episode66 旅を目前に
先日、VABでの組立作業が終わり、機体点検も終わった。
打ち上げ予定日も一週間後に決まり、いよいよこの計画も最終段階にまできている。
VABの中層階、第二段のあたりからサターンVを見つめる。
作業が終わったVABは、空調の音だけが響き渡り、日中の節操とは違った雰囲気を醸し出している。
作業後のVABで何をしているのかというと、ここに皆で集まる約束をしたからだ。
皆というのはシャーリーにティア、エリオットにエレナ、カレンとシンシアにマティルデとレイのいつものメンバーである。
月への冒険を前に、皆で集まって打ち上げを祈念しようということでそのロケットの前でパーティーを開くことになったのだ。
「おっ? もう着いていたのか」
「こんばんは」
エレベーターから出てきたのはエリオットとエレナだった。
その後ろにはカレンとシンシアの姿もある。
「お疲れ。シャーリー達は?」
「今、マティルデさん達と一緒にこっちに向かってますよ」
シャーリー達の姿が見えなかったから聞いたらシンシアが教えてくれた。
なんて話してたらエレベーターが動き出し、しばらくして他のメンバーも揃った。
マティルデとシャーリー、ティアの手にはバスケットがあり、レイはテーブルを持っていた。
「お待たせしました。軽食をお持ちしましたので皆で食べましょう」
「おっ? ありがとう」
テキパキとテーブルと軽食、飲み物をセットしていくマティルデとレイ。
さすが本職、あっという間に会場が出来上がった。
「では、いよいよ迫る打ち上げを祈念し、乾杯!」
「「「「「乾杯っ!!」」」」」
エリオットの音頭で食事会が始まった。
普通はこんなところでやっちゃいけないんだが、そこは特別扱いだ。
「ここまで五年か。お前にしては長かったんじゃないか?」
「そりゃあな。コンピューターも大推力ロケットエンジンもノウハウ殆どなしでやり始めたからな」
「そうだったな。だがお陰で私とエレナの仲が認められたのだ。感謝するよ、アーサー」
「あれはエレナの努力が身を結んだ結果だよ」
先日、エリオットとエレナの交際が認められ、正式に婚約した。
世界初の超大型ロケットエンジンを開発したというほか、第一段のS-ⅠCの基礎設計はエレナがやったんだ。
ヘリオス宇宙船をアルカイム低軌道に送る為に重要な第一段はサターンVにとって重要な位置にある。
それを設計したのだから、それが決め手となり婚約できたらしい。
「まぁ、確かにすげぇもん作ったとは思うけど、これで王族と婚約できるなんてな」
「いつも言っているがお前の中での「すごいこと」というのはなんなのだ? この巨大ロケットをこれ呼ばわりとは」
「うーん……返答に困るなぁ」
サターンVを再現できたっていうのは俺もすごいことだとは思ってるけど、前世知識でドヤるのは嫌だ。
そうだな……心の底からすごいことをしたって胸を張って言えるのは――
「海の底を抜けてアルカイムの中心まで行き来したり、月を超えたもっと遠くの星を行き来したりしたら……胸を張ってすげえだろ? って言えるかな」
「「「「「……」」」」」
俺がそう言ったら、今まで各々会話していた声が止んで、俺に視線を向けてきた。
「……なんだよ」
「いや……あなたならやりそうって思っただけよ」
「確かに……お前なら成し遂げそうだな。さっきあげたこと全て」
「いや、全部は無理だって」
シャーリーとエリオットにそう言われて嬉しくもある。
が、どっちかはできないかもしれない。
なんなら二つともできないかもしれない。
今あげたのは前世でも実行できていないことだからだ。
今やっているのは前世をなぞっているだけ。
深深度の深海を長時間潜って移動できるような潜水艇や恒星間を行ける宇宙船なんかを作れたら自信を持ってすごいことをしたと言える。
けど、流石に魔法があるからって恒星間や深深度の深海は難しいかな。
宇宙に関しては前世より短期間で低軌道に有人宇宙施設を建てられるくらいにはできそうだし、深度6000mくらいなら自由に航行できる潜水艇は作れそう。
でもそれ以上となるとなぁ……想像できないや。
「多分、俺はここが限界だと思う」
「あなたの限界が私達にとって高すぎるんだけど?」
「いやいや、それこそ謙遜だろ? 皆だってこのロケットのこと理解してんじゃん」
シャーリーは俺の限界が高いなんて言うが、目の前にあるサターンVは姿形こそ俺が描いたが、中身は皆を中心に世界中の人達の力で作った。
それはロケット工学を理解していないとできないことだ。
特にコンピューターなんかは特異点と言ってもいい技術の結晶だ。
それを作れたシンシアとカレンは前世でいうアラン・チューリングやジョン・フォン・ノイマンに匹敵する活躍だろう。
「理解はできるけど……生み出すのと理解は別物でしょ? これの基礎理論を言い出したのってアーサーじゃない」
「まぁ……そうだけどさ」
シャーリーの言い分も一理ある。
だが、これ以上言ってしまうと謙遜から嫌味に変わるだろう。
ここらで話題を変えた方が良さそうだ。
「この計画が終わったら次はどうしようか?」
「もう次のことを考えていらっしゃるのですか?」
ティアが意外そうな声をあげる。
「意外か?」
「ええ。月のことをもっと調べるのかと」
「うーん……それもいいんだけどさ」
月の地質調査もいいとは思う。
なんなら俺達が行った後も何機か上がる予定だからそれを主任務としてもいいと思う。
けど――
「やっぱ俺はアルカイムのことをもっと知りたいかな」
やっぱり俺は宇宙へ行くよりも海の中を調べたい。
魔法をもっと上手く使えば水深1万mとかを潜水艦くらいの大きさで進んだりとかできないかな。
ジュール・ヴェルヌの海底二万マイルみたいな感じで。
想像できねぇから作れそうにないけど。
「海が好きなのね、アーサーって。空飛ぶ魔道具作ったのに」
「冒険っていえば、みたいなところないか? 海って」
海賊の話や、世界一周をする船乗りの話は聞いていてワクワクする。
シャーリーに空飛ぶ技術を持ってるのにって言われたが宇宙を旅する話だって好きだ。
しかし、やはり俺の原点は海なんだよな。
「うむ、それは私も同感だ。海は男のロマンに溢れているからな」
「ふふっ、やっぱりエリオット様も男の子だね」
エリオットも腕を組んで頷いている。
それをエレナが横で微笑みながら見ていた。
……おんやぁ?
