以上わたしに優しくしないでよ! そんなことされたら勘違いして、本当にあなたのことが好きになっちゃうじゃん。そうしたらわたしは本物の性悪な悪役令嬢になって、一生自分で自分のことを許せなくなる。
耐えきれなくなったわたしは。殿下のことを振り切ってその場から逃げ出しちゃった。
◇◇◇
俯いたまま走っていたからだろう。わたしは廊下でドスン、と誰かとぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ前を見て歩いていなくてごめんな……って、カタリナ様じゃないですか!」
わたしのことに気づいた途端。ぶつかった相手は向日葵の花が咲いたかのように、ぱぁっと顔を明るくする。見るとわたしがぶつかった相手はこのゲームのヒロイン・エミリアだった。そんな彼女とは対照的に、わたしの顔からは血の気が失せていく。
――よりにもよってこのタイミングでエミリアとぶつかっちゃうとか、最悪。というか、なんでさんざん自分のことを虐めてきたわたしと会ってこの子はこんなにニコニコしてるの? エミリアってマゾだったの?
そんな疑問が頭を掠めたけれど、ぐっと飲み込む。オットーとエミリアが両思いになった今、不必要にエミリアを貶めるような悪役令嬢ムーブなんてするメリットがないから。
「今日はオットーと一緒じゃないのね」
「はい。オットー様は今日は用事があるようで早く寮に帰られてしまって。あたしは暫く校内でだらだらしてたんですけど……その結果、カタリナ様とお会いできるなんて。あたし、ツイてますね!」
訳のわからないエミリアの言葉にわたしは若干引く。そんなわたしにお構いなしに、エミリアは言葉を続ける。
「カタリナ様にはずっとお礼を言いたいと思ってたんです。カタリナ様は平民階級出身だったところからいきなり王都の貴族学校に推薦入学して、右も左もわからなかったあたしに、厳しいながらもいろいろと教えてくれましたよね。そして、貴族学校の怖いご令嬢や都会の変な男の人から護ってくれました」
――それは勘違いだよ。他の攻略対象にエミリアを助けさせたくないから、先回りしてわたしがエミリアを助けてたことがあっただけ。あなたのことなんてこれっぽっちも思ってたわけじゃ、ない。
そう思ったけど、口には出せなかった。本当のことを口にしてエミリアに糾弾されるのが怖かったから。
「何より、オットー様とあたしが今お付き合いできてるのって、カタリナ様のお陰ですよね?」
エミリアの言葉にわたしの中に衝撃が走る。
「どうしてそれを……オットーが話したの?」
震えた声で尋ねたわたしの質問に、エミリアはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。ただ、見てたりいろんな話を聞いてたらわかりますよ。あたしがオットー様とお付き合いできるように、いろんなところであたし達が仲良くなれるようにカタリナ様が色々と動いてくれてたんだ、って」
――そんなにわかりやすかったんだ、わたし。じゃあ、もう何を隠しても意味ないかも。
その瞬間。わたしの中でぷつん、と何かが切れて、投げやりな言葉が口から溢れ出てしまう。
「……迷惑だったよね。あなたはきっと、リーフフェルト殿下とがお似合いだったんだもん。確かにわたしがオットーとあなたをくっ付けようとしていたのは確かだよ。自分自身のこと以上に、オットーに幸せになってほしかったから。だけど、それは同時に、あなたが殿下たち他の男の子と付き合う可能性の芽を摘んだことでもあった」
半ば自棄になったわたしの言葉に暫くエミリアは呆気に取られていた。それから、エミリアの顔は段々と達磨のように赤くなっていき――
「か、勝手にあたしの気持ちを決めないでください!」
と、普段の彼女からは想像ができないほど大きな声で言う。そんな彼女に気押されてわたしはつい、口を噤んでしまう。
