episode63 ヘリオス宇宙船
「よかったぁ! ホントによかったっ!!」
宇宙センターの食堂で、心底安堵して机に伏しているのはエレナであった。
全てのミッションを終え、シャーリーとユースティアナと合流して夕食を摂っている状況である。
「おめでとう。やったじゃない、全てのエンジン正常動作なんて」
「しかも初飛行で、ですよ? 本当にすごかったです」
「えへへ、ありがとう」
照れてはにかみながらシャーリーとユースティアナへ礼を言うエレナ。
その横には、同じくミッションコントロールセンターにいたカレンとシンシアも同席していた。
「二人もお疲れ様。IUもちゃんと動いてよかったじゃない」
「ホントだよぉ。いきなりロケットの制御コンピューター作れって言われてちょっとイラってしたけどね」
「私も……あの時は軌道計算用のコンピューターができてすぐでしたから」
カレンとシンシアがたははと笑う。
IUとは飛行制御装置……Instrument Unitのことである。
例の「直径約6.6m 高さ約0.9mの円状の枠組み」の中に収まっているそれである。
「まぁ、月に行くには正確な軌道に乗せなきゃいけないから必要なものだし、やりがいもあったからさ。けど、疲れるもんは疲れるよ。ね? シンシア」
「そうね。宇宙船内に搭載する誘導コンピューターと同時作業だったから尚更でした」
「誘導コンピューターっていうと……ブラックバードに載せたあの?」
「そうです。あれの機能向上型です」
ユースティアナの質問に答えたシンシアの言う誘導コンピューターとは前世アポロ宇宙船に載っているAGC……アポロ誘導コンピューターと同じ役割のものである。
「あれの機能向上型って……あれも結構すごい性能だったわよ? 私ほとんど何もしなかったもの」
ブラックバードでの世界最高記録時、シャーリーが行ったのは現在高度や速度の読み上げ程度であった。
機体制御はほとんどコンピューターが行っていた為、非常に楽だった記憶がシャーリーにはあった。
「誘導コンピューターの役割が通信が切れても無事アルカイムに戻れることに絞られてからは結構楽になったんですけど、信頼性確保の為にまだまだ冗長性を持たせないといけないのでそこが腕の見せどころでしたね」
月軌道投入などの複雑な計算は全て地上のコンピューターで行うことに決まってからは、シンシアの言った通り「通信が切れても無事アルカイムに戻れること」の一点に絞られた。
とはいえど、それを成すには様々な機器を制御しなければならない為、コンピューターにはかなりの計算能力が要求される。
言うなれば、定員三名の宇宙船の四人目のクルーと言っても過言ではない。
「まぁ、骨組みがあるから0からスタートよりいくらかマシだよ。難しいことをやったあとって、それ以下のものはみんな簡単に見えちゃうよね」
「あれと比べたら……ってなるよね」
「「あははっ!」」
世界初の自動計算機をして「簡単」と言って笑えるのは世界でこの二人だけなのでは? とシャーリー、ユースティアナ、エレナの心は重なった。
◆
――アーシア宇宙センター 格納庫。
そこに、フォスター重工から送られてきた三角錐のカプセルが鎮座していた。
そう、ようやく宇宙船の搭乗部である司令船が完成したのだ。
銀色に輝く船体が非常に神々しい。
「いやぁ、なんとかなってよかった。誘導コンピューターも綺麗に収まったし」
「収まるようにしたのカレンとシンシアよ? 今回の計画で一番忙しいのあの子らでしょ」
「何日も徹夜して慣れちゃったとか言ってましたよ?」
「……」
罪悪感がすごい。
確かにプログラムなんて未知の領域のものを作ったんだ。
あーでもないこーでもないと言いながら作っていたら時間はいくらあっても足りない。
俺が今まで作っていたのは完成形が見えてたからあまり徹夜とかしなかったけど、カレンとシンシアは知識0からコンピューターを前世と同じ形まで持っていったんだ。
俺と違って本物の天才だよ。
「ま、まぁ彼女らには今度ご飯でもご馳走しよう。それより中見てみろよ。これ乗って宇宙行くのお前らかもしれないんだから」
「わかったわよ。どれどれ……」
「お邪魔しまぁす……」
二人が中に入っていく。
足からじゃなく頭から入っていくもんだからお尻がこっちに向くんですが?
