episode73 モノリスの先に
前回のあらすじ――月に来たら黒い板がありました。
……いや、なにこれ?
「なんだこれ?」
「わ、私に聞かないでよぉ……」
得体の知れないものにシャーリーは怯え切っていて、今も俺の腕を抱きしめて離さない。
正直、俺もシャーリーがそうしてくれているおかげで冷静を保ててるところがある。
一人じゃないって思えると安心するというか、そんな感じ。
「コントロール、見えてるか?」
『はい、見えています。……アーサー様、フライトが話をしたいとのことです』
「エリオットが? わかった」
『繋ぎます』
『エリオットだ。アーサー、目の前のそれ……お前ならどう見る?』
「どうって……」
そんなこと言われても……
「人工物としか……」
『そうだな……それ以外に感じることは?』
「特になんにも」
俺とエリオットがうんうんと考えていると、怯えながらもシャーリーが声をかけてきた。
「そんなことよりよ……この板、着陸時にはなかったわよね?」
「確かに……エリオット」
『わかった。映像を確認する』
名前を呼んだだけで俺が何を求めているのかわかったようだ。
しばらくすると通信が返ってきた。
『シャーリー嬢の言う通りだ。着陸時にそのような板はなかった』
「俺達の記憶違いじゃなかったってことだな」
とりあえず、このままじゃ埒があかない。
ということで近づくことにした。
足を一歩踏み出すと腕が引っ張られた。
「……シャーリー?」
「いやよ!? 怖いもん!!」
「じゃあここに居てくれ。見てくるから」
「それもいや!!」
「……」
じゃあどうしろと。
ジトーっとシャーリーを見つめていたら、百面相をした後、意を決したようで――
「〜ッ……わかったわよ! 行くわ!!」
「よし」
覚悟を決めて一緒に来てくれることになった。
……腕は抱きしめて離さないけども。
「は、離れないでね!」
「わかってるよ」
「絶対だからね!」
俺達、月にいるのにお化け屋敷にでも入ったカップルみたいな会話してんな。
たったの2mを進むのに亀みたいな遅さで近づく。
そしてようやく辿り着き、板を見上げた。
表面はツルツルしていて若干の光沢がある。
半ツヤって感じだ。
これって――
「モノリスってやつなのか?」
「一枚岩が何?」
モノリス……ラテン語で一枚岩を表す単語で、潜水艇アルトゥムを名付けたシャーリーは即答してきた。
アルトゥムもラテン語だからな。
しかし、前世地球の記憶を持ってる俺はモノリスの意味が違う。
これはアレだ。有名映画に出てきたアレだ。
「もしかしたら、これに触れたら知能が飛躍的に上がるかも」
「あなたこれ以上高くなってどうすんのよ」
今度はシャーリーが俺にジト目を向けてきた。
『アーサー、その結論に至った根拠は?』
「……ない。ただの感だ。忘れてくれ」
アレは創作の話だ。実際に知識を与える物質というか人工物なんてない。
そりゃ……映画みたいに高文明の知的生命体ならそういうのも作れるかもしんないけどさ。
『そうか……二人とも、近づいて何か感じることは?』
「半光沢で表面に宇宙線による劣化が見られないのがすごい」
「不気味!」
……見てるところが全然違う。
「これ……触れたらどうなんだろ?」
「えっ? やめてよ。変なことすんの」
マジトーンでシャーリーが止めてきた。
とは言ってもこれじゃあ八方塞がりなんだよなぁ。
ってことでだ。
「貴重だけど、今ならいくらでも拾えるからな」
足元に転がっていた小石……月の石を黒い板に向けて放り投げた。
大気がないから音なんて鳴らないから材質がそれで検討つけられる訳じゃないが、なにもしないよりはいいだろう。
せめてどんなふうに跳ね返るのか見ようと観察してたら――
「えっ!?」
「嘘っ!? すり抜けた!?」
意外や意外、なんと石は黒い板をすり抜けた。
ちょっとだけ距離をとった状態で、板の反対側に移動する。
その間もシャーリーは腕にしがみついたままだったけど。
歩きにくい月面で、さらに歩きにくい状態だったがなんとか反対側に来た。
が、さっき投げた小石が見当たらない。
「あれ? 小石がない」
「ホントだ。投げたから地面に跡が残るはずなのに」
月には大気がない。
それ故に石を投げると、地面に落ちたらその衝撃で砂が四方八方へと飛び散る。
大気圏内だったら空気抵抗でそこまで跡にならないだろうが、月だったら如実に現れるだろう。