「確かにあたしがオットー様とお付き合いする、というのは、言いようによっては他の男の人と付き合う可能性を捨てることなのかもしれません。そして一般的には、王太子殿下とのお付き合いは女の子にとって一番の夢なんでしょう。でも! そんな『一般』とあたしを一緒にしないでください! あたしは、あたしがオットー様と付き合いたいから付き合ってるんです。なのに、他の男の子と付き合った方が幸せだったかも、なんて、そんなこと言わないでください。いくらカタリナ様でも、それ以上そんなことを言うと怒りますよ!」
すごい剣幕でそう言われて、わたしはようやく気付いた。
これまで、ゲームのヒロインはメイン攻略対象と付き合うのがヒロインにとっての一番のハッピーエンドで、幸せだと思っていた。なぜならゲームでは往々にしてメイン攻略対象と付き合い始めることがtrueエンドだとかグランドフィナーレだとか言われるから。
でもこれはゲームじゃなくて現実の世界。エミリアだって血の通った人間で、エミリアにとって必ずしもメイン攻略対象である殿下と付き合うのが一番の幸せとは限らない。それを決めるのは世界でも、ましてやわたしでもなくって、エミリア自身。
そんな当たり前のことにわたしは言われるまで気づかなかった。気づかなくて、勝手に殿下と結ばれた方が幸せだったんだろうな、なんて思い込んで一人で罪悪感を感じてしまっていた。でもそれは、わたしの独りよがりだった。その考えを押し付ける方がよっぽどエミリアにとって失礼だ。
「そうだね、今のは失言だった。ごめん。……ちなみに、エミリアはオットーのどんなところが好きなの?」
わたしがそう尋ねると。エミリアは相合を崩して語り始める。
「そうですね。オットー様は控えめなお方だから、平民出身のわたしでも他の貴族令息の方より話しやすいんですよね。オットー様はあたしの話をいつも楽しそうに真剣に聞いてくれて、いつでもあたしのことを気遣ってくれて……。なんでカタリナ様があたしとリーフフェルト殿下がお似合いだなんて思ったのかわかりませんけど、殿下じゃこうはいきませんよ。あたしが萎縮しちゃって、息が詰まっちゃう」
そう惚気る彼女は本当に幸せそうで、わたしは確信する。ああ、エミリアは本当にオットーのことが好きなんだな、って。だとしたら、この世界でのエミリアはゲームとしてはtrueエンドを迎えなかったかもしれないけれど、間違いなく『正解』だ。なぜなら、人生の主人公であるエミリアが自分で選び、納得してるんだから。
そう思えると、少し心が軽くなった気がした。
「だから。あたしは、あたしとオットーを引き合わせてくれたカタリナ様に感謝してるんです。それに、リーフフェルト殿下のことを言うなら、あたしなんかよりカタリナ様の方がよっぽどお似合いだと思いますよ」
「へっ?」
予想だにしていなかったエミリアの言葉に、わたしは変な声を出してしまう。そんなわたしのことを上目遣いで見つめながら、エミリアは言葉を続ける。
「現に殿下はカタリナ様にその気がありそうですし、お2人とも平民のわたしに優しくしてくれて、すごくお似合いだと思います。それじゃあカタリナ様。またお話ししましょ」
そう言って満面のヒロインスマイルを投げつけて、エミリアは去っていく。さすがは多くの攻略対象を落としていくヒロイン。暴力並みに可愛いい。
そんな彼女のヒロインスマイルをもろに喰らったわたしは、暫くその場で立ち尽くしていた。エミリアから言われたことがあまりにも衝撃的すぎたから。
と、その時。
「ようやく追いついた……」
息を切らした殿下がわたしのところへとやってくる。殿下の登場に、今度はすぐに逃げ出そうとは思わなかった。
「ごめんなさい、さっきは話の途中で逃げ出しちゃったりして」
わたしが頭を下げると。殿下は慌てたように
「いや、私の方こそ軽率だったよ。いきなり君の隣に居させてくれ、だなんて驚いただろう?」
と言ってきたので、わたしは小さくうなづいた。
「ときに殿下。殿下は寂しそうにしてる女の子ーーうんうん、女の子に限らないかもしれません。今のわたしみたいにひとりぼっちで寂しそうにしている人がいたら、『隣に居させてほしい』なんて優しい言葉をかけてくれるんですか?」
『殿下がわたしにその気がある』――エミリアの言葉が気になって、わたしはつい聞いてしまう。
「それは……」
わたしの問いに殿下は一瞬口ごもる。でもすぐに。