はしたなくってよ。
「足から入れよ。ケツ突き出すな」
「だ、だって何があるのかわかんないんだもん!」
「何か踏んで壊したら嫌じゃないですか!」
「それもそっか」
中に入った二人がお尻を押さえ、顔を赤らめながら抗議してきた。
確かにコンピューターがどこに収められてるかわかんないもんな。
「安心しろ。踏んですぐ壊れるようなケースに入ってないから」
「そう? まぁもうすでに立っちゃってるんだけどね」
「思ってたよりも広いんですね。もっと狭いのかと思ってました」
二人が立っているのは司令船の底面、進行方向から見て背中側の壁に立っている。
この船で一番広い部分だ。
「今二人が立っている場所に食料とかを詰め込むんだ。真正面にあるのが六分儀で、その横にコンピューター、データ保存用のメモリが収められてる」
「あっ、ホントだ。操作パネルがある」
誘導コンピューターの操作パネル……display and keyboard units 通称:DSKYのデザインはまんまアポロのものだ。
アポロ宇宙船の象徴みたいな機器だからここはこだわった。
とはいえ、カレンもシンシアもシンプルでいいと絶賛していたからやっぱ○ASAってすげぇわ。
人間、極限までいくと考え方似かよるのかもな。
前世では宇宙開発当初の宇宙食ってアメリカもソ連もチューブ型のものが製造されてたけど、情報交換なしで全く同じもの作ってたからな。
「この船にも名前を付けるんですか?」
「ああ。ヘリオス宇宙船って付けた」
ヘリオス。ギリシャ語で太陽を意味する単語だ。
前世のアポロ計画のアポロが太陽神から付けられたからっていう簡単な理由からだけどなかなかかっこいいんじゃないかと思う。
まぁ、ヘリオスもギリシャ神話の太陽神な訳だけど。
「ヘリオス……いいじゃない。ところで月着陸船は? どこにあるの?」
「まだ出来上がってない。青写真はできてるけどな」
「えっ? 大丈夫なの?」
「フォスター重工とは別の会社で建造してるんだけど、月に降りてまた上がる宇宙船だから慎重に慎重を重ねてるんだと。ありがたい話だ」
「そっか。着陸できても戻れないなんてことあると困るどころの話じゃないものね」
月着陸船……LMは月に降りたら下段を発射台にして上段を打ち上げる構造になっている。
その上段ロケットエンジンが点火されないなんてことがないように慎重になっているというわけだ。
「確かエンジン設計はエレナさんがされたのですよね? F-1エンジンの開発中に休憩がてら設計したとお聞きしました」
「らしいな」
ティアの言う通り、月着陸船の上昇エンジンはエレナの設計だ。
休憩がてらと聞くと片手間で作ったように聞こえるが、そこはあれだ。勉強できる奴の「数学の勉強の休憩に物理の勉強する」みたいな奴だ。
恐ろしい……学院卒業生恐ろしい……
「「重力1/6だからまだ楽だったよ」って言ってたわ、エレナ」
「……そっか」
恐ろしいっ!!