「エレナはいつからエリオットのこと名前で呼ぶようになったんだ? 前まで殿下呼びだったろ」
「えっ!? そのぉ……一週間前から……」
「ほほぉ――」
指を突き合わせ、恥ずかしそうにエレナがそう言った。
それを聞いて俺はエリオットの方を向くと、澄まし顔ではあるがほんのり顔を赤くしていた。
「そうなってるってことは順調に行ってるってことか?」
「ま、まぁな。サターンVの打ち上げを見学した大臣達はエレナを認めてくれている」
「よかったじゃん、エレナ」
「アーサー君のおかげだよ。ありがとう、私にメインエンジンとS-ⅠCの開発を任せてくれて」
「できない仕事を振ったりしないさ」
順調そうでなにより。
一つの困難を超えたことで二人とも幸せそうで、エレナは今女性陣に囲まれている。
根掘り葉掘り聞かれてるんだろうな。
「ところでそっちはどうなんだ?」
「そっち? そっちって……どっち?」
なんの話だ?
全く検討がつかない。
「お前のパートナーのことだ。シャーリー嬢やユースティアナ様と共に過ごしていて、何かしら発展があるのではないか?」
「あぁ、そっちか」
来ました、「俺は今幸せですがあなたはどうですか?」ムーブ。
「なんもないよ。俺達は一緒に冒険するパーティーだ。信頼はあっても恋愛感情はないよ」
「……それは本気で言っているのか?」
エリオットの雰囲気が変わった。
少し怒気が含まれている。
「気づいているのだろう? 彼女らがお前に対してにどのような感情を抱いているのか」
「……」
エリオットに問われ、俺は苦笑を浮かべた。
「気づいてるよ」
「だったらなぜそのようなことを言った? 既に想い人がいるとかか?」
「いや、いない。多分、これから先も俺は独り身だろうな」
「……何故にそう言う?」
俺はサターンVを見上げて、エリオットに言った。
「俺は冒険者だからな」
その言葉を聞いて、エリオットは一瞬釈然としない表情を浮かべたが、すぐにハッとなって俺に詰め寄った。
「何を縁起でもないことをっ!?」
「事実だよ。お前だって見たろ? 俺が落ちたとこ」
俺は冒険者だ。いつ死ぬとも限らない。
そんな俺が、伴侶を持つなんてできない。
これは俺の心情だ。そんなの関係なく結婚して子をもうける人だっているが、俺はしたくない。
最愛の人を、悲しませるなんてしたくない。
今でさえ、エスリン先生に心配かけてるんだ。
これ以上、心配をかける人を増やしたくない。
「いついなくなるかわからん奴に添い遂げるなんて馬鹿げてるだろ?」
「……それは本心か?」
「本心だけど?」
真剣な眼差しで、俺を見つめてくるエリオット。
あまりに真剣で、俺はその眼を直視できず逸らした。
「お前……実はそう思いたいだけなのではないか?」
「……えっ?」
それってどういう?
「まぁいい。じっくり考えろ。二人とどうなりたいのか……どちらを選ぶか」
そう言い残してエリオットはエレナを囲むシャーリー達の方へ歩いて行った。
なんだよ。自分が結ばれたからって……
「そう思いたいだけ……か……」
またサターンVを見上げる。
俺は……どうなりたいんだろう。
「ちょっと! そんなとこにいないでこっち来なさいよ! アーサー!」
「そうですよ! アーサー様!」
「……おう、今行く」
二人に呼ばれて、歩き出す。
……呼ばれた時にほんの少し、胸を高鳴らせてしまったのは何かの間違いだと思いたい。




