episode59 F-1エンジン
エレナが工房にて光明が見え始めた頃、シンシアとカレンの二人は床に座って黙々と作業を続けていた。
その作業は広い部屋の一角で行われており、周りには洋服タンスほどの大きさの金属製の箱が複数立ち並び、二人はそれらに囲まれながら作業していた。
「……これ、いつまで続くんだろ?」
「言わないでカレン。気が滅入るから」
今黙々と作業をしているのはコンピューターの接続作業。
彼女らの周りにある金属製の箱を一つ一つ繋げていく作業を行なっていた。
「こんなことならコネクタを一つに統合してればよかった……」
「ねぇ、これ私のお父さん達に手伝ってもらわない? 先が見えなさ過ぎるよ」
「作業手順がまだ確立してないからできないよ……」
手を動かしながらも会話をする。
アーサーからもたらされた金言「地上で計算してそれを宇宙船に送れば良くね?」を実現させるための作業なのだが、これはこれでキツい作業であった。
宇宙船に全て計算させる為にコンピューターの小型化を目指していたが、その制限が無くなった故に「とりあえずコンピューターを複数繋いで処理させてみよう」ということとなり、その為に今行動している。
しかし――
「一つのコンピューターじゃ難しいけど複数繋げば処理能力は上がるんじゃないかっていうアイデアはよかったけど……」
「まさか別々のコンピューターを繋いでいくなんて思ってなかったから配線のことでこんなに苦労するなんて……」
そう、彼女らはコンピューター同士を繋ぐ為のコネクタを用意しておらず、プロセッサーにも、外部と繋ぐ回路を用意していなかった為に、今新しくコネクタ基盤と外部接続回路を作成しているのだ。
「っていうかこれ、外部と接続できたとしてちゃんと処理されるのかな? 一部のコンピューターに負荷がかかったりしない?」
「それは……あり得そう」
外部接続回路ができたところで、それはあくまで外部との接続……数字のやり取りができる回路である。
もしその配線を間違えたら、一つのコンピューターにデータが集中し、故障する可能性もなくはない。
ならばどうすべきか。
その時、シンシアはあることを思いつき立ち上がった。
「そうだっ! 魔道具よっ!!」
「……えっ? うん。今魔道具作ってるけど?」
何言ってるの? という感情がカレンの顔に出ている。
それを見てシンシアも言葉が足りなかったと反省して、話し始めた。
「えっとね、魔道具って特殊インクで素材に魔法文を書いていくよね? 付与したい魔法を」
「そうだね」
「コンピューターは数字を入力して、その数字に従ってスイッチのオンオフをしていくよね?」
「そうだね。……えっ? それが何?」
カレンはシンシアの言いたいことがよくわからなかった。
シンシアも考えがまとまっていないのか、言葉選びにつまっている。
「ええと……要するにね? 魔法文みたいに、コンピューターに色々やってもらえないかなって思ったの」
「色々? コンピューターって計算しかできないよ?」
「そこが間違ってるんじゃないかな? アーサー様からコンピューターは0と1、スイッチのオフオンで計算をするって教えてもらったじゃない?」
「うん」
「数字を扱うものって考えで私達はこれを作ってたけど、実際にこの機械がやっていることってスイッチのオフオンじゃない? だったら、切り替えてもらうのよ。負荷の分散をこのコンピューター自身で」
「……それって要するにコンピューターにこの処理はこうしろって命令をするってこと? 魔法文みたいに」
「そう!!」
シンシアの言いたいことを理解したカレンはその目を輝かせて立ち上がった。
「それいい! それができたらたくさんのことができるんじゃない!?」
「うん! 最初は軌道計算用のコンピューターと宇宙船用データを送信するコンピューターとって用途ごとに作ろうって思ってたけどこれなら――」
「「一台のコンピューターで全部できるっ!!」」
二人は顔を見合わせ、声を合わせた後、部屋にある複数のコンピューターを見渡した。
「だけどこれだけじゃ多分力不足ね。送信用コンピューターも繋げましょう」