それがないということは――
「……この板の中に入った?」
「えぇ……まさか……」
どこかに繋がっているのか、はたまた吸収したのか。
ちなみに反対側からも小石を投げたが同じ結果だった。
……しょうがない。
「スゥ……シャーリー、俺に何かあったら即座に月を離脱しろ」
「えっ? なに? ……待って待ってやめてよっ!」
「南無三!」
「アーサーっ!!」
しがみついていたシャーリーを振り解き、ショルダータックルの体勢で板へと突っ込んでいく。
「うおぉぉぉ!!」
板に接触したかと思ったが衝撃は一切なく、そのまま暗い空間へ入った。
「えっ? おっとっと!」
暗い空間に入ったと思ったら、地面の摩擦が増えてタタラを踏んでしまった。
なんだ? 急にレゴリスの地面じゃなくてなんというか大理石の床を踏んだ感触だったぞ。
『アーサー! 無事か!? 返事をしろ!!』
「アーサー!!」
なにが起きてるのか理解しようと頭を回転させてたらエリオットとシャーリーの声がヘルメット内に響いた。
どうやら通信は生きているようだ。
「ああ、無事だ。大丈夫。なんか暗いところに来た」
『そうか、無事か。よかった……映像でも真っ暗になったから通信が切れたのかと思ったぞ』
「アァーサァーっ!! よかったぁーっ!!」
エリオットとシャーリーから安堵の声が届く。
シャーリーなんか声からして半泣きだぞ。
ひとまず、ここはなんだ?
ヘルメットのライトを点けて周りを見ようとしたら、突然視界が開けた。
「っ!?」
『なんだっ! 急に視界が!』
エリオットの驚く声がする。
ってことはこの光景はコントロールセンターに届いてるんだな。
真っ白な壁に青い光のラインが走る、広間と言っていいほどの空間。
近未来のSFで出てきそうなところだ。
「な、なに? なにが起きてるの!?」
「……シャーリー、ひとまずお前はエンデバーに戻れ」
どう考えても普通じゃない。
黒い板に突進したらどこかに飛ばされたなんて、一体なにが起きてるんだ。
「なっ!? いやよ! アーサーを置いていくなんて!!」
「二人いっぺんにいなくなるよりはマシだろ」
一応、俺の後ろには突進した黒い板がまだある。
これを通れば戻れるのかはわからないが、通れるか試してそれが原因で板が消えたらここには戻って来れなくなる。
そうなるくらいならこのまま、この空間はなんなのか調べてみたい。
だからシャーリーにはエンデバーに戻ってもらって万が一に備えてもらわないと。
「そんな……一緒にティアのところに帰るって言ったじゃない!!」
『そうですよ! アーサー様! お考え直しください!!』
ティアも通信に入ってきた。
確かに帰ると言ったがこれは想定外だ。
まさかこんな摩訶不思議状態になるなんて思っても見なかったから。
「そうねぇ。かっこいいとは思うけど、女の子に寂しい想いさせちゃダメよ?」
どう説得しようか考えていたら、全く知らない女性の声が聞こえた。
「誰だ!?」
「ふふ、そこにはいないわ。でも安心して? 危害は加えないから」
「……」
信用していいものか……そう考えていると聞き慣れた声が今度は聞こえてくる。
『アーサー、誰だこの女性の声は? 映像には映っていないが誰かいるのか?』
「ちょっと! 誰っ!?」
エリオットとシャーリーの声……察するにさっきの女性の声は通信で聞こえていたようだ。
ってことはこの女性は魔力通信を使って俺にコンタクトしてきているって訳だな。
しかもオープンチャンネルで。
てことはそれなりの技術を持っているってことか。
「あら? そういう訳じゃないわ。今はあなた達のコミュニケーションツールを利用させてもらっているだけで、直接脳内に届けることもできるわよ?」
――こんなふうにね。
今度はスピーカー越しじゃない。しかしはっきりと声が聞こえた。
なんだ? 得体が知れない。
俺もなんか怖くなってきた。
「そんなに怯えないで? シャーリー・ラザフォードさんもこっちに来てくださらないかしら?」
「……えっ!? 私!?」
急に声をかけられてシャーリーが驚いている。
というより、俺は通信でシャーリーのファミリーネームを口にしていない。
通信を聞いていたとするのなら、シャーリーの名前はわかってもファミリーネームはわからないはずだ。
この女性は一体どうやってそれを知ったんだ?
