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episode68 TLI

 


 宇宙船との通信チェックも終え、T-43分。


 打ち上げ43分前となった。


 このタイミングで、宇宙船へのアクセスを担っていたアクセスアームが宇宙船から離される。


 とはいうものの、完全に離すわけではない。


 緊急時に備え、すぐに再度宇宙船に付けられるように少しだけ離すのだ。



「ヘリオス5管制官諸君。最終Go/NoGo判断を開始する」



 T-6分。


 最終チェックの為にエリオットがミッションコントロールにいる全員に向かって声をかけた。


 皆がモニターに集中しているのを確認してエリオットは確認項目を読み上げていく。


 ブースター、逆噴射、燃料、誘導、医療、環境、航法、遠隔、制御、進行、閉塞、飛行管理、ネットワーク、回収、交信の順に確認していく。


 結果は全てGo……打ち上げ準備が完了している状態であることを確認し、エリオットは発射場へ打ち上げ準備完了を宣言する。



「こちらヘリオス5管制室。打ち上げ準備完了です」


『了解しました。発射体制へ移行します』



 発射場の管制室にいるポールから返答を受けるエリオット。



「いよいよ……いよいよだ。無事に帰ってこいよ、アーサー、シャーリー嬢、ユースティアナ殿」











 ◆










 T-60秒。


 宇宙船に乗ってから約三時間……長い時間だがいろいろ操作やら通信系の確認やらしてたらあっという間だった。



『LES、スタンバイモードへ』


「了解、LESスタンバイ」



 ロケット先端に付いている打ち上げ脱出システムを準備する。


 これで何かあったらこの宇宙船は先端に付いた小型ロケットで切り離されてサターンVから距離をとってくれる。


 何もなければいいけどな。



『全魔道具、外部魔力源から内部魔力源に切り替え』



 サターンVに供給されていた魔力が外部のものから内部のものへ切り替えられた。


 これでこの宇宙船は独立して稼働させることができる。


 そしてそれは同時に、打ち上げ五十秒前を示していた。


 そして数十秒後――



『10、9……点火シークエンス開始』



 T-8.9秒。


 第一段のロケットエンジン「F-1」に火が点き始め、揺れが伝わってきた。



「いよいよだぞ!」


「はい!」


「行くわよぉ! 月ぃ!!」



 いよいよ打ち上がる。


 その実感が湧いてきて鼓動が早くなるのが自分でわかった。


 T-2秒。


 全エンジンに火が点き、推力100%へ。


 そして迎えたT-0。


 背中に感じる押しつけられる感覚。


 宇宙船の垂平を示す姿勢指示器の上にあるデジタルの時計の数字が上がっていくのを確認した。


 それはミッションタイマー……それのカウントが開始されたということはロケットは上昇し始めているということだ。



「時計スタート! 飛んでるぞ! 俺達!!」



 前世で月へ行ったロケットに乗っている。


 これはシミュレーターでもなんでもなく、本物だ。


 俺、今本物のロケットに乗ってるんだ!


 すげぇ!! やべぇ!!



「すごいゆっくりだけど、このまま時速27,000kmまで加速するんですよね。揺れも思ったより少なく感じます」


「あんなにガッチリ縛ったのにこんなものなんだとは思うわね」


「あれぇ?」



 隣にいる美少女二人が冷静になんか言ってる……


 普通なんかあんじゃないの?


 きゃあ! すごい揺れ! とか、ほ、ほんとに大丈夫なんですかっ!? みたいなさ。


 なんか達観してるというか……慣れちゃった感があるな。


 まぁ、あんだけ航空機で空飛んでたらこの程度のGはなんとも思わんか。


 ……なんか俺がバカみたいじゃないか。


 でも許して欲しい。俺は男の子なんだ。


 ロケットとか大好きなんだよ。



『ヘリオス5、モード1C(チャーリー)


「了解、モード1C(チャーリー)



 交信担当……CAPCOMであるマティルデが淡々と報告してきた。


 モード1は中止モードのことで、ロケットが傾きすぎたりすると司令船に付いているLESと呼ばれる脱出システムが自動で起動して、俺達の乗る司令船をロケットから遠くへ離して安全に着水できるようにしてくれる。