「誰であっても声はかけたと思うよ。王族として困っている人がいたら放って置けない性分だから。でも、正直に言うとさっきカタリナ嬢に声をかけたのは純粋な思いやりの感情だけからじゃなくて、邪な気持ちも混ざっていたのは事実。これをきっかけにもっと君と仲良くなりたい、できれば君を私のものにしたい。そう思っている自分がいたのも事実だよ。私はずっと前から君のことを異性として意識してしまっていたから」
「!」
ほんの数分前に事前にエミリアから聞いていたとはいえ、実際に王族からそう言われると俄かには信じがたくなってくる。
「……わたしなんかのどこがいいんですか? さっきも言いましたけど、わたしは性悪で」
言いかけた瞬間。殿下は不満そうに頬を膨らませたかと思うと、いきなりわたしに顔を近づけてきて、そして――。
唇に厚くて柔らかいものが押し付けられて、わたしの意識は一瞬飛びかける。数秒遅れで殿下に口づけされてるのだ、と脳が理解する。
「ぷはっ! い、いきなり何するんですか⁉︎ 一国の王太子が公衆の場で、まだ付き合ってもいない女の子の唇を奪うなんて! しかもわたし、ファーストキスだったんですよ!」
必死に抗議するわたしだけど殿下は悪びれた様子もなく、子供のように膨れっ面のまま
「仕方ないだろ。他ならない君自身が私の大好きになってしまったものを貶そうとするんだから。そんな悲しい自虐は聞きたくないから、黙らせるにはああするしかなかったんだ」
と言ってくる。
「だから一体わたしのどこがそんなに」
「君がエミリアの代わりに強引に誘ってきた二人きりのお茶会やデートで、他の令嬢では気づかない細やかな気遣いをしてくれたこと」
「……」
不意打ちで褒められてわたしは口を噤んでしまう。
「お茶会やデートの時に君がしてくれた深い教養に基づいた話。君の話は他のどんな貴族令嬢よりも聞いていて楽しかった。そんな君の聡明なところ」
「……」
「そして口では意地悪なことを色々言いながらもエミリア嬢が本当に令嬢に虐められかけられたり王都を歩いている時にへんなやつに絡まれた時は、いつも真っ先にエミリア嬢を助けた果敢さ。身分の違う相手も見下すのではなく対等に向き合いつつも常に気にかけ、ノブレスとして教え導けるところは教え導こうとするその高潔さ。そんなところに私は惹かれたんだ」
「……お言葉ですが殿下、それは」
全てはオットーとエミリアを付き合わせる、という裏心があってやってきたことを過大評価されるのに耐えきれなくてわたしは思わず口を挟もうとしてしまう。けれどそれは殿下の言葉によって遮られる。
「薄々は分かってる。きっとそれは君の大切な親友であるオットーをエミリア嬢と結ばせることと何らかの関係があったんだろう? そのような理由があったとしても、エミリア嬢を助け私に興味を抱かせたのは確かに君が積み上げてきたものだ。それは偽物でも何でもない。だから、胸を張って自分の功績としていいんだよ」
『確かに私が積み上げてきたもの』。殿下のその言葉に、わたしの頬を温かいものが伝わる。
「それに、あそこまで友の恋を応援できる君の一途な姿勢にも私は強く惹かれたんだよ。そんな一途な思いを自分に向けてくれたらどんなに幸せだろう、ってね。そして気づけば、私の頭は君のことでいっぱいで、君のことを考えずにはいられなくなってしまったんだ。ここまで言っても、私の気持ちは信じてもらえないかい?」
少し不安そうにコバルトブルーの瞳を揺らす殿下に、わたしは精一杯首を横に振る。今声を出すとうれし涙で絶対に嗚咽交じりの声になってしまいそうだから。それだけ、わたしのこの2年間を肯定してくれる人がいたことが嬉しかった。殿下に『好き』って言ってもらえて嬉しかった。
「だから、改めて言わせてもらう」
そう言って殿下はわたしの前に跪いて右手を差し出してくる。
「カタリナ嬢、どうか私と婚約していただけませんか?」
「……はい、こちらこそ、末永くお願いします」
こうして。悪役令嬢だったはずのわたしは、ゲームのメイン攻略対象だったはずのリーフフェルト殿下とお付き合いすることになったのでした。
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