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episode77 月軌道離脱

 


 シャーリーが風呂から上がった後、食事も終えて就寝する時間となった。


 クラリス様はベッドルームまで用意してくれていて、そのベッドもふかふかのふわふわ。


 快眠は約束されたようなものだったのだが――



「……寝れない」



 ――俺は寝付けなくなっていた。


 こんなに快適な空間を提供してもらっているのに、堪能できないとは……


 何度も寝返りをうったが眠りにつけそうなポジションを見つけられない。


 クラリス様からあんなこと言われたあとでぐっすり眠れてもそれはそれでどうなのかとも思うけど。


 どうしたもんかと考えていたら、扉が軽く叩かれた。



「アーサー? シャーリーだけど、もう寝ちゃった?」


「シャーリー? どうしたんだ?」



 叩いた主はシャーリーだった。


 ベッドルームは個別で用意してくれていたから、もう寝たものだと思ってたんだけど、なんの用だろうか。



「……入っていい?」


「? わかった。今開ける」



 ベッドから起きて、自動ドアのロックを外して開く。


 シャーリーの腕には枕が抱かれているが、何故に?


 と俺が首を傾げているとスタスタとベッドまで進み、俺の枕の横に抱いていた枕を置いた。


 ……えっ? 一緒に寝る気?



「ほら、突っ立ってないでこっち来なさいよ」



 さっきまで俺が横になっていた場所をポンポンと叩いて促してきた。



「お前……俺が男だってわかってるか?」


「何を当たり前のことを聞いてるのよ。いいから来なさい」



 こいつ、同衾することは平気なのか?


 ……いや違うわ。顔見たら真っ赤だ。


 恥ずかしがるならなんでこんなことすんだ?



「じゃあ……」



 俺も覚悟を決めてベッドに入る。


 シャーリーと床を共にしてなんとも思わない……なんてことはない。


 正直こんな体験は初めてだ。


 結構ドキドキするもんだな。


 ……伝わったりしないよな?