「あの……だんだん……」


「辛く……なってきた……」


「お前ら……」



 あんだけ余裕ぶっこいておいて……


 なんて呆れる俺も結構キツくなってきた。


 それもそのはずで、モード1C(チャーリー)が起動するのは高度が大体30kmを超えてからだ。


 もうそこまでくると大気は薄くなっているからロケットエンジンの推力がそのまま加速力になる。


 だから結構なGがかかってくるのだが、それはほんのちょっとの間だけだ。



「インボードカットオフ」


『インボードカットオフを確認』



 正面にある1から5の数字が付いているランプの5のランプが消えた。


 インボードとは第一段ロケットに付いている五つのエンジンの内中央にあるエンジンのことで、カットオフはエンジンを停止させたことを意味する。


 ようは一基エンジンを止めたのだ。


 これは加速度が4Gを超えないようにする為の措置で、事前にコンピュータに設定してある。


 そしてここから先は4G近くまで加速することはもう無くなる。



「あっ……なんか軽くなりました」


「一基止めるだけでこんなに変わるのね……」



 少しホッとした顔をするティアとシャーリーだが、ここで打ち上げの一大イベントがやってくる。


 第一段の切り離しだ。



『ヘリオス5、切り離しスタンバイ』



 マティルデからの通信を聞いた瞬間、いきなり体が前につんのめる。


 第一段の全エンジンが停止し、一気に加速力がなくなったからだ。


 そしてその後、船体が少し揺れたかと思ったあと、前のめりになっていた体がまた椅子に押しつけられる。


 第二段エンジンが点火し、再加速が始まった。


 ……うむ。



「ここもうちょいスムーズにできんかったのか。誰だこんなふうに作ったの」


「鏡見なさいよ」



 シャーリーに冷静に突っ込まれた。


 ちなみに、後方を見るために窓の近くに鏡があるから見ることは可能です。


 さてそろそろLESを切り離しましょうか。


 正面の透明カバーがされているボタン列の一つ、「LES MOTOR FIRE」のカバーを上げて、押した。



「あっ……」



 一番右側の窓に光が差し、シャーリーが声を漏らした。


 LESは司令船をすっぽり覆うように付けられているが、船長席の窓と中央の搭乗口の窓は遮らないようにされていた。


 船長席の窓は外の様子がわかるように、搭乗口はまだ飛んでいない状態で異常事態が発生した場合にすぐ出られるようにと遮るものがないようにである。


 しかし、右側は遮られていたから、シャーリーは今初めて外を見れるようになったってことだ。



 その後も順調に進み、第三段も点火。


 近地点187.8km、遠地点191.9kmの円軌道に入り、一度目の噴射を終了させた。



「燃焼終了……おっ」



 エンジンが停止した瞬間、体を固定していたベルトの端が少し浮いているように見えた。


 俺はヘルメットに手を伸ばし、スーツとのロックを外して脱いで手を離す。


 するとヘルメットはストンと落ちることなく、俺の目の前でふわりふわりと漂った。



「「「おぉっ!!」」」



 三人同時に声を上げる。


 それを見たティアとシャーリーもヘルメットを脱いでぷかぷかと浮かべて遊んでいた。










 ◆










「ひとまず第一段階……か……」


 ミッションコントロールのフライトディレクター席に座るエリオットがホッと一息吐く。


 深く腰掛けた椅子から前面にあるメインモニターを見つめると、ヘリオス宇宙船を繋げた第三段「S-ⅣB」がモニタリングされ、世界地図上を動いていた。



「ネットワーク、通信に問題はないか?」


「問題ありません。各国からデータが集まっています」



 ネットワーク担当者からの報告を受けまた一安心するエリオット。


 この通信がうまくいかなければ月へ向かうヘリオス宇宙船との音声通話も、ヘリオス宇宙船の状況を知らせるテレメトリーデータも受信できない。


 慎重に慎重を期し、通信状況や宇宙船の状態確認に時間を費やすことは事前に決めていた。



「ヘリオス宇宙船の方はどうだ?」


「現在、クルーは打ち上げチェックリストステップ7を進めています」


「了解した」



 ステップ7は軌道到達後、ECS(環境制御システム)を調整するステップである。


 その後、ホットファイアテストという宇宙船の姿勢制御システム「RCS」を動作させて問題ないかをテストする。


 これは今までサターンVのロケットエンジンで飛んでいた為、宇宙船のRCSは使用していない。


 故にちゃんと動くのかを確認する為のテストである。


 他にも様々な準備……月軌道投入噴射「TLI」を実施した後、問題が発生した際にアルカイムへ帰還する為の噴射プログラムの数字入力や、その後のアルカイムへの突入用プログラムへの数字入力などを行なっていく。