「うん! たくさん計算をしてもらわなきゃいけないもんね! でも、その魔法文はどうやって入力するの? コンピューターは数字しかわかんないけど」
「うーんと……そうなると魔法文を数字に変換するコンピューターがいるわね」
「そっかぁ……ところで魔法文っていうと付与魔法の方を思い浮かべちゃわない? コンピューター用の魔法文は何か別の名前付けようよ」
「確かにそうね。うーん……」
シンシアは顎に手を当てて考える。
すると目に入ってきたのは、先ほどまで自身が配線を繋げていた、内部を露出させたコンピューターだった。
「……安直だけど、コンピューターは外側が硬いからハードウェア。魔法文は回路に書き込む文法だからプロセッサーグラマー……は長いからプログラムにしよ。あとは、それで動作するものは内部で動くから――」
「コンピューターの中って配線で柔らかいしソフトウェアとかにする?」
「そうだね。ハードウェアと対になってわかりやすくていいかも」
「じゃあそうしよう!!」
こうして奇しくもこの世界でもハードウェアとソフトウェアという概念が誕生した。
◆
会議から一ヶ月が経ち、俺とエリオット、シャーリーとティア、レイとマティルデとで改良されたF-1エンジンの燃焼試験の見学に訪れていた。
燃焼実験の為に取り付けられたエンジンは壮観で、見ていて圧倒される。
はぇぇ……あれをエレナが作ったのか。たまげたなぁ。
「ところでエレナ。大幅な改良が必要かもと言っていたが、どこを変えたんだい? 改良用に請求された費用が非常に低かったと思うのだが?」
「えっと、実はターボポンプは改良してないんです。変えたのはインジェクターなので」
「インジェクター?」
エリオットがエレナにどこを変えたのか質問していた。
そう言えばエリオット、エレナのこと呼び捨てにしてる。
アルカイムに乗ってた時もそうだった気がする。
……えっ? あの時から既にお付き合いしてはりました?
「はい。燃料を燃焼室に噴霧するプレートなんですけど、もしかしたら燃焼中にエンジンが揺れるから、その揺れで燃料も揺らいでるんじゃないかなって思ったんです。そこでインジェクターをバッフルプレートっていう板で区分けして揺らぎを抑えるように工夫したんです」
「なるほど。それが爆発の原因だと?」
「まだわからないんですが、この実験でわかると思います」
聞いてて驚いた。
エレナは自力で共振に辿り着いたんだ。
共振とは読んで字の如く、揺れを共有してしまうことだ。
音でガラスが割れるのも共振の力であり、先ほどエレナが話していた通り、エンジンの振動が噴霧された燃料に伝わり、燃焼不安定が起きていたのだろう。
すげぇ……俺みたいなメッキじゃなくて本当に頭がいい。
「エレナちゃんはホントにすごいんっすよ殿下! その原因をたった一人で突き止めたんすから!!」
「ああ、よく存じている。本当に聡明な女性だ」
エンジン製作の工場長の方もエレナを絶賛していて、エレナは顔を赤くして照れて俯いていた。
「ところで、今の話を聞いてどう感じたの? 天才さん?」
隣に立つシャーリーからそう聞かれて、さっきからエンジンをぽかんと眺めていた俺は――
「……しゅごい」
――おおよそ天才と呼ばれる人の言葉ではなかった。
――
――
――
「でも? さっきはあんな感じだったけど率直に言ってどう? 上手くいきそうな感じ?」
「えっ? ああ、多分大丈夫だ」
圧倒されてしまってさっきはあんな答え方をしてしまったが、制御室の見学席に移動してから改めてシャーリーに聞かれたので今度はちゃんと答えた。
インジェクタープレートを区画分けをしたことで共振は抑えられる。
これは前世のF-1エンジンでもあったはずだ。
うろ覚えだったからエレナが気が付かなければ俺も思い出せなかった。
ただその区分けもただ分割すればいいってわけじゃない。
今の区分けが最適解なのかどうかはこの実験で判明する。
『作業員退避完了。実験準備完了』
『了解しました。点火カウントダウン開始』
『了解。カウント10からスタート。10、9――』
エレナがカウント開始を指示すると10カウントが開始された。
初めて見るF-1エンジンの燃焼試験……映像越しだがどんなものだろう。