「アーサー……なんかあった?」


「んっ?」



 とぼけてみせる。



「私がお風呂に入ってる間になにかあったでしょ。あなた、明らかに落ち込んでたもの」


「……よく見てるな」



 何事もなかったように振る舞ったつもりだが、下手だったようだ。


 簡単に見抜かれてる。


 で、その後に続く言葉は当然――



「何があったの?」



 ――この質問が出てくるよな。



「……」



 言おうか、言いまいか逡巡する。


 そして何十分……もしかしたら数分だったかもしれないが、俺にとってはかなりの時間に感じた時間をかけて出た返事を口にした



「……ちょっとショックなことを言われてさ。それで悩んでたんだよ」


「ショックなことってなに?」


「ん〜……技術的なこと。それをなんとかできないかなって思っててさ」


「それって南極にある宇宙船に関すること?」


「そうそう。神様の世界の技術だからな……今ある技術でどこまでカバーできるかなって」


「そう……しかも宇宙船があるのが南極だから、部品を運んだりするのも一苦労よね」


「そうなんだよ」



 ――嘘だ。


 今言ったことは口から出まかせの嘘。


 俺自身がまだ整理しきれていないから話してもちゃんと伝わらない。


 まずは自分自身で考えてみよう。


 俺がこれからどうしたいのかを。










 ◆










 ひとまずは、自分自身で考えをまとめようと思った俺はそれからは快眠とはいかずとも眠ることができた。


 ……いや、考えすぎて眠れなかったとかじゃなくて純粋に横で美少女寝てたら緊張もするさ。


 男の子だもの。



「お世話になりました、クラリス様」


「私こそ、久しぶりに人と話せて楽しかったわ」



 今日は月離脱の日。


 ということで、クラリス様に挨拶しているシャーリーだが、コイツは快眠だったようだ。


 コイツは俺が横に居たというのにぐっすり眠れるのか。


 なんか悔しい。



「アーサー君も。(ここ)まで来てくれてありがとう」


「いえ、ここまで来れたのは皆のおかげですから」



 握手を交わしていると、クラリス様の目線が俺の手元にあるエンジンコアに向けられた。



「……あなたには苦労をかけるわね」


「……気になさらないでください」



 俺がそう言うと、クラリス様がそっと抱きしめてくれた。



「あなたに、神の加護があらんことを」


「あなたが神様じゃないですか」


「それもそうだったわね、うっかりだわ」



 クラリス様が離れ、真っ直ぐに瞳を見つめる。



「さようなら、天才」


「さようなら、神様」



 俺達はヘルメットを被り、気密を確認した後、クラリス様が最初に出したモノリスで帰り道を開けてくれた。


 それをくぐると目の前には月着陸船エンデバーがあった。


 うーん、これはどういう技術なんでしょう。


 超越した技術は魔法と変わらないとはよく言ったもんだ。


 実際、俺は今の今までこれを魔法だと思っていたんだから。



「じゃあ、いくつか石や砂を採って帰るか」


「そうね。道具ってここだっけ?」


「そうそう」



 月着陸船の着陸脚にある収納スペースを開き、観測装置やらスコップなんかを取り出して作業を始める。


 月のサンプルリターンをついで扱いとは前世じゃ考えられないな。


 ……いや、前世なんてものはないのか。


 俺の知識は全部、ナノマシンから与えられたものだから。



 ――


 ――


 ――



 少しアンニュイな気持ちになったが全ての作業を終えて、月着陸船の中に戻ってきた。


 月軌道に戻る為に、月着陸船エンデバーと司令船レジリエンスの位置情報をコントロールセンターへ送り、軌道計算をしてもらう。


 そしてその計算結果を受け取ってコンピューターに入力をして準備が整った。



「カウントダウン開始。5、4、3、2、1……点火!」



 着陸脚を発射台にして俺達の乗っている上部部分が飛ぶ。


 三角の出窓を覗くと、みるみるうちに月の地表が遠くなっていった。


 そして月軌道へ達すると、通信機から音声が響いた。



『おかえりなさいませ。ドッキングしますのでドッキング姿勢へ移行してください』


「了解。頼むよ、ティア」


『任せてください』



 レジリエンスにいるティアからの通信だった。


 月着陸船の上部にあるドッキングポートをレジリエンスへ向けると、徐々に接近して無事再ドッキングに成功した。


 この辺りはさすがティア。安心して見ていられる。



「おかえりなさいませ。……」



 最初は笑顔で迎えてくれたが、その直後にティアの表情が崩れた。



「無事……帰ってきてくれて……安心しました……」


「……ありがとう。ちゃんと帰ってきたよ」



 目尻に溜まった涙が宙を漂う。


 通信で繋がっていても、こうして面と向かって話してやっと緊張の糸がほぐれたんだな。


 泣き崩れるティアを抱きしめる。


 月へ降りる時とおんなじことをやってるな。



「ただいま、ティア」


「シャーリー〜」



 スペースを空け、シャーリーが入船すると今度はシャーリーとハグするティア。


 これで一番の山場は超えた。


 あとは帰るだけだが、帰るまでが月旅行。


 気を抜かずにいこう。



 ――


 ――


 ――



 ということで月着陸船から荷物を取り出してレジリエンスへ積み替えて月着陸船の投棄も終わり、今はティアによって月軌道離脱のPADを入力中だ。


 その間、俺は手にしている宇宙船のエンジンコアを見つめる。


 手のひらサイズのそれが、超光速航法(ワープ)も可能な超高性能エンジンを動かせるなんて信じられない。


 それを確かめるためにも南極に行くしかない。


 知的好奇心を満たす為にも。



 ――そして自分の為にも。



「アーサー様、離脱PADの入力が終わりました」


「わかった。ありがとう」



 右側の窓の外にある月をシャーリー越しに最後に見る。


 正直、来なければよかったと思う反面、来てよかったと思う俺がいる。


 どっちなんだと自分でもツッコミしたいが、これが俺なんだろう。


 手にあるエンジンコアをキュッと握りしめる。



「帰ろう、故郷(アルカイム)へ」


「ええっ!」


「はいっ!」



 PADに入力した通りの時間に、レジリエンスのエンジンに火が入る。


 旅の終わりはすぐそこまで来ていた。










 ◆










「……行ったわね」



 ドームの中心で一人、クラリスが空中に映し出されている映像を見つめる。


 そこには月軌道を離れようとしている一隻の宇宙船が映し出されていた。


 それはアーサー達の乗るレジリエンスであった。



「……全く、あんな宇宙船で月に来れるなんてね。私達の時は核融合エンジンを使ったのに」



 あまりのローテクっぷりに一人吹き出す。


 そして同時に、自分達はなんて過剰な技術で月に行ったのだろうとも思っていた。



「でも……あれもあなたが抱いていた夢の一つなのね」



 アーサーにもたらされた知識は全てクラリスの旦那の知識である。


 ということは、映像に映る宇宙船も旦那の頭の中には構想があったということになる。



「月に行くよりもスペースシャトルを先に作りたかったって言ってたわね。かっこいいからって」



 故郷の宇宙で、姉と共にベッドの上で聞いた旦那の夢。


 その中で、スペースシャトルを先に開発した経緯を聞いたら、その理由がまさかの「かっこいいから」だった時は姉と一緒に笑ったものだと思い耽る。


 そして同時にかわいいとも思ったことも思い返していた。



「……ああ、会うんじゃなかったわ。本当にあなたとそっくりなんだもの」



 自分はなんて愚かなことをしてしまったのだろうと後悔する。


 旦那の知識知恵をナノマシンに植え付けて、他人に移して旦那を甦らせようなどと考えた結果、幾人もの人々の命を奪ってしまった。



「私の愚かさがあなたに重い運命を背負わせてしまった……」



 映像に映る宇宙船を見つめ、そこに乗っている男の子に思いを馳せる。



「アーサー君……せめて、後悔のない人生を」



 映像を切り、天井を見上げる。



「私も……そっちに行けるかな? アイリス姉様……レオン」



 そっと目を閉じ、深い眠りへと入っていく。


 それに呼応するように、ドームの灯りがゆっくりと消えていき、同時に施設内の空調音もゆっくりと消えていった。

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