 これらは全て宇宙船から送られてくるテレメトリーデータを元に、地上にあるメインコンピューターで計算を行った結果をアーサー達に伝えているのだ。



「TLIの数値出ました」


「よし、CAPCOM伝えてくれ」


「はい。こちらコントロールよりヘリオス5。TLIパッドの準備をお願いします」



 パッドとは事前勧告データのことで、それを宇宙船のコンピューターに入力して実行させることで寸分の狂いなく月へと向かってくれる。


 それを伝える為、マティルデは回線を開いてヘリオス宇宙船とコンタクトをとった。



『こちらヘリオス5、準備完了しました』



 通信に出たのはシャーリーの声であった。


 恐らくアーサーとユースティアナは今も宇宙船の状態を把握する為に操作しているのだろうとテレメトリーから察したマティルデはそのまま続ける。



「了解しました。TLI開始時間2時間35分14秒、ロール179、ピッチ071、ヨー001、燃焼時間5分47秒、デルタV Cプライム10435.6fps、エンジン停止後の慣性速度35575fps。S-ⅣB切り離し時、ロール357、ピッチ107、ヨー041、LMドッキング時、ロール301、ピッチ287、ヨー319。TLI 10分前中止時のピッチは223。復唱をお願いします」


『――了解。TLI開始時間2時間35分14秒、ロール179、ピッチ071、ヨー001、燃焼時間5分47秒、デルタV Cプライム10435.6fps、エンジン停止後の慣性速度35575fps。S-ⅣB切り離し姿勢、ロール357、ピッチ107、ヨー041、LMドッキング姿勢、ロール301、ピッチ287、ヨー319。TLI 10分前中止時のピッチは223。どうぞ』


「ヘリオス5、復唱正解」


『了解。入力するわ』



 シャーリーからの通信が切れる。


 TLI……月軌道遷移噴射によっていよいよヘリオス宇宙船は月へと向かう。


 現在、打ち上げから1時間46分32秒。


 あと1時間ほど経ってから噴射は開始される。


 その間、燃料がエンジンの燃焼室へ正常に送られるように燃料タンク内を再度加圧したり、そのエンジンを温めたりとさまざまなタスクをこなしていく。



「よし、TLI最終確認を行う。誘導」


「GO」


「航法」


「GOです」


「環境」


「環境GO」


「飛行管理」


「GO」


「逆推進」


「GO」


「CAPCOM、GOだ」


「こちらコントロールよりヘリオス5、TLIを許可します」


『ヘリオス5了解』



 エリオットが月軌道投入噴射の最終確認を行い、結果をマティルデからアーサー達に伝えるよう言葉短く伝える。


 これも訓練の賜物といえる。



『S-ⅣB再点火。推進開始』



 打ち上げから2時間35分14秒。予定通りS-ⅣBは再点火を果たした。


 コンピューターは正常に機能し、それはエレナの開発したロケットエンジン「J-2」も同様であった。



「ヘリオス5、こちらコントロール。開始から1分経過。軌道と誘導は良好です」


『ヘリオス5、了解』



 そして予定通り5分47秒後、エンジンが停止。


 ヘリオス宇宙船は高度336km、時速38,995kmまで加速し、アルカイムの重力圏を脱出できる速度まで加速した。



「こちらコントロール、エンジンカットオフを確認しました。問題はありませんか?」


『ヘリオス5、問題ない。心地いい加速だった』


「それはなによりです」



 アーサーからの返答でマティルデの声も少し緊張が解けた。


 しかし、これで月へと向かう軌道に乗れたがまだ安心とはいかない。


 次の行程は月着陸船とのドッキング……ユースティアナの腕にかかっている。

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