◆
夏が近づいてきた頃、ヘリオス宇宙船のテストフライトの日がやってきた。
とはいうが打ち上げロケットはサターンVではなく、サターン1Bという低軌道投入用ロケットを使用する。
だけど、このサターン1BはサターンVと比べて高さがなく、しかも有人宇宙船へのボーディングブリッジ……乗り込む為の橋はサターンV用に作っちゃったから、高さを増す為に下駄を作った。
まんま前世の形なんだけど、これを見たシャーリーが――
「なんか牧場の酪農家さんが牛のお乳を搾る時に座る椅子みたい」
と言ったことでミルク・スツールと名付けられ、これも前世と同じ名前になった。
考えることは人間一緒なんだな。
「だけど宇宙に一番乗りは俺が行きたかったなぁ」
「安全証明がされてなかったら乗れないものね。アーサーは」
「それに関しては私達も同じですが、アーサー様は特に厳しい条件付きですものね」
今回は発射管制室からではなく、見学会場から打ち上げを見ることにした。
その俺にシャーリーもティアも着いてきてくれている。
先ほど俺がこぼした通り、今宇宙船に乗っているのは航空機パイロットに選抜され、飛行訓練を受けた者の中から選ばれた三人が搭乗している。
俺はX-15墜落の一件から安全保障がされていない機体には乗せないと上から御達しがあるからテスト一回目のヘリオス宇宙船には乗れない。
シャーリーとティアも宇宙船に関してはルイさんや猊下から許可が下りなかったらしい。
二人はテスト段階を抜けたら乗っていいとのことだった。
「ま、いいもんね。私達は一番乗りで月に行くし」
「それは無理だろ。月面着陸は宇宙飛行経験者から出さないと」
「えっ? あんた聞いてないの?」
「ん? なにを?」
シャーリーが首を傾げながらそんなことを言った。
なんだ? なんの話だ?
「アーサー様、月面着陸はアーサー様とシャーリー、そして私が行くのが相応しいと宇宙飛行士候補者全員が口を揃えて言ってくれているんです。ですので月面着陸は私達で行うことになります」
「そうそう。噂程度でも聞いてると思ってた」
「……へ?」
――
――
――
「なんだ? 既に噂で知っているものと思っていたから、今回のテスト飛行後に言うつもりだったのだが」
ミッションコントロールセンターにいるフライトディレクターであるエリオットに先ほどシャーリーとティアから聞いたことを聞いてみた。
そしたらこの後言うつもりだったとか言われた。
「言えよ。そういうことは」
「すまなかった。とはいえ月着陸船の試作もまだ上がっていない状態だ。現段階での運用方法で訓練を積んでもらうことになる」
「そうか……で? 今のとこ誰が船長になるんだ?」
「お前に決まってるだろ」
「えぇ……シャーリーかティアの方がいいんじゃないか?」
この計画では船長、司令船パイロット、着陸船パイロットの三名で月に行く。
これは前世アポロ計画と同じなのだが、船長は月着陸船の操縦も担う。
じゃあ、着陸船パイロットって何? と思うが、着陸船パイロットはいわば副操縦士ポジションになる。
無論、乗組員全員がどのポジションについても問題ないように訓練はするのだが、俺が戸惑った理由はブランクだ。
例の墜落事故以来、航空機の操縦をしていない。
開発の方に力を注いでいたということもあって、船長のポジションにはシャーリーかティアがいいんじゃないかと俺は思っているわけだ。
「試作機でも操縦することができるのはお前とシャーリー嬢、ユースティアナ様だけだ。その中で船長に相応しいのはお前だ。そもそもこの計画はお前が世界から依頼されたものだろう?」
「まぁ……そうだけど」
試作機も操縦できると評価されたのは嬉しいが、それで堕ちたんですが?
「試作機なのだ。堕ちることもあるだろう。しかし今回は世界からの依頼だった故、お前をテスト飛行から離しただけだ。普段ならば特にそんなことはしなかった」
「普段ならしないんだ……」
まぁ、魔法で完治してたからな。
俺もあの状態だったら「ワンモア!」って言ってたと思う。
「とにかくだ。お前には先日測定が完了したあの場所へ行ってもらう。なに、お前なら成し遂げられるさ」
「……厚い信頼に応えられるように頑張るよ」
ミッションコントロールセンターの後方に貼られた月面写真。その一点にばつ印が書かれている。
北緯0度40分26.69秒
東経23度28分22.69秒
それは、アポロ11号が着陸した静かの海の座標と同じだった。