「ほらほらぁ〜、こっちにおいで〜」
「いやぁぁぁっ!! なんか板、近づいてきたぁぁぁ!!」
やはりこの黒い板はこの声の主が出しているようだ。
俺の背にある板は動かず、通信から察するにシャーリーの前ある……俺が突っ込んだ板はシャーリーに迫っているみたいだから、この板の制御は声の主が行なっていると考えていいだろう。
「……シャーリー、板に突っ込め」
「はぁ!? ムリムリ絶対ムリ!!」
「大丈夫、俺を信じろ。板の前にいるから受け止めてやる」
「〜っ……」
数秒の沈黙のあと、シャーリーから返答が返ってきた。
「信じるわよっ!!」
そう声が聞こえた瞬間、黒い板からシャーリーが飛び出してきた。
本当に飛び込んできたのだろう。
両手を広げてこっちに突っ込んできた。
「おぉう!?」
「きゃっ!」
ギュっと抱きしめて止める。
そんなに勢いはなくてよかった。
もしかしたら、その勢いすら制御しているのかも知れないけど。
「シャーリー? 無事か?」
「う、うん……大丈夫……」
キュっと腕を掴んで少しの間抱き合う形のままでいた。
が、周りを見てその異常さに気がついたんだろう。
シャーリーはすぐに離れた。
「どこここっ!?」
素晴らしいリアクションだ。
辺りをキョロキョロと見渡して慌てふためいている。
「いいわね。いいリアクションよ、シャーリーさん」
例の女性の声が聞こえた。
すると目の前の床が円状に開き、そこから椅子に座った人影が迫り上がってきた。
椅子に鎮座しているのはツヤツヤとした長い銀髪に金色の瞳を持つ女性。
恐らく彼女がさっきから俺達に声をかけてきていた人だろう。
「ええそうよ、アーサー君。私がさっきからあなた達に声をかけていたの」
「……あなたは心を読めるのですか?」
この女性……さっきから俺の脳内を見てるんじゃないかって思えるくらい内容が合っている。
俺の質問を受け、女性はくすくすと笑った。
「ええ、それにあなただけじゃないわ。そこのシャーリーさんも、月軌道上にいるユースティアナさんも、ミッションコントロールセンターにいるエリオット君やレイ君も。マティルデさんやカレンさん、エレナさん……そしてアマリヤさんのこともわかるわ」
俺やシャーリーだけじゃなく、ティアのことやエリオット……ミッションコントロールセンターにいる教皇猊下のことまで言い当ててきた。
シャーリーと同じくティアに関しても、俺は通信でティアの名前を愛称以外で呼んでいない。
心が読めるってのは本当なのか?
だとしたらそれはどうやって?
「どうやってと言われるとねぇ……超能力です! って言いたいところだけど、タネがあるのよ」
「……そのタネとは?」
俺の脳内を見て会話してくんのやめてほしい……
「あなた達の中に流れる魔力……ナノマシンを通して見ているのよ。それの管理者権限は私が持ってるから」
「……は?」
魔力を通して? というかこの人今ナノマシンってはっきり言ったか?
それに管理者権限ってことはつまり――
「私はクラリス・フォン・ゼーゲブレヒト。ここでは創世神ソルなんて呼ばれてるわね」
あの海底に沈んでいた機械……それを沈めたと言われる神が、目の前にいた。