楽しみだ。
『3、2、1、点火』
オペレーターが点火をコールしたその時、映像に映るエンジンノズルから噴霧された燃料が見えたかと思いきや、直後にノズル奥から炎が見えた。
見た目はただの炎。
魔法で何回も見たことのあるそれは、一瞬で勢いを増した。
通常のロケットエンジンの燃焼は、速度を増した燃焼ガスがノズル中央にショックダイヤモンドと呼ばれる円錐型を形成する。
しかし、F-1エンジンではそれは見られない。いや、見えない。
タービンガス排気管と呼ばれる場所から予備燃焼室で発生したガスを流すことでノズルを高温から守っているが故に、前世でよく見たロケットエンジンの燃焼とは見た目がかなり違う。
その姿だけで、このエンジンが特別なものであることが見て取れた。
『18、19、20――』
燃焼開始から二十秒。
エレナの報告ではここからが鬼門ということだった。
魔の三十秒……それを超えられるかどうか、ここからが正念場だ。
管制室の責任者席に座るエレナが祈るようにモニターを見つめている。
そしてそれはエリオットも同じだった。
『27、28、29……30! 31!! 32!!――』
オペレーターの声が三十秒を超えたところから上擦った。
そしてそのカウントはまだまだ積み上げられる。
『38! 39! 40!!』
『四十秒突破っ!!』
初めて燃焼時間四十秒を迎えた。
エレナは口元を抑え、エリオットは小さく拳を握っている。
そして――
『98! 99! 100!! 燃焼終了っ!!』
燃焼終了がアナウンスされ、映像に映るエンジンの噴射炎が消えた瞬間、管制室は興奮の坩堝と化した。
数々の失敗を重ねて迎えたこの瞬間……感動もひとしおだろう。
顔を覆って机に突っ伏すエレナの姿が、それを物語っていた。
見学室にいる俺達も、惜しみなく拍手を送る。
シャーリーもティアも泣きながら拍手を送っていた。
「おめでとう……やるじゃん、お前の彼女」
「ああ……ああっ! ずっと悩んで苦しんでいたから……んっ!? 言っていたかっ!? 私とエレナが――」
そこでエリオットの言葉が途切れる。
今は公の場で言えないだろう。俺は口元で人差し指を立てた後、エリオットの肩をポンと叩いた。
「まぁ、これで月への翼を開発した女性ってことで箔が付いたんだ。そのうち認められるだろうよ」
「ああ。……ありがとう、エレナをエンジン開発の責任者にしてくれて」
「彼女なら適任だと思っただけだ」
実際は相談されて任命したんだが、黙っておこう。
しかし、言われたから仕方なしに任命した訳じゃない。
エレナならやれると思っていたから、その席に座ってもらったんだ。
結果はこれ以上ない程の大成功。
エレナは本当に自力でこのエンジンを完成させたんだ。
「おめでとう、エレナ」
俺がそう呟いた瞬間――
「イェーイッ!! エンジン完成おめでとうっ!!」
「い、イェーイッ!」
見学室の扉が勢いよく開いた。
そこにいたのは弾ける笑顔を浮かべたカレンと、恥ずかしそうにしているシンシアがいた。
「歓声が聞こえたから突入したんだけど成功したってことでいいんだよね?」
「わからずおめでとうって言ったのか、お前」
違ってたらどうすんだ。
「いやぁ、今日はめでたい日だね! これで月行きの難関二つを突破したことになるんだから!!」
「ん? ってことはもしかして?」
「そう!! 完成したよ!! コンピューター!!」
元気よく、Vサインを俺に見せるカレン。
なるほどだからテンション高いのか。
……いや、二人とも目の下に隈がある。
「……寝てないのか?」
「うん! 三日ほど!!」
「ついさっき完成したので、勇足でここに来ました」
……なるほど、だからハイテンションなのか。
「配線繋ぐのとプログラムがマジで地獄だった」
「ええ、大変でした……」
「へぇ……えっ? プログラムッ!?」
なんでお前らがその単語を!?
今度はコスモアイル羽咋っていう博物館にある月着陸船のモックアップを見学してきます。結構アポロ計画関連の展示物って日本でも見れるんですね。びっくりしました。
……だけど私はスペースシャトルが好きです。




